第二十三話 バットエンド……なのですか……?
――しかし。
そんな妄想は現実にはなりませんでした。
わたしは姉に抱きつこうと飛びかかります。
けれど、
「――きゃっ!」
わたしの身体は姉を通り抜け、冷たい地面へと倒れました。
ぎゅっと心臓が締め付けられた気がしました。
「……お、おねぇちゃん……」
こんなに近くにいるのに、姉はわたしに気がつきません。
それでも、わたしは姉に手を伸ばします。
触れるはずの手は虚空を撫で、指先に感じるはずだったぬくもりは、もう二度と感じることのできない遠いものなのだと――
そう、わたしに突きつけました。
「……やだよ、そんなの……やだ……」
……わかってはいたのです。
最初から気づいていたのです。
ただ――それを受け入れるのが怖くて、目を背けていただけ。
ふと、ヴィロサさんの言葉を思い出しました。
ペンダントを貰った際、彼女の部屋での言葉――
『ここはあなたの住む場所じゃない――って、私が言ったことを覚えているかしら?』
それはヴィロサさんと初めて会ったときのこと。
『ファロ、ヴェルナ、月夜もそう。私たちは現界と幽界の挟間に巣くう生と死の概念から外れた存在なの。はじめてあなたに会ったとき、あなたは確かに生きていた――けれど、今のあなたは魂だけの存在――私たちと同じ、ね』
宙を浮く彼女。
幽霊のような神秘的な美しさ、死神の別称を持つ、彼女。
『魂とは、意思を持った幻のようなものなの。それを救い、守り、導くのがわたしたち御三家の本来の役目――ねえ、色変わりのお譲ちゃん。あなたの望むことはわかるわ。魂だけになり果てても尚強い意志があなたを形作っている。……だから、私はあなたを役目通り導くことにするわ』
渡されたペンダント。
わたしは訊き返します。
『これは前にも言ったわね。吸魂牢――いえ、『救魂牢』という、魂を見失わないためのペンダントよ。意思の弱い魂は融けて消えてしまう。それを防ぐためのお守り。身につけておきなさい』
思い返してみれば――みんな、ペンダントをつけていました。
月夜さんも、ファルさんも、ヴィロサさんも。
『けれど、これだけは忘れないで。あなたはもう――』
――そう。
つまり、わたしはすでに死んでいた。
虫の声や植物の声が聞こえるようになったのもそのせい。
生と死が曖昧な、挟間の世界に足を運べたのも、そのせいです。
いつから死んでいたのか――それはきっと椀ちゃんを助けたときでしょう。
けれど、それは悲しいことじゃない。命は流転し、また芽吹きます。
光がわたしを包みました。
世界が遠ざかっていきます。
「やだっ、まって! おねーちゃん、おねーちゃんっ!」
森の丘陵が小さくなっていき、姉との距離が遠くなります。
それはわたしが空へと昇っていくから――
思考が錯綜し、言葉にならない声が漏れ出ました。
途切れ途切れの言葉に、嗚咽が混じって掠れていきます。
肺が苦しい。
胸が痛い。
心臓が壊れたように脈打ち、涙ばかりが溢れて視界が滲んでいきます。
周囲を満たす光が、やがて夜を照らす月明かりのように、心もとなく地面へと引いていき――
そして、わずかな視界も残さず消えたとき。
わたしは暗闇の中にいました。
誰もいない、
何も聞こえない、
冷たく、寂しい世界。
それは『死』でした。
……わたしたちは死の上に成り立つ生き物であり、食物連鎖がそうあるように、死は生になり替わり、命の糧として死に、縷々と繰り返し、そしてこの世界を作っているのです。
死ぬことは怖くはありません。
ただ、消えることが怖いのです。
わたしは――わたしの魂は、すがるように姉を求めました。
死してなお、親しい心に安らぎを求めたのかもしれません。
冒険譚という名の亡霊譚――とは、笑い話にもなりませんね。
生なき魂は、帰るべき場所へと還る。
そうして、わたしの意識は消滅しました。
次話、最終回です。




