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 クラスを取り仕切る番長に選ばれるには、二つの方法がある。

 ひとつはクラスの全員に「あいつは根性がある」「気合いが入っている」と認められること。そのためには「根性があり」「気合いが入っている」格好をすることが必要だ。ツッパリらしい服装、髪型、喋り方を徹底することで認められる。

 もうひとつはタイマン勝負で勝利することだ。

 これは滅多に行われない。

 何しろタイマン勝負とは、喧嘩だからだ。

 喧嘩をすると怪我をする怖れがある。

 ツッパリは万が一にも怪我や、痛みを味わう危険は病的に避けるものだ。だからタイマン勝負をするときは、絶対に勝てる相手を選ぶ。体力的にも、精神的にも圧倒的に有利と判断しないと、勝負をしようとはしない。その点、石橋を叩いても渡らない。

 明日辺流可男を相手なら、絶対負けない自信が綿貫にはあるのだろう。だからタイマン勝負を仕掛けてきた。

 今まで僕がタイマン勝負に巻き込まれなかったのは、朱美の婚約者という立場に守られてきたからだ。昔風の言い方なら「女のスカートに隠れている」ってやつだ。

 しかし僕が新山姉妹にデートを申し込んだ、という事実が朱美の許嫁という立場を消滅させた。

 と、全校のツッパリは判断したのだろう。

 今まで殺したいほど気に食わない、キモオタのしかもロリコン(と思われている)明日辺流可男をタイマンに引っ張り出せるチャンスが来て、ツッパリたちは狂喜している。

 僕は誰からも好かれない。

 特に僕を嫌うのは、友人を大事にし、家族を大切にし、目上を敬い、目下には親切にすることを信条とするツッパリだ。

 そんなツッパリにすれば、僕は目障りでしかたない存在なのだろう。

 両足を踏ん張り、ニヤニヤ笑いを浮かべる綿貫は、ジロリと周囲を見回し大きく息を吸い込んで喚きだした。

「明日辺! キモオタの癖しやがって、オラっちとタメ口を利くのは生意気なんだっぺよ! おめえなんか、オラっちとは敬語でくっ喋らないと釣り合わねえっぺ!」

 綿貫は語尾に「っぺ!」とやるときに、口中の唾を溜め込み、空中に霧のように吐き出した。

 うわあ……なるべく近くでは話し合いたくはないなあ……。

 そんなことを反射的に思うと、つい僕の表情筋は笑い顔を作ってしまう。

 僕の笑い顔を見て、たちまち綿貫の顔が茹蛸のように真っ赤に染まった。

「何、ヘラヘラ、ヘラヘラ笑ってんのだあ? オラっちを舐めてんだっぺ!」

 僕は救いを求め、周囲を見回した。

 当然ながら、この場を止める人間は一人も存在しない。担任の大賀は、白昼生徒同士が殴り合いの喧嘩を始めようというのに、平然と見守っている。

 と、僕の視線が、群衆の中にあり得ない顔を見つけた!

 複雑に結い上げた亜麻色の髪。ほっそりとした肢体の、女の子の顔が、僕をじーっと見詰めていた。

 藍里だ……!

 瞬間、周囲の騒然とした様子も、目の前で凄んでいる綿貫の存在も僕の脳裏からは消し飛んでいた。

──大丈夫、あなたは負けません──

 僕を見つめ続ける藍里の視線は、そう語りかけているようだった。だけでなく、実際に僕の心に訴えかけてくる。

 その時、急激に僕は危険を感じ取っていた。

 無意識に視線を動かすと、綿貫がだだだっ! と小走りに駆けてきて、右腕を大きく振りかぶり、固めた拳を僕に向かって突き出すところだった。

 わっ!

 瞬間、僕の全身は凍り付いた!

 打撃の予感に、反射的に目を閉じた。

 が、いつまでたっても、予想された苦痛は襲ってこない……。

 どうしたのだろうと、恐る恐る瞼を開けると、殴りかかった姿勢のまま、綿貫が静止していた。

 いや、静止してはいなかった。

 殴りかかる姿勢そのままに、ゆっくりと綿貫の拳が僕の顔を狙って近づいてくる。ただ、その動きが、信じられないほどゆっくりなのだ。

 気が付くと光の具合が妙だった。

 確か現在の時刻は昼前で、天気は晴れのはずだ。

 が、どういう訳か辺りは薄暗く、どこか夕暮れのように黄色っぽい感じだった。

 後で僕の視界が変化し、周囲の光が赤色方向へスペクトルがずれているせいだ、と判明するが、今の僕にはそんなことはどうでもよく、ただ危険を逃れることだけで頭がいっぱいだった。

 綿貫の拳は迫ってくる。このままでは僕の左頬は確実に綿貫の拳で、打ち据えられてしまうはずだ。

 僕は拳を避けるため、背筋を逸らした。

 そのために綿貫の拳は、僕の顔すれすれを通過していった。

 奇妙にも、僕の動きは綿貫と同じ、ゆっくりとしか動けなかった。だがゆっくりではあるが、実際には僕は綿貫の攻撃をぎりぎりで避けることが出来た!

「わあっ!」

 叫び声をあげ、綿貫は振りかぶった腕の動きにだだだっ! と蹈鞴を踏んで踏みとどまった。

 同時に周囲の動きが元に戻り、静寂が消し飛び「ぶっ殺せ!」「オタクを殺せ!」などの罵声が僕の耳に飛び込んできた。

「野郎……!」

 憎々しい視線で綿貫は僕を睨むと、今度は足を上げ、蹴りを入れてきた。

 すると綿貫の動きが急激に遅くなり、ほとんど静止しているのと同じくらいに変化した。同時に周囲の喧騒が、静寂に消えていった。

 そうか……。

 僕は納得した。

 なぜか危険に襲われると、僕の感覚は普通より何倍も加速して対応できるようになるらしい。静寂に囲まれるのは、音の周波数が低くなりすぎ、僕の聴覚では捉えることが出来なくなるからだ。

 ただし加速されるのは感覚だけで、加速したまま動くことは出来ないらしい。

 それも道理で、この加速した感覚と同じように動いたら、僕の筋肉や、関節、骨格は耐えられないだろう。もし動けたら、たちまち全身の筋肉は弾け飛び、骨はばらばらに骨折し、関節は脱臼してしまう。

 それでも感覚が加速しているので、綿貫の拳や、蹴り上げた足先を楽々かわすことができる。

「畜生っ!」

 振り上げた爪先をかわされ、勢い余って綿貫はずっでんどう! とばかりにきりきり舞いをして地面に転がってしまった。尻もちをした姿勢で、茫然と僕を見上げた。

 よたよたと立ち上がり、悔しさいっぱいの表情で、綿貫は二度、三度と僕に向かって攻撃を繰り返した。

 拳を突き出し、脚を上げ、僕を掴まえようと両腕を広げ突きかかってくる。

 その度に、僕の感覚は数倍に加速し、総ての動きがスローモーションに映って、楽々と綿貫の攻撃をかわすことが出来た。

 攻撃を繰り返すうち、綿貫の動きがはっきりとのろくなっていった。もう、立っているのも辛そうだ。綿貫の肩は激しく上下し、ぜいぜい、ひいひい、はあはあと息苦しい呼吸音を立てていた。

 まるでダース・ベーダーの呼吸器の音みたいだ。

 空振りは体力を消耗させる。

 もともときちんとしたスポーツを何もしていないツッパリにとっては、僅か数度の空振りで、大幅に疲労が蓄積したのだ。

 それでもフラフラになりながら、綿貫は雄々しくも立ち上がった。

「もう止めないか?」

 僕は穏やかに呼びかけた。

「何を……!」

 すでに悪態をつく気力すら残っていない綿貫は、頭から僕に突っ込んできた。その動きは緩やかで、もう、僕の感覚は加速させることすらなかった。

 けた拍子に、僕の足先が、綿貫の足首に絡まった。

 結果として、僕は綿貫に対し、足払いをかけたのと同じになった。

「ぐぎゃっ!」

 絞め殺されるような悲鳴を上げ、綿貫は地面に顔から先に突っ込んでしまった。

 顔を上げると、泥だらけだ。地面に突っ込んだ際、まともに地面に激突したらしく、口を開けたら前歯が二本ばかり折れていた。

 くしゃくしゃと、綿貫の顔が歪んだ。

「ぐええええ……!」

 遠吠えのような泣き声が前歯の折れた口から零れ落ち、綿貫の両目から大粒の涙が噴き出した。

 僕は心配になって、一歩綿貫に近づいた。

 その途端、綿貫は四つん這いの格好のまま、僕からジタバタと見っともない姿で逃げ出した。僕が何かすると思ったのだろう。

「よせ! 来るなっ!」

 ひえええ~っと笛を鳴らすような悲鳴を上げ、綿貫は群衆をかき分け、かき分け逃げ出してしまった。

「明日辺が勝った……」

 ポツリと誰かが呟いた。

 その呟きが切っ掛けで、どおおっ! とばかりに歓声が沸き上がった。

「明日辺が綿貫に勝った!」

「新しい番長は明日辺だ!」

 わっ、わっ! と周囲を取り巻く歓声の中、僕は藍里の姿を追い求めていた。

 しかし藍里の姿は、どこにもなかった。

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