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 ドアの傍のインタホンを使って、案内を乞う。

「松野桃華と申します。あの、面接に参りました」

 すぐインタホンから返事があった。

「お入りください」

 桃華はドアを開いた。

 入ってすぐが沓脱になっていて、室内履きが横のラックに揃っている。桃華は靴を脱ぐと、スリッパを履いて中へ入った。

 入った先は広々とした室内になっていて、家具はなく、ぽつんと面接用の机と、机の真向かいに面接者用の椅子が置かれている。

 机には二人の面接官が座っていた。

 一人は男で、四十がらみの中年だった。ラフなシャツ姿で、ネクタイなどはしていなかった。もう一人は同じ年頃の女で、こちらはもう少しましな格好をしていた。どちらも中年太りをしていて、ジロジロと好奇心に溢れた表情で、入室してきた桃華を眺めた。

 女が口を開いた。

「ちょっと、ここは俳優養成所ですよ。うちでは子役の応募は受け付けていません」

 桃華はむっとなって言い返した。

「子役の応募で来たわけじゃないんです。それにあたしは成人です!」

 カバンからこの日のために用意した身上書を取り出し、二人の机に広げた。男は桃華の身上書を取り上げ、しげしげと眺めた。ヒョイと顔を上げ、桃華の顔を穴のあくほど見詰めた。

「あんた、本当に二十歳かね? とてもそうは見えないが」

「これを見て下さい」

 桃華は免許証を提示した。女の方が桃華から免許証を受け取り、頷いた。

「なるほど、本当に二十歳なのね。とてもそうは見えないけど」

 桃華は胸を張った。

「あたし女優になりたいんです! ここで演技の勉強をさせてください!」

 面接官は顔を見合わせた。

 男が顔を振り振り、桃華に向かって話し掛けた。

「そうだとしても、無理な話だ。君を採用する劇団はどこもないよ」

 男の言葉に、桃華はガックリと肩を落とした。男に言われるまでもなく、桃華は自分が演技の道に進むことには、途轍もない困難が待ち受けていることは承知していた。それでも、正式な演技の勉強をすれば、道が開けると万に一つの可能性が開けているのではないか、と希望していたのだ。

 理由は桃華の容姿にある。

 桃華は誰がどう見ても、小中学生の少女に見えてしまう。

 この時代、マンガやアニメでは主人公が成人であることが強制されていたが、実写でも同じことが起きていた。テレビ番組や映画などで、未成年の出演は事実上不可能になっていた。未成年者の出演は「ロリコン犯罪を助長する」という政府の見解が下されていたのだった。少女っぽい容姿の桃華にとって、女優になるという夢は困難な時代だった。

「駄目でしょうか……」

 女が宥めるように桃華に質問した。

「それで……桃華さん。どうしてあなた、そんなに女優になりたいの?」

 桃華はそれまで座らずにいた椅子にそっと腰を下ろした。希望は絶たれたが、それでも自分の夢を誰かに話したい、という気持ちはあった。

「子供のころ、戦隊ものヒーロー特撮番組というのがありました。あたし、あのシリーズが好きで、いつか自分もあんなヒーローものに出演したいと思っていたんです。ほら、戦隊ものにはかならずヒロイン役で、ピンクの衣装を身に着けた隊員がいるでしょう? だからあたし、アクションができるよう、格闘技も勉強しているんです」

 桃華は不意に立ち上がった。

「見て下さい! これ、格闘技の型です!」

 返事も待たず、桃華は二人の目の前で、空手の演武を始めた。

 拳を握りしめ、空を突き、足を高々と上げて旋回する。その場から飛び上がりつつ、回し蹴りを繰り出し、見えない敵に向かって素早い攻撃を加えた。桃華のひと突きひと突き、蹴り上げる動作のたびに、鋭い空を切る音が鳴り響いた。

 桃華の立ち回りに、二人の面接官は呆気にとられた表情になっていた。

 ようやく桃華が演武を終えると、女の面接官が一息入れてにっこりと笑いかけた。

「ねえ松野さん。あなたの熱意は凄いと思うわ。うちではあなたを練習生として迎え入れることはできないけど、そんなに演技がしたいのなら、一つ別の道があるわよ」

 女面接官の口調に桃華は仄かな希望を抱いた。いったい、女面接官は何を提案しようとしているのか?

「戦隊ヒーローものがお好きなようだから教えるのだけど、あなたスーツアクターというのをご存じ?」

 桃華はゆっくり頷いた。

「ええ、知っています。着ぐるみショーや、特撮番組などで活躍している人たちですよね。あたしも子供のころ、ヒーロー・ショーを見たことがあります」

 女面接官はリラックスした態度になった。

「それなら話は早いわ。スーツアクターの会社とうちでは連絡が取れるから、こちらであなたを紹介できます。あなたの特技なら、問題ないわ。スーツを身に着けて演技するから、あなたの外見も気になりません。どう? やってみない?」

「やります!」

 桃華は即答した。

 スーツアクターとはいえ、それでも演技はできる。それに、スーツでの演技が認められれば、念願の戦隊ヒーローものでヒロインになれるかもしれない。

 桃華は希望が湧いてくるのを実感した。

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