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第九話 運命分岐点!

 一瞬。

 うつぎちゃんの言葉に、思考が完全に停止しました。


「……えと、それって……」


 まりちゃんが、いなくなった……?

 この雨の中で……?

 わたしは開いた扉から外の様子をうかがいます。

 いよいよ本降りのようで、風は荒れ狂い、降る雨はその勢いを増して、地を打ち跳ねた水飛沫が視界を奪っていました。


 ……これじゃあ迷子というより、遭難……。


 ようやく現実を呑み込んだ頭がわたしの身体を動かそうとしたそのとき、


「どういうこと?」


 と。

 ベットでうつ伏せに寝ていたはずの和歌恵わかえちゃんが隣にいました。

 しゃがみ、うつぎちゃんの目線に合わせ、確認するように彼女は再度訊きます。


うつぎ、椀いなくなったってのはどういうこと? ゆっくりでいい、できるだけ正確に話して」

「う、うん……。えとね、カエルがいてね、槍と椀は一緒に追いかけてて……」

「どこで?」

「えと、川のところで……それで、槍がヤリでつついたら、壊れて……」

「で?」

「バラバラになったから集めてて……そしたら椀も一緒に集めてくれて、雨が降ってきたから帰ろってなって……」

「で?」

「振り向いたら椀いなくて、探しても探しても見つからなくて、だから……だから槍は……」

「……うん、大体わかった」


 ぽふっ


 と、和歌恵ちゃんは槍ちゃんの頭にもふもふの帽子をかぶせます。


「大丈夫、心配するな。そんな簡単に泣いちゃダメだ。槍はお姉ちゃんだろ?」


 唇をぎゅっと噛み、「うん」と力強くうなずく槍ちゃん。


「いーちゃん、悪いけど手ぇ貸してもらえるかな?」

「もちろんです!」




 捜索が始まりました。

 まず向かったのが槍ちゃんの証言にあった川。


 和歌恵ちゃんの案内で薄暗い森を掛け抜け、わたしたちはおおよその場所へと到着します。

 『足なんて飾りだよー』と言っていた彼女。

 そのぐうたらな姿は跡形もなく消え去っていました。

 辺りに目を配りますが、雨霧が酷く、視界はまったく通りません。

 川は増水し、透明な澄んだ色だった水は、酷く茶色に濁った急流となっていました。


「いないか……くそ! いーちゃんは下流に行って! あたしはここ、コマツガの木の下で椀が流れてこないか、雨宿りしながら見張ってるから!」

「わかりました――って、それ呈の良い使いっぱしりですよね!? わたしだけで探せと!? この状況でそんな冗談がありますかっ!」


 という、お約束の会話をこなしつつ、


「とまれ、いーちゃん。気をつけてね? いーちゃんまで迷子になったら、本末転倒もいいところだよ。それは流石に笑えない」

「だ、大丈夫です。いくら私だって、そう何度も迷子になりませんよ!」

「ん。じゃあ、またこの場所で落ち合おう。重ねるけど、本当に気をつけてね?」

「和歌恵ちゃんこそ」


 わたしは下流の捜索。

 和歌恵ちゃんは上流に向かいました。

 ドレスは土に汚れ、白い生地は灰色と茶色に犯されていました。

 またしても濡れネズミと相成ったわけですが、いまはそんなことを気にしている余裕もありません。


「もう、椀ちゃん……どこにいったの……?」


 ずるり――と。

 濡れた雑草に足を取られ、わたしは地面に転がります。


「――ひゃっ!」


 文字通りに転がって二転三転。

 ぴたりと止まった場所は、荒れ狂う川のすぐとなりでした。


「……は、わわ……はわわ……」


 背筋に雨とはまた違う冷たいものが伝います。

 危うく、現世から迷子になるところでした。

 川べりは危険だと判断。

 少し離れた草の道を、周囲に首を振りながらわたしは進みます。


「椀ちゃーん! どこにいるのー!? 聞こえたら返事をしてー!」


 わたしは声の限り呼び続けます。

 しかし、言葉は虚しく雨霧に吸われていき、油断なく周囲をうかがいますが、雨の弾ける轟音がわたしの耳を塞ぎ、邪魔をします。


「椀ちゃーん! 椀ちゃ――――……」


 前方の風景。

 それを目視した瞬間、喉から、声が、消えました。




 見覚えのある、


 川のすぐ近くに倒れている、それ――


 それは見間違えようもなく、椀ちゃんが持っていた、お椀。

 




 その光景が連想させるのは、

 どう足掻いたって不吉な未来の映像でした。

 

「……あっ、なんで……そんな…………」


 おぼつかない足は、勝手にそのお椀へとわたしを向かわせます。

 現実から目を背けたい。

 近づかなければ、もしかしたらそれは気のせいで――もしかしたら椀ちゃんの物じゃなくて――きっと石を見間違えただとか、そんな牧歌的な勘違いで終わってくれる――



 しかし、



「……あぁ……あああぁ……」


 その現実は私の許容範囲を大きく超え、嗚咽となって溢れ出ます。

 震えに支え切れなくなった足は崩れ、わたしは草の地面に腰を落としました。

 倒れたお椀。

 中に入っていた赤いクワの実が、心惜しそうに転がっていました。


「……う、うぅあああぁぁぁ……」


 滲んだ視界。

 決壊した感情は雨に混ざり、私の頬を流れていきます。


「……椀ちゃん……椀……ちゃん……………」



 ふと、



「…………あれ?」


 そこで違和感を感じました。


「……このお椀……」


 クワの実のこぼれかたが、やけに丁寧なような……?

 足を滑らせ、川に転落したなら、もっと散らばるはず。

 暴風にさらわれ、飛ばされたならばそれは尚更です。

 しかし、眼下に置かれたお椀はそうじゃない。こてんと倒れるように、中身をこぼしている。これはいったい何を意味するのでしょうか……?


「…………」


 考えろ。

 考えろわたしの頭。

 ぐるぐると回り続ける思考――研ぎ澄まされた集中力は、わたしから瞬きを忘れさせます。


「~~~~っ!」


 眉間にしわをよせ、お椀を凝視。

 音が、次第に遠くなっていきます。

 思考の加速。

 全細胞がそれのためだけに動き、脳細胞は沸騰するかの如く一つ一つがその機能を極限まで行使し――いまある情報から可能性を取捨選択、予想しうる未来のヴィジョンを丁寧に思考のテーブルに並べていきます。(※誇張あり)


「槍ちゃんなら――どう行動するか――」


 ストレージから彼女の行動パターンを解析。わたしのニューロンはもはや高度演算機器となり果て、シナプスを通じて送られてくると同時に算出を終了。(※誇張ありあり)

 この状況から、恐らくは椀ちゃんはこの場にお椀を置く必要があった、と推測。

 その理由は?

 なぜ槍ちゃん、椀ちゃんが川べりにいたか――理由にあるように、二人はカエルを追って遊びに出ていて、その際に槍ちゃんのヤリが壊れ、二人はそれをかき集めていた。

 つまり、お椀が転がっているこの状況は最悪を意味せず。

 仮に雨が降り、帰ろうとする際に椀ちゃんがもし、破片を見つけていたとしたら?

 当然、椀ちゃんがいなくなった事実に気づいた槍ちゃんは元いた場所へと戻る。

 その間に椀ちゃんは目的物へと足を進める。

 状況の説明は可能、しかし見つけられなかったということは、椀ちゃんが安易に取れるような場所に目的物はなかったということで――


 椀ちゃんは川に流れていく破片につられ……いまもそれを追っている……?


「……ともすれば、下流……っ!」


 わたしは走り出しました。

 即座にこけましたが、物ともせずに駆け出します。

 走りながら邪魔なドレスの裾を腰でくくり、そうしてしばらく進むと、


「――――――ゃん―――――」


 と。

 かすかに聞こえた声。


「……椀ちゃん……?」


 気のせい……でしょうか……?


「――――ぢゃ――おねえぢゃ――」


 いや、

 たしかに聞こえた。


「椀ちゃん!」


 わたしは声のほうへと向かいます。

 濡れた草の茎をかき分け、河川敷をさらに下流へ進んでみると――



 ――いた。



「びええええええぇぇぇ! おねーぢゃん! おねーぢゃん!」


 川の岩と岩の間。

 それに引っ掛かった木製のヤリに、必死にしがみついている椀ちゃんの姿がそこにはありました。

 当然、豪雨ですから氾濫しています。


「な、なんでそんなところにっ!」


 しかし、椀ちゃんは運良く手の届く距離にありました。

 わたしは岩を足場に、と、大股を開き、岩に足を掛けます。

 椀ちゃんに手を伸ばし、


「こっち! こっちに手を伸ばして!」

「びえええぇぇぇ、おねーぢゃ、おねーぢゃん!」

「頑張って! ほんのちょっとだから! 頑張って! お願い、お願い!」


 泣き叫ぶ椀ちゃん。

 必死に差しだされた小さな手を取り、その身体を抱きかかえたその刹那。


 ズルっと、


「――ちょっ、ひゃっ!」


 バランスを崩し、誤って川へ足を入れてしまいました。

 なんとか川底でふんばるも、それも虚しく水流に足をさらわれ――


(駄目っ、これ洒落にならないっ!)


 わたしは有無をいわさぬその濁流に呑み込まれます。

 そして、抵抗も叶わず、足のつかない深みにまで運ばれてしまいます。


「――――――――っ!」


 荒れ狂う急流の中。

 きりもみしながら、それでもわたしは必死に椀ちゃんの身体を掴みました。

 水面が遠い。

 平衡感覚もない。

 水が口の中に入ると、脳裏に死がちらつき始めます。

 でも、それでも、




(……せめて、せめてこの子だけは……)




(守りたい……っ)




(……守り……)




(……たかった……な……)







 わたしの意識は遠のいていきました。

 朦朧とする意識の中、わたしの身体は何かに引かれるような感覚を覚えます。

 霞む視界。

 わんわんと歪んだ音の中で、『天使』の姿を、その声を聞いたような……

 そんな気が、しました。



「この私が命を救うだなんて……全く、やれやれだわ」



 ……白い……天使……


 ……あなたは……だあれ……?




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