2
いつものように僕は登校の用意を終え、家を出た。
とっとと幹線道路に出て、いつものバス停でバスを待つ。
ほら来た!
時間ぴったり。
バス停の前にバスが止まり、出入り口のドアが微かな音を立て目の前で開いた。
僕はバスに乗り込むため、ステップに片足を載せた。
その時、僕の胸に誰かの足の裏が突き出された。
どん! と力いっぱい繰り出された足裏に、僕は吹っ飛ばされたように後方に転げ落ちた。
アスファルトの地面に尻もちを搗き、僕はバスの車内を見上げていた。幸運にも後頭部を地面に打ち付けることは免れていた。もしそうなったら、唯では済まないところだ。運が良くて脳震盪、当たり所が悪ければ大手術が必要な大けがをしていたところだ。
「お前はこのバスに乗るんじゃねえ!」
憎々しく僕の顔を睨みつけ、派手な髪型をした真兼高校の男子制服を身に着けたツッパリが叫んだ。
僕は何が起きたか判らず、茫然としていた。
何とか立ち上がり、ステップに片足を載せようとすると、バスの中から真兼高校の生徒が群がって入り口をふさいだ。
「歩いて来ればよかっぺよ!」
「お前にバスに乗る権利はねえっぺ!」
口々に僕に語尾に「だっぺ」がつく悪罵を投げつけ、悪意を込めた視線を突き刺してきた。
ぷしゅー……と圧搾空気の音がして、僕の目の前でドアが静々と閉まった。
バスは発車してしまった。
僕は遠ざかるバスを見送り、胸いっぱいに疑問を抱えて立ちつくしていた。
なぜだ!
なぜ今日に限って……?
何が起きたんだ!
もちろん答えは出るわけもなく、僕は次のバスを待ってそのまま立ち続けた。
この時間は五分間隔でバスが通過する。
待つほどもなく、次のバスが視界に入ってきた。
出入り口のドアにびくびくしながら乗り込むと、今度は妨害もなく、僕は車内に入り込むことが出来た。
乗り込んだ瞬間、後悔した。
しまった、乗るんじゃなかった……。
なぜなら僕がいつも乗る次の時間帯のバスは、真兼高校の三年生男子専用だからだ。
三年になると、真兼高校男子生徒はわざと遅れて登校するようになる。一年、二年生はその前に登校することが慣習となっている。
なぜならわざと遅れて登校するのが、格好いいという妙な風潮があるからだ。偉い奴は遅れて登校する、という固定観念が存在するらしい。
僕にはさっぱり理解できないが。
バスの後部座席には、真兼高校の制服を身に着けた男子生徒がずらりと並んで座り、乗り込んだ僕を珍しい生き物を見るような目つきで眺めていた。
ひそひそとお互い耳打ちをして「何だあいつ、二年坊じゃなかっぺ?」と「だっぺ」語で囁き合っている。
僕は出入り口のステップ近くに立ち、彼らをことさら無視していた。
無視だ、無視!
僕にはかかわりのない連中だ!
と、一人のツッパリ三年がゆっくりと椅子から立ち上がり、僕に向かって肩を揺すりながら近づいてきた。
バスは走行中なので、足元がふらついている。さらにツッパリらしい歩き方を意識しているので、近づく途中足元がぐらつき、あやうくつり革に縋って、すっ転ぶのを回避した。
あー、惜しい!
あんな奴、盛大にすっ転んでしまえばいいのに……。
近づいたのはパンチパーマを金髪に染め、蟀谷を青々と剃りあげた貧相な顔つきの三年生だった。
ニヤニヤ笑いを顔に張り付かせ、奴は僕の耳元に唇を寄せた。
「お前、二年の明日辺って奴け?」
僕は窓外に視線を固定させたまま、短く頷いた。
死んだってこいつとは目を合わせたくない!
うっかり視線を合わせたが最後、こいつは即座に因縁をつけてくるに違いない。
「お前、ちょっと調子に乗ってんじゃねえのけ?」
三年生の言うことは、まるで理解できなかった。
僕が調子に乗っているとは、どういうことだ?
それにわざとらしい方言も気になる。
前にも述べたが、真兼町を含む地域の放言は「だっぺ」語圏ではない。少なくとも真兼町の老人は、誰一人「だっぺ」を語尾に付けない。むしろ標準語に近い。
僕の理解では「だっぺ」方言を使うと、粗暴で粗雑で、暴力的なキャラクターに見えることを狙っているのだろう。少なくともツッパリたちは、そう考えている。
「だっぺ」を使っていても、繊細で、暴力には縁のない人はいるはずだが、ツッパリたちはそう考えない。まったく下劣な差別意識丸出しだ。
相変わらず下卑た笑いを表情に貼り付けたまま、金髪パンチ三年野郎は言葉を続けた。
「昨日、あの双子に話し掛けていたっぺよ。許嫁がいるっちゅうのに、はあー、あっきれた調子こいてんなあ!」
それでか!
僕の全身に震えが走った。
昨日、僕が双子姉妹に話し掛け、大胆にもデートの約束をしたことにより、僕と朱美の婚約が消滅したとツッパリたちは判断したのだ!
もう真兼家についてあれこれ考える必要はない。
だから遠慮なく、僕を苛める好機が来たというわけだろう。
すべてのツッパリ、ヤンキーは僕の敵となる。
これからの学校生活は、どんな酷いことになるか想像するだけで暗澹となる。
ちらっと横目で後部座席を見ると、三年生は全員、何かを期待したようなニヤニヤ笑いを浮かべていた。




