Moon Light(5)
その教室のドアもまた『Keep Out』のテープで入り口が塞がれている、だが跨いで入ることは可能だ。
俺たちは無言で頷き、中に警戒しつつ入った。
そこで目に入った光景は異常な状況であった。
「何なんだこれは!!」
思わず声を上げる。
それもそのはずだ。四枚ある窓ガラスのうち、真ん中に枚が割られており、その破片が教室に散乱している。
壁や床に血痕がはっきりと見える。床には少し大きい血痕と垂れた血液が教室後ろに移動しており、さらに教室後ろの壁には血液が大量に付着して固まっている。
まるで地獄だ。殺人現場のような異様な空気、血、鉄の匂いが漂う。
「君たちは二年前の事件を知っているかな?」
そんな空き教室に一人割れた窓に腰をかけている男は『満月の光(Moon Light)』を浴びて、逆光のせいで、顔は暗くよく見えない。
「あなたは誰ですか?」
冷静に質問する。
「僕は九条、君たちを差し向けたのは風紀の連中のようだな」
「ああ」
やはり、風紀の目的はこの人を補導、あるいは倒すことなのか?
「それじゃあ、ここで一般生徒が銃撃された事件を知っているかな?」
一般生徒とは風紀、監査、軍事の三権力に関わりのない非戦闘員のことで、校則では一般生徒は三委員会からいかなる介入も受けないとされており、無関係な人を抗争に巻き込めないようになっている。
「二年前七月、風紀から軍事へ生徒会長が変わった時のことだよ。風紀の連中が新生徒会長の親しい一般生徒をここに呼び出して銃殺しようとした。生憎一発目の銃撃音に気づいた軍事委員によって殺人未遂で終ったんだがな」
突然のことだが、大体の状況は把握できた。
ここにこの人が来ることが分かっていた風紀委員会は、自分たちの手を汚さないために、俺たちを向かわせ『LEGEND』に推薦されるような戦闘力を持つユーを向かわせることにより確実に倒せると踏んだに違いない。
「なぜ俺たちにそんなことを?」
唯一そこが腑に落ちないだ。
「君たちへの警告だよ。風紀委員会の配下にいるようだけど、利用され、ひどい目に合う前に止めておいた方が身のためだということだ」
その時、ユーが構えた手を振りかざしたのだ!!
「こんな奴に耳を傾ける必要はないわ」
「『次元振動刃』!!」
高速で振動する刃が九条と名乗人に向かって飛ばされた。
「甘い!!」
高速で接近する刃を蹴り飛ばして相殺してきたのだ。
「嘘!?」
「急に仕掛けてくるとは失礼だね、久遠悠里!」
どうして名前を知っているのかは分からないが、それ以上にユーが仕掛けて理由もわからない。
「ユー落ち着け」
「落ちついてる。あいつは時間を稼出るだけ」
「君たちの実力を知っておくのも悪くない」
顎に手を当てながら言う。
たしかに今回のミッションは捕まえることにあることは事実だ。
「今度は本気」
ユーもさっきのように手加減をする気はないようだ。だが相手は無能力者だ。間違って負傷させると大変なことになる。このことはユーもよくわかっているはずだ。
「確かに威力は上がったようだが、それでは当たらない」
横にワンステップくらいに軽い感じであっさりとかわされてしまう。
「大振り過ぎて攻撃を予測させてしまうのは良くないね」
だが威力もスピードもさっきとは段違いだ。なのに、あんな風にかわされてしまう。この人はただ者ではない。
「だったら」
ユーは小刻みに『次元振動刃』を発生させた。広範囲に発生させたことにより、左右への避けることは無理だ。
さらに大振りで2連撃を加える。
「そう来たか」
2、3撃を華麗な回し蹴りで相殺し、ベルトのデザートイーグルを素早く出した。
ドォーーーン!!という轟音で50口径マグナム弾が発砲された。
銃弾は大振りに1刃に命中し次元振動刃を大きく外側に逸らし、その反動で銃弾は軌道を変えてドアをすり抜けて反対側の教室の窓を貫通していった。
「何て威力なんだ」
あの高威力の『次元振動刃』を逸らすとは、しかもあの短時間で行っただと!
撃った本人は態勢を崩しながら撃ったはずなのに、反動はおろか、もう、デザートイーグルをしまい、元の態勢に戻っていたのだ。
「まだやるのかい?」
「……」
ユーは2、3歩後退して、ジッと彼を睨みつけている。
額には薄らと汗が滲む。
「オッと、もうこんな時間。今日はここまでだね」
「逃げるの?」
「どう捉えてもいいが、一つ忠告して置こう。風紀委員会を何か企んでいる。いいように使われないように気を付けることだ」
そう言い残し、窓から飛び降りたのだ。ここもちろんは三階だ。俺は慌てて窓に近づき確認する。
ブィーーーン!!という排気音と共に、ワインレッドのカワサキ・ニンジャZX-12Rがグラウンドを走り抜けて行ったのだった。
「何だったんだ、これは!?」
最後の警告を伝えるために、ここに誘き出されたのか、それとも九条という男がここに誘き出されたのかは分からないが、この警告は気に留めて置いた方がいいだろう。
ユーは険しい表情を崩さぬままだ。それが九条の言っていることに納得など一つもしていないということを物語ってのことだろうか。
俺たちは与えられた任務を放棄して、この忌々しい教室と第三校舎を後にしたのだった。