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バスが停車し、僕は大急ぎで出入り口から外へ転げ落ちるように降りて、まっすぐ学校への坂道を早歩きで目指した。
三年生はわざとらしくゆっくりと、大股でバスから降りていく。
坂道を急ぎ足で登っていくと、真兼高校の生徒たちが列をなしている。
僕は生徒たちの列から離れたところを歩いていた。なるべく側は歩きたくはない。近づいたら何をされるか、恐怖心が僕の足を急がしていた。
坂道を見上げると、真兼病院旧館の建物が視界に入ってくる。
建物の前に一人の少女が立っていた。
真兼高校女子制服を身に着け、腕組みをしたまま微動だにせず坂道を見下ろしていた。
髪の毛は燃えるような赤。
ほっそりとした体つきで、顔にはピンク色の縁をした眼鏡を架けていた。
朱美だ!
以前の朱美とはまるで別人だ。百キロを越えていた体重は、今は推定四十キロ以下に減っている。ぶっ太かった手足は嘘のように細くなって、臼のような巨大な顔面はすっきりと卵型。ぱっちりとした大きな瞳の、アニメから抜け出したかのような美少女に変身している。
登校する生徒たちは、男子も女子も、朱美をガン見して校門へ向かっている。全員の表情に「誰だ、この美少女は?」という疑問がありありと浮かんでいた。
この少女があの真兼朱美だとは、誰も信じないだろう。僕も未だに信じられないでいる。
朱美の視線は、ひた、と坂道を登る僕に注がれていた。
眼光の鋭さは以前と同じで、見違えるほどの美少女に変身した今、さらに強烈になっていた。
「流可男っ!」
朱美は坂の上から僕に向かって、あらん限りの大音声で叫んできた。
美少女になっても、声量はほとんど変わらない。痩せたせいか、声が高くなり、朱美の叫び声は僕の耳に突き刺さんばかりだった。
ビクッと僕は立ち止まった。
長年の習慣で、朱美の声には僕を金縛りにする威力がある。
「な、何だい? 叫んだりして……」
朱美は短く命令した。
「こっちへ来い! 用があるんだっ!」
僕はキョロキョロと周囲を見回した。
その場にいた生徒たちは、僕と朱美のやり取りに興味津々で、皆立ち止まって観察をしている。
僕は朱美に宥めるような口調で答えた。
「今じゃないと、駄目なのか? これから登校しなければならないんだけど……」
朱美はイライラしたように地団太を踏んだ。
「オイラが来い、と命令しているんだ。ゴチャゴチャ言い訳するな!」
朱美はひと飛びで目の前に近づくと、ぐいっと右腕を上げ、指先で僕の耳たぶを力一杯挟み込んだ。
「イタタタタタタタ!」
僕は情けない悲鳴を上げた。
朱美は僕の耳たぶを掴んだまま、速足で真兼病院旧館を目指した。
細い指なのに、僕の耳たぶをつまみ上げる朱美の指先の力は万力のようだった。
呆気にとられた生徒たちをしり目に、僕は朱美に引っ張られたまま旧館入り口から内部に入っていった。
朱美は片足を挙げて、入り口のドアを蹴るように閉めた。
どどどっ! と朱美は僕の耳たぶを掴んだまま、研究室へ雪崩れ込んだ。
研究室へ入ると同時に、朱美は僕の耳から指を離した。勢いがついて、僕はそのままきりきり舞いをするように床に倒れ込んでしまった。
倒れてすぐ、僕は土下座の姿勢になって朱美を見上げた。
朱美は腕組みをして傲然と立ったまま、僕を睨みつけている。
僕は大声を上げ、朱美に謝罪をした。
「御免! 本当に御免! 朱美、許してくれ」
僕を見下ろす朱美の形のいい眉が、微かに動いた。
「流可男、何を謝っているんだ?」
「へっ?」
僕は床についた手を離し、上体を起こした。
「怒ってないのか?」
「怒るって、オイラが何に怒っていると言うんだ?」
恐る恐る、僕は朱美に話し掛けた。
「だって、僕が新山姉妹とデートの約束をしたのを、怒っているとばかり……」
僕の答えに、朱美は眼鏡の奥の両目をひん剥いて尋ね返した。
「新山姉妹って、あの双子の姉妹か? お前、あの双子とデートするのか?」
「うん、今度の休みに……」
くっくっくっ……と、朱美は含み笑いをした。ついで朱美は赤い口をガバッと開き、上体を仰け反らせ、大笑いを始めた。
「わっはっはっはっ! 流可男が双子とデートだって? それでオイラが、妬いていると……そう思ったんだな!」
いっひっひっ……おっほっほっ……と、朱美は身をよじらせ、とうとう立っていられなくなり、床にへたり込んでしまった。それでも笑いの発作は収まらず、床をバンバンと手のひらで叩いて転げまわった。
僕は呆気にとられ、朱美の様子を見守っていた。
ようやく朱美は笑い終わり、ふうふう荒い息をついて立ち上がった。あまりに笑いすぎ、目じりに涙を溜めている。
「デートでも何でもやればいい。オイラが流可男を呼んだのはそんなことじゃない」
なんだ……と僕はちょっぴり当てが外れた。どういうわけか、少しばかりガッカリした気分なのはなぜだろう?
「オイラの薬で流可男は変身したな。覚えているか?」
ああ……と僕は生返事をした。
覚えているも何も、今も僕はあの薬のおかげで、酷かった近眼が治って眼鏡なしで生活できている。肥満気味だった体型もスッキリと改善され、背も少しばかり高くなっている。
朱美は悔しそうな表情になった。
「それがオイラはどうだ? 超人ハルクのようなムキムキの筋肉になると思ったのに、こんな貧弱な体になっちまった!」
朱美の意見には僕は同意できない。
貧弱とはちょっと言い過ぎだろう。
むしろ百キロ以上あった体重が半分以下になり、たいていの女子なら羨むような美少女に変身している。
朱美は僕をキッと睨んだ。
「なぜオイラと流可男でこんな違いが起きたか、オイラは遂にその理由を解明した!」
朱美の両目はギラギラと不気味に輝きだした。
噛みつくように僕に命令する。
「流可男! 今すぐ裸になれ!」
「えーっ! 何だって?」
朱美はズイッと一歩前へ出て、さらに言葉を重ねた。
「聞こえなかったのか? 裸になれ! 今すぐ、オイラの前で素っ裸になるんだ!」




