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第十四話 自然の摂理とは残酷なものなのです

 そして復帰。


「……えっ、いまのは……?」


 一瞬か、それとも長い時間なのか――天高く登っているお日様の位置から、それほど時間は経過していないようですが――その判断はつきませんが、気がつけばハサミムシさんはいなくなっていました。


「逃げられた? むぅ、あんにゃろめー」


 大きく肩を落として嘆息。

 せっかく手がかりを得られると思ったのに……。

 呟いて、ふと気がつきます。


「……あれ? なんか、すごく眩しい……?」


 視界に変化がありました。

 どこか全体的に霞掛かったように、景色が薄ら白い。

 近い場所にあるものは認識できますが、先ほどまでのように遠くのほうへと目を向けても、ぼやがかかったように、上手くいかない。それは霧ではありません。お天気は晴れです。

 辺りには虚飾されたような湾曲を示す陽光が、一面に降り注いでいました。

 大地に落ちた光は、地を這うように軌跡を残して四方八方へと広がり、モノのカタチを辿って、その形状をわたしの眼に送り込んでいるかのような……

 うーん、なんて言えばいいのでしょうか。

 抽象的な表現しかできそうにない、そんな曖昧な風景が目の前にありました。

 突然のことに、わたしは身を縮めます。


「ううう……なんですかこれは。右も左もわかったもんじゃないですよう」


 足をつけていた岩。

 それも湾曲する光に包まれ、見えていたはずの岩と岩のつなぎ目が消えています。

 と、そこで、


『…………水…………』


 背後から無機質な声が聞こえました。


「誰ですっ!?」


 ばっと振り返り、そのほうへと視線を送ります。

 走らせた眼光は、やがて線を引いて伸ばしたような緑を捕えました。


「……あれ、草?」


 水、水、水、と。

 わたしの耳に届くのは、乾いたように薄く、情感のない淡々とした声。

 ささやきのようなそれは、一定のリズムで響いていました。


「植物の、声?」


 確信は持てません。

 けれど、それに近いものはありました。

 というのも、緑の光源が揺れ動くたびに、その囁きが聞こえるからです。

 見えている世界は全く異なっていましたが、先ほど目に入った風に揺れていた雑草が頭の中に浮かび上がります。

 草木の声。

 虫の声。

 生き物が立てた音、奏でた音が声となってわたしの耳に伝わっている……?


「面妖な体験もしたもんですねぇ」


 しかし、なぜいきなりこんなことになったのでしょうか?

 疑問に頭を悩ませていると、


「……はや?」


 ぬっと、地面が影に覆われました。

 

「やあやあ、こんなところに美味しそうな虫がいるではないか」


 頭に落ちてくる声。

 目の前には三つに割れた黄色く禍々しい、尖った爪のようなもの。

 その身体を辿るように、視線を上へ上へと向けていくと……白と茶色の体毛。シュッと洗練された肢体。鋭く先端が曲がった黒と黄色のくちばし

 そして獲物を見るような、愉悦に濡れた、おぞましい目。


「……ああ、な、なんだ。タカさんですか」


 鷹でした。

 猛禽類、鷹。

 それは森や空を生活の場とする生物の中で、生態ピラミッドの頂点に立つ存在。精悍なイメージそのままに、攻撃的な目がわたしをにらみつけていました。

 ネズミや昆虫などの小さな生き物なら、怖れおののいてしまうでしょうが、わたしはキノコですので、タカさんの捕食対象にはなりません。

 ならないから大丈夫、と必死に自分に言い聞かせます。(ちなみに、わたしたちキノコの天敵といえば、先ほどのハサミムシさんのような昆虫や、特にナメクジとかです)

 しかし、大丈夫だとわかっていても、流石に体格が違いすぎるので、心境はガクブルでした。その巨体の威圧感といったら、仮にわたしが捕食される立場なら、即座に来世へと思いを馳せることでしょう。

 あ、タカだ!

 わー、来世は頑張ろー……みたいな?(笑)


「ほう?」


 貫禄のある低い声で、タカさんは言います。


「我が名を知っているのか」

「え、ええ。お空を気持ち良さそうに飛んでいるのを、よく見ていましたから」

「……ふん、面白いことを言う奴だ。それは挑発と受けとってもよいのかな?」

「はい?」

「たしかに――貴様のような矮小な虫なら、見逃すこともあるかもしれんが――しかし、そう悠長に構えられては、我の誇りに傷がつくというものだ」

「い、いえ! 決してそのような意味を込めて言ったのでは……」


 まずい、勘違いされている。

 タカさんの黄色い眼。

 その中心にある瞳孔がきゅっとひし形になり、鋭くわたしを見据えました。


「やれやれ。たまには狩りを楽しもうと思ったのだが……逃げもせぬ貴様に気が変わった。どれ、ひと思いについばんでやろう。それともこの爪に引き裂かれたいかなあァ!?」

「ちょっと! ちょっと待って! あなたがた鳥類はキノコを食べないのでは―――!?」


 どこか会話が行き違っているような違和感を感じましたが、しかし、わたしは必死です。それどころじゃありません。

 身の安全が最優先。


「……キノコ? ははは、そんなものがどこにいる。恐怖のあまり気が狂ってしまったのか、可哀想に。だが安心しろ。我は慈悲深い」

「で、ですか。なら見逃してくれるのですね?」

「生きたまま巣に運んで、愛する我が子たちに羽虫の踊り食いを振る舞おうではないか!」

「それのどこが慈悲深いんですか―――っ!!」


 悲痛な叫びも虚しく、しゅごーっと、勢いよく風を切り、鋭い嘴がわたしめがけ振り下ろされます。

 わたしは身を翻し、華麗にそれを避けてみせます。(正確には尻もちをついて、後転)

 地盤をひっくり返すような衝撃がお尻に伝わり、砕けた岩が宙を舞いました。


(こ、こんなの身体に受けたら、跡形も残らないーっ!)


 迫る巨躯きょく

 背筋に冷たいものを感じました。

 圧倒的な死の予感――しかし、ただされるがまま捕食されるほど、わたしは往生際がよくありません。


(ど、ど、どうにかこの場を乗りきらなくては……)


 生命の危機を感じたわたしの脳は、瞬時に作戦を企てます。

 この間、コンマ一秒。



 ・作戦、そのいち。


 【秘めたる力に目覚める】→【タカをこてんぱんにする】→【大勝利っ!】



(……いや、ステップ1から無理っ!)

(却下です!)



 ・作戦、そのに。


 【攻撃をよける】→【秘めたる力を開放する】→【タカを撃退っ!】



(……いやだから! 秘めたる力ってなんですか!)

(大丈夫ですかわたしの頭は!)



 ・作戦、そのさん。


 【攻撃をよける】→【胞子の煙幕で目を眩ます】→【その間に逃走っ!】



「これですっ!」


 完璧な作戦でした。

 万に一つの狂いもない、素晴らしい作戦でした。

 生存への道はこれしかない。

 チャンスは一瞬、けれど、命の危険を感じた身体は、普段からは想像し得ない力を発揮すると聞いたことがあります。

 勝算は充分にある――はず。

 わたしは這いつくばりながら、勇猛果敢にタカをにらみつけます。


「さあ! かかってきなさい!」

「ほう、いい目をする。だが、無駄だなあァッ!」


 猛禽類――森の生態系の頂点に君臨する、タカ。

 対するは――もろ菌類、凛として可憐なる乙女――色変色絵こと、わたし。

 両種族のプライドをかけた戦い。

 かくて火蓋は切られました。



 ぐわし



「きゃー」


 開始一秒で勝敗は決します。

 勝ち目なんてありませんでした。

 自然の摂理とは残酷なもので、わたしは猛禽類のその鋭い鉤爪に、文字通り鷲掴みにされます。

 そして可愛いひな鳥の餌として巣に運ばれ、もしゃもしゃと美味しくいただかれるのでした。



                おわり




















 あとがき



 生態系の生物部分は大きく、生産者、消費者、分解者に区分される。

 植物などの生産者が太陽光から系にエネルギーを取り込み、これを利用していく動物が消費者、遺体や排泄物などは主に微生物によって利用され、さらにこれを食べる微生物などが分解者だ。


 この物語の語り部であった色変色絵(故)は分解者であり――

 そして、地球上の生態系における物質循環システムの還元者だった。


 分解者(還元者)とは、植物や動物の遺体などの有機物を分解して無機物へ還元し、最終的に土へ戻す役割を担っている生物群集であり――地球上で植物、動物、そしてキノコに代表される菌類が共同生活を営むことで、有限少量の無機物を『合成』と『分解』を繰り返し循環利用する。それによって、生物が種として半永久的に生き続けることができる。

 もう少し具体的に言えば、植物は土壌中の無機物を利用しながら光合成によって有機物を合成し、植物の合成した有機物を動物、あるいは菌類が摂取することで、生活のためのエネルギーを獲得しているのだ。

 また、地震や落雷などで倒れた樹木、動物の死骸などの有機物は、バクテリアやキノコなどの菌類の働きにより、最終的には無機物までに分解され、再び植物の生長のために利用されているのだから、やはりたかがキノコと侮ってはいけない。

 この世界、この生態系の基盤を支えているのがキノコだと言っても、それは決して過言ではないのだから。

 そんなシステムの中で、彼女は自身の役目を全うした。



 凛として可憐に――そして儚く――その生涯を終えたのだ。



 なんと淡く、輝かしい命だろう。

 彼女はその摂理に習い、散っていった。

 一個として生命を燃やし、消費者である鷲のひな鳥に美味しく召し上がられのだ。

 もうドンマイ、としか言いようがない。

 そんな誇り高き色変色絵の屍に嘲笑の花束を捧げつつ、私はここで筆を置こうと思う――




















「待たれよ―――――――――っ!」


 わたしは叫びます。


「筆置くの待って! 書いて! 奇跡的展開、ご都合主義で良いから捕食されるバッドエンドから大団円のハッピーエンドに――――――――――――っ!!」


 あまりの恐怖からか、パラレル的なバッドな未来を垣間見た気がしました。(錯乱)

 じたばたと暴れ、わたしを掴んだ足から出よう出ようとします。

 次の瞬間。

 お腹の底がぐっと持ち上げられるような、いやーな浮遊感がわたしを襲いました。


「……へっ?」


 ここで問題♪

 下記の空欄を埋めてください。

 空高くまで持ち上げられた身体。それを放されると、いったいどうなるでしょうか?



 解答欄

 【       】



 ええ正解です! よく出来ましたね!

 その通り、答えは自由落下です。(笑顔)



「い―――――――――や―――――――――っ!」



 わたしは重力に身を任せるまま、地面へと滑空を決め込むのでした。

 生存、強く望みます。



 登場キャラクター紹介。


・タカさん


 【大空の覇者】


■分類:猛禽類タカ目タカ科

■和名:鷹

■解説:しるか

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