部活
「こんにちは~」
放課後は部活の時間。ワタシたちは蒲生さんを先頭に、部室である美術室へとやってきた。
「あれ? 今日は古賀センパイだけですか?」
「ええ、そうらしいわね」
美術室の中には、二年生の古賀先輩が、ひとりイーゼルの前に座っていた。
「ところで、センパイは何しとーとですか?」
荷物を置いたワタシたちは、古賀先輩の画板を覗き込んだ。その画用紙には、様々な種類の赤色が、何等分かに区切られた長方形の枠ごとに、きれいに塗り込まれていた。
「知らない? これ、小さい子向けの絵画教室なんかで行われている、色彩感覚を養うための練習なのよ。普通の子はリンゴを描かせると、一色の赤を塗りたくるだけなんだけど、この練習をした子供たちは、何種類かの赤を使って、それはもうリアルにリンゴを描きあげるそうよ。現実に存在する物体は、光の加減とか微妙に色に変化があるものだから当然よね。これは表現する力だけじゃなく、見る力も養うものなのね」
「へ~、そげですかぁ」
古賀先輩のその話に、ワタシはとても興味をそそられた。
「ん? ソラもやってみると?」
うん、うん。
「なら、私も」
犬飼さんが、ワタシの隣にイーゼルを設置した。
「じゃあ、あたしも。センパイ、一緒にやってもよかですか?」
「ええ、かまわないわ」
「萩原さんは、青色?」
犬飼さんが、ワタシの手元を覗き込む。
うん、うん。
「蒲生さんは?」
「あたしはさつきの天敵、黄色ばい!」
「リ、リッチね……」
犬飼さんの表情がわずかに曇る。
「そう言うさつきは何色にすると?」
「私? 私は……」
犬飼さんが真剣な眼差しで、絵の具のチューブを物色する、やがて。
「グレー……」
「グレー!? それって色って言えるんかいな! ちかっぱ使うわけでもなかけん、そげんケチることなかろーもん!」
「そ、そうよね……。なら、緑色にしようかしら」
それからワタシたちは、それぞれの色塗り作業に没頭した。
水色、空色、群青色。似ているけれど違う色。ワタシたちもまた同じ。みんな似ているようで、それぞれどこか違ってる。
もし、そういうことを気に留めないで、みんなを同じ存在と決め付けて塗りつぶしてしまったのならば、おそらくそこに、現実味のある『生』の在り様を描写することはできないだろう。
ワタシたちの作業が終了に近づいた頃、古賀先輩がボソッとつぶやいた。
「でもね、そういう違いを見分ける能力って幼少期にしか身につかないのかもしれないわね。絶対音感みたいにね。ふぅ……」
「センパイ! そげん重要なことはもっと早く気づいてください!」
古賀先輩はああ言っているけれど、きっと今日のことは、ムダにならないと思うのだ、たぶん……。