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 釜飯屋は一同を応接間へ案内した。

 桃華は今度の応接間は普通だな、と感じて安心した。大きなソファが真ん中にあって、観葉植物が配置された部屋は、少し古風ではあるが、オタク的なところは少しもなかった。ただ、壁に大きく人形とおぼしき全身像の写真が飾られているところが普通と違っていたが。

 ソファの後ろには大きな窓が広がり、そこには南国風の映像が映し出されている。どうやら巨大なディスプレイが窓外の映像を映しているらしい。映し出されているのは、大きなプールと椰子の木が植えられているビーチだった。椰子の葉が僅かな風を受け揺れているのを見て、桃華はわざわざ動画を映す必要があるのか? と疑問に思った。南国の映像を映すだけなら、写真だけでいいのに。

 部屋に踏み込んだ瞬間、萩野谷と良太は顔を見合わせニヤニヤと笑いを浮かべた。

 この部屋のどこに、二人を喜ばせる要素があるのかと、桃華は疑った。

「どうしたのよ?」

「ここ、サンダーバードのトレイシー一家の応接間を再現しているんだ。凄いな、こんなところまでそっくりだ……」

 良太の答えを耳にして、桃華は天を仰いだ。

 まったくオタクってやつは!

 牧野を見ると、腐女子は首を振った。

「あたし、特撮は守備範囲じゃないから」

 桃華は「サンダーバード」という単語から、特撮と判っているのかい? と牧野に突っ込むことは控えた。

 釜飯屋はふわりとソファに腰を下ろし、一同に話し掛けた。

「ツッパリやヤンキーからオタクたちが身を守るため自衛することは賛成だ。そこの桃華ちゃんが一人で戦うことには限界がある。俺も昔はツッパリたちにカツアゲされたりして、悔しい思いをしたことがある。幸い、俺は格闘技に適性があって、今では脅されることもないが」

 桃華たちは釜飯屋の真向かいのソファに、居流れて座った。

 牧野腐女子は、皮肉っぽい口調で口を開いた。

「そうよねえ。こんなお屋敷に住んでいればツッパリやヤンキーが押し掛けることもないし」

 牧野の暴言に、萩野谷は顔を真っ赤にさせた。しかし釜飯屋はまるで気にしない様子で、軽く肩をすくめただけだった。

「まあな。しかし俺もこうなる前は、毎回のコミケや、ワンフェスへ入り浸っていたくちだからな。その頃の俺はいかにもオタク、って格好をしていたから、ツッパリからは狙われていたよ。そうだ!」

 釜飯屋はグッと前のめりの格好になり、熱い口調で話し始めた。

「なあ、またコミケに行きたいと思わないか?」

 釜飯屋の言葉に、桃華たち四人は顔を見合わせた。

「そりゃまあ、行ってみたいです。僕は一度も、コミケやワンフェスを体験したことないんで……。そこの萩野谷さんや、牧野さんから散々聞かされているから、一度でもいいから、行ってみたいと……」

 釜飯屋に答えたのは良太だった。

 中学生の良太がオタクになったのは、朝比奈総理の〝オタク禁止令〟が施行されてからだから、いわば遅れてきたオタクである。オタクの巣窟と判断されたコミケ(コミックマーケット、マンガの同人誌販売などがメイン)やワンフェス(ワンダーフェスティバル、ガレージキット販売がメイン)、さらにはSFコンベンションなどのイベントは全面禁止となって、今ではオタクたちの思い出にしか存在しなかった。

 萩野谷は否定的に首を振り、呟いた。

「でもどうやって? 今じゃコミケ開催、なんて絶対無理に決まっている」

 釜飯屋は白い歯を見せた。びっしりと小さめの歯が並んだその口は、まるで鮫を思わせた。

「コミケでは無理でも、SF大会ならどうだ? 表看板に大会を利用して、オタクたちを集める。同時にその大会で自警団結成を呼び掛ける。一石二鳥だ!」

 牧野は顔をしかめた。

「会場はどうするの? SF大会、なんて看板を掲げたら、どこの会場だって貸してくれないに決まってるわ!」

「現実世界ではね」

 良太がぼそりと呟いた。

 牧野はギョッとした表情になって、中学生の少年を見詰めた。

「あんた、何言っているの?」

「仮想現実なら、どんな広い会場でも可能だって言ってるんだ!」

 良太は立ち上がり、興奮した様子で口早に説明を始めた。

「〝蒸汽帝国〟って仮想現実ゲームがある! あれには多くのオタクが接続して、プレイしているんだ。フィギアや同人誌も、電子データとなって取引されて、いわば毎日がコミケやワンフェスみたいなもんだ! あのゲームの中に会場を用意して、みんなを集めればいい。ゲームの中の出来事だから、突撃隊にも気づかれないし」

 中学生の熱弁に、一同は呆気に取られていた。いや、釜飯屋だけはニヤニヤ笑いを絶やさず悠然と構えていた。

「面白い……そのアイデアは、実に面白い……」

 萩野谷は釜飯屋に向き直った。

「実現できる、というのか?」

 釜飯屋はうなずいた。

「多分な」

 釜飯屋の答えに、桃華はハッとなった。

「でも釜飯屋さんは……」

 牧野がポカンと口を開き呟いた。

「そうよ。仮想現実に繋がるにはHMDヘッドマウントディスプレイがいるし……それに……」

 目が見えないし、という言葉を牧野は呑み込んだように慌てて俯いた。

 くっくっくっくっ……と釜飯屋は乾いた笑い声を上げた。

「それなら心配いらないよ。現に俺は、ずーっと前から〝蒸汽帝国〟ではプレイヤーの一人として参加しているからな」

「あんたが?」

 萩野谷が心底仰天した、といった口調で叫んだ。

 釜飯屋は良太に向かって話し掛けた。

「坊や、君のアイディアはいただきだ! それじゃ祝杯代わりに、一つサービスしてやろう!」

 釜飯屋は素早い動きでソファから立ち上がり、一方の端にあるデスクに歩み寄った。デスクの上のスイッチを操作すると、出し抜けに部屋の中に、大きな音で勇壮な音楽が鳴り響いた。

 桃華は知らなかったが、これはバリー・グレイ作曲によるサンダーバードのテーマだった。

 良太が窓を向いて叫んだ。

「プールが!」

 ディスプレイの映像に映し出されるプールが、静々と動き始めていた。プール全体が横に滑り、その後に空洞が現れた。

 どどどどど……と腹に響く重低音が部屋を満たし、プールの下から白い煙が立ちのぼり始めた。

 その煙の中から、銀色に輝く流線型の物体がゆっくりと持ち上がってきた。それはほっそりとしたロケットで、尾部からオレンジ色の炎を吐き出し、力強く上昇していった。上昇していくとき、桃華は横腹に「1」という番号をちらっと確認していた。

「サンダーバード1号の発射シーンだ……」

 良太は感動した様子で、茫然と呟いていた。

 なるほど……このために巨大なディスプレイを窓の代わりにしているのか、と桃華は納得していた。

 まったく金持ちのオタクのやることには、際限がない!

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