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重苦しい曇天が頭の上から被さってくるように垂れこめ、水平線の彼方から暗い島影が近づいてきた。
上へ、下へ。
上へ、下へ。
船の揺れに、水平線が僕の視界で上下に動いている。
「うええええええっ!」
僕は船端から、海面に向けて胃の内容物を盛大に吐いていた。
あー、スッキリした!
近づいてくるのはガッツ島だ。
東京から南に一千キロ。
今世紀初頭に、この島は海底火山の噴火で、新たな島として誕生した。島の西側には巨大な活火山が盛り上がり、流れ出した溶岩が島の平地を作っている。
この島に政府は十年前、オタクたちを矯正するための施設を作った。当初、環境保護団体が、島の環境を守るため反対運動を展開したが、朝比奈総理はそれらの運動をことごとく排除し、強引に施設を設けた。
近づいてくる島には、ほとんど緑は見当たらなかった。噴火が終了して、僅か十年ほどなので、森林などを形成する時間がなかったのだ。
島の周囲では、冷えて固まった溶岩がごつごつとした岩礁を作り、波しぶきが白く砕けている。
船が島の周囲を巡ると、船着き場が見えてきた。船の接近に、ガッツ島の職員が姿を現し接岸準備を始めた。
「やれやれ、やっと着いたか……」
大声に振り向くと、僕をこのガッツ島へ送り込んだ張本人である赤田斗紀雄が、のっそりと姿を現した。
相変わらず白のタンクトップで、鍛え上げられた筋肉を誇示している。
赤田は僕を見ると、不満顔になった。
ここに来るまで、僕は突撃隊本部に連行され、朝昼晩と連日、取り調べを受けていた。
いうまでもなく佐々木藍里の正体について尋問されていたのだ。
僕は総てを白状したのだが、取り調べに当たった赤田は、一言半句も僕の証言を信じようとはしなかった。
まあ、当たり前だろうな。何しろ仮想現実のゲームのキャラクターが、現実世界に現れて、僕の危機を救ったり、捜査の邪魔をしたなんて、まるでマンガのお話だ。
赤田は僕に本当のこと(あくまで赤田にとって本当のこと)を自白させようと、ありとあらゆる手段を使った。連日連夜の昼夜を分かたぬ尋問に、僕はすっかりまいってフラフラになった。最後は自白剤すら使用したようだ。
ようだ、というのは、その頃になって僕は完全に気絶寸前の有様で、尋問の詳細を記憶していなかったからだ。
とにかく赤田は僕から満足のいく自白を引き出せず、ガッツ島へ送還ということになった。ガッツ島へ行くことになったのは僕だけではなく、赤田もだ。
尋問の合間、赤田はガッツ島へ赴任することを語った。どうやら藍里がらみで、捜査にヘタを打ったらしく、本人の自覚では左遷と考えているらしい。それで藍里の逮捕に執念を燃やしていたのだが、生憎取り逃がしてしまった。結果、僕に対して憎悪を抱いている。
あれから朱美や、新山姉妹はどうなったんだろうか。あの時居合わせた、崎本美登里や、アイリス。リームを演じた松野桃華たちは逮捕されたのか?
いや、逮捕ということは考えられない。
僕が逮捕されたのは禁じられている美少女ものの同人誌、フィギア、アニメ、ゲームなどのデータを端末に保存していたことがバレたためで、これは立派にロリコン犯罪に相当する。
それにしても判らないのは、あの時藍里が姿を消した訳だ。
僕の危機に、藍里は度々現れて、救ってくれた。当然、逮捕されるというとき、藍里は何らかの手段で、僕を救うはずだ。
しかし藍里は何もせず、僕が逮捕されるままに任せてしまった。しかも姿を消して。
答えのない疑問を抱えて、近づく島を眺めていると、赤田が寄ってきた。
「見ろ! これがガッツ島だ。ここでお前のようなロリコンオタクに、根性と気合いを入れて立派なツッパリ、ヤンキーに生まれ変わらせてやる。覚悟するんだな」
どんな覚悟だよ?
気が付くと船のエンジンが停まり、接岸作業が始まった。クレーンが動いて、船に積まれている様々な物品が搬入され、ラダーがつけられてぞろぞろと乗客が船着き場に降りていく。ホイッスルが鳴って、騒然となった船着き場に、僕は降りて行った。
島に上陸すると、まず目に入るのは三階建ての建物だ。どうやらあれが、囚人のための住居らしい。
「ご苦労様ですっ!」
飛び切りの大声にそちらを見ると、数人の職員に取り巻かれ、赤田が敬礼を返しているところだった。職員たちは突撃隊の制服を着用していたが、その中に私服で、にこやかに赤田と談笑をしている男が目についた。
背が高く、身に着けたスーツは高価そうで、こんなところにいるより都会のビジネス街が似合う、役者のような男だった。身長はおよそ百九十センチはあり、赤田と隊員たちの中にいると、とびぬけて背が高かった。
公用車が近づき、赤田は巨体を窮屈そうに縮めて、車内に乗り込んだ。役者顔の男も、高身長の身体を折り曲げるように赤田に続いた。公用車は遠ざかり、僕は一人、取り残された。




