Heaven Sylphide(3)
同じ制服の少女はどこかで見たことのある気がしていた。
既視感よりももっと具体的な感じである。
ヒントは狙撃であろう。
そう、教会だ。
また教会かと思うかもしれないが、その時シルを狙撃した奴に似ている。
遠すぎてシルエットがどうとかそういうことじゃないが、直感的にそうであると俺の思考は言っている。
狙撃手はこっち見ながら無言で立っているだけだったが、
カン、カン、カンという階段を下りる音が聞こえ始める。
誰かが地上から降りてきたのだ。
ここで増援という可能性が高い。
「『SAKURA』、高嶺君は片付いたかい?」
どこかで聞いたことのある男の声、下りて来た制服の下半身が見えて来る。
それもまた同じ月代の制服、狙撃手のことを『SAKURA』と呼んでいるが、これが本名であるかどうかまではわからない。
「はい、ミッションコンプリートです、ですが対象外が現れました。排除しますか?」
「いいや、ミッションはここまでだよ、後は俺に任せてくれ」
「了解しました」
狙撃手は階段を上り去ってしまった。
その男は階段を使わず柵から飛び降りた。
ベルトに付いているワイヤーを柵に引っかけて落下速度を緩めている。
それでもかなりの衝撃は受けるが余裕で着地した。
でもそれはこの前も見ている。
そう第三校舎の三階から飛び降りているところを、
「……九条朱一、なのか!?」
仕切り直しと言わんばかりにさっきの衝撃で曲がったネクタイを直した。
「その通り、俺の名前は九条朱一、軍事委員会委員長代理、『守護部(GUARDIANS)』の部長さ」
「……」
つまりこれは風紀委員会と軍事委員会との代理戦争だと言いたいのだ。手柄をどっちのものにするかということだ。
「君たちには悪いが、退いてもらえないかな?」
「横取りは許さないわ」
俺よりもユーが先に答える。
戦って勝てる可能性は低い。なるべく戦闘は避けたかった。ユーはかなり能力を使って体力も精神力も消耗しているはずだ。
「かなり強情のようだね、でもこれは高嶺君のためでもある、一度警告したはずだが」
そのことと今のこととに関連性を見いだせない。
「……」
「どうやら警告の意味を理解していなかったようだな、風紀委員会、いや、風紀省が何をたくらんでいることは明白だ。それに今回のミッションがこんなにも重要なはずなのに、それに当たっているのは風紀の中では君たちと他の傘下グループだけだ。風紀自体は動いていない。それが何を意味しているかわかるか?」
確かにそうだ。カジノの警備は俺たちだけだと聞いている。
他の場所には風紀委員が配備されているらしいが、それとどういう関係があるんだ?
「彼らは自分たちの犠牲なしで確保したかったようだ、でも手柄はほしい。それを両立する方法の一つ、風紀委員会の傘下でかつ高嶺君と同等、それ以上の戦闘力を持っているものたちを利用することだ。君たちは高嶺君を捕まえてどこに持って行くつもりだったのかな?」
「……そりゃ、風紀省の本部に」
そういうことになっているとしか言えないが、確かにその通りかもしれない。
「それと良い事を教えてやろう。そいつが風紀省に連行した後どうなるかを」
「取り調べをするとかじゃないのか?」
「そうだ、でも半分正解だ。もう半分は拷問さ。つまり尋問をするはずだ」
「本当なのか!?」
確かに警察の誘導尋問とか良く聞く話だが、実際に行われているかは不明瞭だった。
「事実さ、俺は実際に拷問を始める前に『超能力犯罪者(Outlaw:アウトロー)』を奪還したことがある。奪還とは言いえて妙だろうけど、更生の可能性がる場合に取られる措置の一環に『超能力者保護』が存在する」
『超能力者保護』はこの都市の基礎となっている理念で、自ら保護されるために来る能力者がほとんどだが、稀にこちらから保護しに行く場合がある。
条件としては、能力者だと発覚した場合に暗殺される可能性がある場合、能力者を利用した組織により洗脳されている場合、雇われた側として犯罪に加担している場合を主として保護対象としている。主にということだから例外は存在する。
シルは2つ目と3つ目に該当する。
このことを知ったのはシルを保護した後のことだが、つまり、俺はかなりのお人よしと言うことになる。
だから、
「おや? 邪魔ものが現れたようだな」
俺の言う前に九条先輩が俺たちの方ではなく高嶺が倒れているその先、奥の大円柱の吹き抜け空間から歩いてくる人影に言ったのだ。
カツ、カツ、カツ、カツ
足音の方を見れば、そこには生徒会長がいたのだ!!
「手柄は渡さない」
水銀灯の光に当てられ、明るく反射するダークレッドのセミロングをなびかせ、それよりも深いレッドの瞳が俺たちを見回した。
「か、会長!?」
そう月代学園生徒会会長、椎名緋煉がそこにはいた。
意外過ぎるとまで言わない。
すでにこの場には軍事委員会委員長代理がいるのだから、監査委員会委員長が現れても不思議ではない。
そこまで重要な案件ということになる。
そこに倒れている女子高生、高嶺とか言う能力者の争奪戦とでも言おうか?
俺たちはまさに巻き込まれようとしている。
さっきまでなら軍事委員会に渡してサッサと撤退しようと思っていたが、今は状況が状況なだけにこっちも引けない。
特にユーはいつものように戦う気満々のようで、俺は仕方なく残弾を確認する羽目になるのだ。
「あら、最近ぶり、まだ風紀にいたんだ」
「それで何のようなだ、椎名? 戦力はもう足りてる、別の部署に回ることだな」
「じゃあ、私が代わりにミッションを引き継いで上げるから、その子を大人しく渡しなさい」
「遠慮しておくよ!!」
九条先輩は上着の中からデザートイーグルを、生徒会長は両肩の『Colt M16A4』を両手で二丁構える。
俺もそれに吊られるようにUSPを構えていた。ユーもファイティングポーズを取っている。
これこそが三つ巴だ。
「良い度胸じゃない、そういうの素敵だと思うけど、容赦はしないわよ、それと九条、あんたそんなちっぽけなハンドガンだけで勝てると思っているの? もしかしてバカなんじゃないの?」
「それはないさ椎名、お前こそ、俺が誰なのか吐き違えてるんじゃないか?」
「確かに『無能の強襲者(Lack Assault )』は伊達じゃないけど、私も似たようなものよ」
「似て非なる者だ、俺は理事会所属、それが何を意味しているかわかってるだろ?」
そう理事会所属というだけで軍事とか監査とか風紀とかとはくらべものにならない差が存在し、それは内部抗争よりも重大なことなのだ。
理事会は三権力機関の上位に位置している組織だ。
そのため理事会の決定は絶対となり基本的には覆らない。
カチャッと俺たちにM16を向ける。
「どうせ、軍事に渡す予定だったんでしょ、変わりに受け取って置いてあげるから、そいつをよこしなさない」
「あいかわら気が短いな椎名は、俺が動いている時点でお前ならとっくにわかっているものだと思っていたが?」
「理事会の決定、いいえ、少佐の決定かしら? でもそんなの私には関係ありま―――」
生徒会長が開戦しようとM16のセーフティーを外した時だった。
俺の携帯と九条先輩の携帯と会長の携帯が同時に鳴り響き、会長の声を遮ったのだ。
異様なタイミングの良さだが、電話に出る。
ディスプレイには『姫神美空』、かけてきたのは部長だった。
『京四郎今どこにいるの、悠ちゃんは一緒?』
「ああそうだ」
何かかなり慌てている様子だ。
電話している俺に駆け寄って耳を携帯の裏側にくっ付けた。
『そう、それは良かったわ、あんたたちに今地下にいるでしょ?』
「よくわかりましたね」
『だったらササッと地上に引き上げなさい、今すぐよ!!』
「何かあったんですか?」
『『Z1199』エリア、地下貯水漕、そこへ注水するための水門が開けられるわ、だから早く逃げて!!』
「わ、わかりました」
本当は状況が把握できず、意味わかりませんだが、逃げた方が良さそうだ。
『電話は切らないようにして』
「わかりました」
俺は一端会話を終えて前を見ると、九条先輩も生徒会長も武器を収めた。
「どこの誰かは知らないが、妨害工作に出た奴がいたらしいな」
「そのようね、一次停戦よ」
「わかってるさ、そこの階段から上に上がる……、それは無理そうだな」
俺はその意味をすぐに知ることになる。
階段の根元に点滅す赤いLEDランプ、それに配線、長方形の塊が何個も連なっている一塊、あれは次元爆弾だ。
四人同時に後ろを振り返るが元来た扉が自動でしまっていく。
扉は金属の分厚い塊、ユーが本気を出せば何とかなるかもしれないが、水が入って来ることを考えると、外まで辿り着く前に飲み込まれる。
「椎名、お前はどこから来た?」
「私? 私は一つ向こうの階段からよ」
どうやら円柱の空間の向こうに同じ柱が並んだ貯水漕があるというわけか。
だがこっちの階段に細工がしてあることから考えると、あっちも同じ可能性が高い。
それと今いる場所が貯水槽の最終到達場所であるので、向こうに行けば行くほど水流に向かうことになるので、無意味だ。
「こりゃ参ったな、水が満タンになった所であそこから出るかな?」
いやそんな簡単には行かないはずだ、ここまで細工しているなら流量を調整することでギリギリ天井に届かなくもできる。
そうなれば後は溺れるのみだ。
「じゃあ柱へし折るわよ」
生徒会長の作戦はこうだ。
まず階段上部の出口までの階段が使えないなら、その辺に山ほどある柱を折ってスロープ代わりにするというものだった。
「ならこの階段はもういらないわね」
M16の5.56㎜NATO弾が時限爆弾を破壊し、自爆を待たずして階段は轟音を立てて吹き飛んだ。
「九条!!」
「わかってる!!、各務原くんも援護してくれ」
「はい」
俺と九条先輩はUSPとDEで天井と柱は繋がっている部分を破壊する。
それとは別の場所から、
ゴゴゴゴゴォォォー―――――――――!!!!!
という重低音と共に向こうから水深1㎜程度だが床全体が水で覆われる。
ユーは『次元振動刃』で柱の根元を攻撃し、きこりが木を倒すように柱に亀裂が入り倒れる。
柱の天辺は壁に衝突し擦れて地面と45度程度の傾斜をなしている。
それでも上るのはかなりキツイ。
それに柱は今にも折れそうなほどいたるところにヒビが入っている。
4人ともほぼ同時くらいに靴の裏側のスパイクを立てる。
「行くわよ!!」
会長が一番で上り、それに続くように高嶺を抱えた九条先輩にユーが続き、俺が柱に上った時、水位が1m以上急上昇する。
急いで登ろうとするが、足場の摩擦が少ないせいで早く登ることができない。
それでも水位でだけは上昇し、3、4mと上昇し続ける。
まだ追いつかれてはいないが、このペースだと水に飲みこまれるのが先だ。
最後尾が半分に達したところで生徒会長が扉に手をかけ、外に離脱する。
ユーと3m以上離されている。
九条先輩もユーのも上り切り、俺の後5mとうところで水位に追いつかれてしまったのだ。
靴が水に浸かり、焦ったのがまずかったのだろう。
右足で一歩前に進んだとき、スパイクが完全に固定する前に前進してしまったのだ。
右足がスリップし、態勢を大きく崩す。
ユーが俺に飛び込もうとするが生徒会長が腕を掴んで止めるのが見える。
衝撃的な瞬間というのはスローモーションで訪れるというが、どうやら事実だったようだ。時間の流れはを遅くなり、思考速度だけが早くなっていく。
右足を支点にするように右側に体が落ちて行く。
そのままどうするもなく、ただ重量に惹かれ落下した。
水面への衝突の衝撃が少なかったが、水流が終点である壁にぶつかった水と混合するように渦を巻いており、抵抗する間もなく体が沈んでいく。
これはマジで死んだな。
視界がぼやけ、息が出来なくなる。
俺は水に飲みこまれる前に銀髪の少女の姿を見た気がした。




