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窓越しの 恋  作者: 星鼠
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弦太と兄・太市

どうぞご自由に とでもいう返事が返ってくると思っていた。

気軽に切り出した弦太だが、母親の反応は鈍かった。

「都合悪い? 何か ある?」

「お兄ちゃんが」

「にいさんが?」

「太市が戻ってくるの 連休で」

「帰ってくる!」

「一時的に だけどね。研修が終わって辞令が 勤務先の… 

学生時代の下宿生活とは違うから いろいろ荷物の整理とか

まあ あるみたい いろいろ」

荷物の整理ということは、初任地は地元ではなかったのだ。

就職した兄は自宅には戻らない。

大学在学中も滅多に帰省しなかった兄だ。

少なくとも仕事や現地に慣れるまでは帰ってこないだろう。

この連休を逃したら次に家族全員が揃うのは、いつか分からない。

「連休中はずっと家にいるのかな 兄さんは」

母親の琴子は首を傾げた。

玄太に家族団欒を優先しろと強要しないかわりに、

帰省中の太市の行動も管理しようとはしない。

弦太は「分かった」と言った。

「え?」

「旅行の話は断るよ。親に訊いてみると言っておいたから。

兄貴が帰ってくると言えば 竜輝たちも分かってくれるでしょ。

俺だってにいさんと過ごしたいし。了解です」

「でも」

琴子が言いかけるのを弦太はやんわり遮る。「どっちが優先か明白だ」

そう言いながら母親の前を離れ、キッチンを出た。

二階に上がり自室に入る。

落胆ばかりでもなかった。どこかで少し、安堵していた。

竜輝と旅行に行けるのは確かに楽しみだった。

目的地や、観光の現段階の計画のことなども聞いていた。

宿泊先の名物料理や、評判の露天風呂の写真も見た。

大河を交えて三人で話していた時は期待で胸が膨らんだが、

興奮が冷めてみれば、不安が湧いてくる。

修学旅行などで親から離れて外に泊まることには経験済みで、

竜輝が言うように、親との旅行より友だちがいた方が楽しい。

兄弟のような竜輝相手なら尚更なのだけれど、

吹っ切れないでいる自分に気づいた。なぜなのか分からない。

自分はまだ子どもなのかしら? 兄さんに会えることの方が嬉しい。

いつぶりだろう? 大学に入って最初の夏こそ帰省したが、

その後は、短期留学だのゼミ旅行だの就活だの卒論だの、

帰省しない理由は事欠かなかった。

成人式で一度戻ったが、それも一泊だ。

卒業式には両親が出向いたので、弦太は会っていない。

ゆっくり話したのは4年も前のことか。

いや兄と「ゆっくり話す」ことなどあっただろうか?

あの頃より自分も少しは兄に近づいているかな。もっと話ができるかな。


太市は子ども時代から大人びていた。

6歳下に生まれた玄太にとって、ほかの大人たちと変わらない存在だった。

弦太が就学する前に、兄は名門校の合格を決めている。

ランドセルにはしゃぐ目に、ブレザーの制服姿の兄は別世界の存在だ。

太市は弟に邪険だったわけではないが、近寄りがたく、

弦太の方が遠慮する形で距離をとっていた。

気まぐれに話しかけられると、それだけで舞い上がる。

それでも、その頃はまだ、兄は家族の一員だった。

朝食は大抵いつも一緒だったし、休日の食卓は4人で囲んでいた。

顔を合わせれば、それなりに会話もあったから、

他愛ないことであっても近況を伝えたり聞いたり、

それなりの関係は保てていた。

だが、それがいつの頃からか段々に疎遠に間遠になっていった。

きっかけはこれといって思い当たらない。

親との間もそうだったらしい。

「思春期」とか、ありきたりの言葉が行き交った。

そんなものなのだろうと割り切るのは簡単だったが、

寂しさが紛れるものでもない。

家庭の中にあって、家族でない。

自分だけの兄であって、自分のものでない。

隣の部屋に気配を感じても、声をかけることも憚れる。

しかしその一方で、

「にいさんだから」「にいさんらしい」という思いもあった。

弦太にとって兄とはそういう、存在だった。

少し離れた方が、むしろ心地よい。直視するには眩し過ぎる。

そんな人が傍に居ると思う方が不思議だ。

高等部に上がった兄は、

エンブレムとタイが変わって一層に大人びた制服がよく似合い、

ますます遠い人になった。

弦太もまた弦太なりに上級生の仲間入りをして部活動に参加し、

自分の世界を広げて、そこで居心地よく過ごしていた。

兄は直接の関りはなくとも、ないからこそ生活の彩りであり、

弦太は気づかなかったが、現実との緩衝材でもあった。

できの良すぎる長子をもった両親は、末子の凡庸さを愛でた。

弦太はその中で、子どもの蜜を舐めていればよかった。

夢は兄の将来に託し、己れの平凡さに甘んじていられた。

弦太にとって兄は理想であり偶像であり、

両親への捧げものであり、彼を俗世から守る防壁であった。

無論、玄太の兄への思慕に打算はなく、

純粋な子どもの憧憬と愛着に過ぎなかった。

6歳の年の差は、永遠に埋められることはないように思えた。





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