イルセナ塔
ルウは怒りのままに車いすを走らせた。
政治犯が収容される川沿いの塔。階段の上に結界のレールを作り、重力に逆らって進む。
踊り場に目当ての人物を見つけた。
「ハルター・グライツ! 権力の犬!!」
流れる金髪、上位生のローブ。ハルター家ご自慢の聖剣。
貴族らしいたたずまいの青年が振り返る。
「結構な挨拶ですね。ルグラン嬢」
「推しを解放しろ!」
「推し……? ああ、あの男か。ちょうどいい、ついてこい」
ハルターは歩き出す。ルウはあっけにとられながらも、隣に並んだ。何かあれば不可侵結界に閉じ込めようそうしよう。
4階で階段と別れる。廊下にはずらりと牢が並ぶ。
天井には魔力探知器。ここでハルターを暗殺するのは無理か。
歩いていくと、人の気配。
車いすがとまる。
「どうした?」
「っすー………ふーーーー。いるんだよね、この先に」
「ああ。さっさと来い」
「待って、心の準備させて」
「普段から寮で見かけるだろう」
「一方的に眺めるのは違うじゃん! 認知されるのはおこがましいっていうか、対面したことはないし! 私が推しの前で冷静を保てるわけないじゃん! ムリムリ!!」
「そうか。なら帰れ」
「非情! 冷酷! 悪魔!」
ハルターは無言で歩を進める。
「あーもう!」
ルウは思い切って車輪を回した。
突き当りの牢。
紙吹雪の中、ひとりの少年がペンを走らせていた。
ルウは「あばばばば」と奇怪な声をあげる。
ペンの動きが止まった。
「居心地がよさそうだな、アルフレッド・ドゥーラン」
「ああ。静かで集中できる」
アルフレッドは二人に顔を向ける。
部屋にまき散らされていた紙の一枚が、ルウの足元に飛んできた。
両手で拝み、神に感謝をささげたのち、拾う。
「なんだ、その胡乱な女は」
「ルウ・ルグラン。上位生だ」
「それは知ってる」
「君のファンだそうだ」
顔をしかめ、ルウを見る。ここで書いた資料を読んでいた。最初は「あわあわ」言っていたが、今は集中している。
「…………爆弾?」
「わかるのか」
「うひゃい!! あ、ひゃ、わ、はははい!」
アルフレッドは続きを促す。
「え、えーっと、ですね………前提として、質量保存の法則がまちがっていて、物質の特性、たぶん電荷ですかね? を反転させると質量がエネルギーに変換されるので、変換速度次第では爆発する、って感じですかね?」
ハルターは首をかしげる。
「魔力で物質に作用させてエネルギーを取り出しても、もとに戻ってるだけじゃないのか?」
ルウは「っはー、これだからバカは」とでも言いたげに首を振る。
「よーするに、物質自体が持ってるエネルギーを発散させるんです。魔力はきっかけにすぎません。引き金を引く力は小さくても、生じるエネルギーは大きい」
「それでも熱と光を発するだけだろう。温度を操れば簡単に防げると思うが」
「あーあー、これだから筋肉だるまは。熱によって空気は膨張します。空気には粘性があるから、反応の中心で膨張しても回りの空気で抑え込まれる。拮抗が崩れると爆発。……ですよね、アルフレッドさま!」
「そうだ」
「結界魔術は物理学必修ですからね。意外とこういうの強いんですよ、わたし。あ、もちろんアルフレッドさまに比べれば虱みたいな頭ですけど」
「で、なんの用だ? お勉強しに来たわけじゃないだろう」
冷や水を浴びせられ、ハルターは厳粛な態度をとる。
「アルフレッド・ドゥーラン。君はショルツ邸でのテロには関わっていない、そうだな?」
「ああ。法廷で証言したことがすべてだ」
「そうですよそうですよ! アルフレッドさまはいずれこの国の頂点に立つお方。自分が座る予定の玉座を汚すわけないじゃないですか。疑われることすら意味不明!!」
「テロ勃発直前、ホールから抜け出している。国王陛下と違い、予知の悪魔を連れていなかった彼がテロ直前に逃げることができたのは不可解だ」
「観察力だ」
「そうです。アルフレッドさまの眼力は予知の域に達しておられるのです。もはや神。お仕えしたい。それに、テロの仲間だったら、もっと早く離脱するでしょう。あやうく巻き込まれるところでした。それに、ホムンクルスの従者まで連れている。疑ってくれと言わんばかりです。神のごとき叡智の持ち主であらせられるアルフレッドさまがその気になれば、完全犯罪を遂行なさるはずです」
「実に整然とした理論だが、君は子爵家。アルフレッドは家から追放されている。裁判官は高位の貴族だ」
「……じゃあ、あなたが証言してくださいよ。内務大臣ご子息さま」
「ああ。アルフレッド・ドゥーラン、出ろ」
牢の鍵を開ける。
だが、アルフレッドは座ったまま。
「……俺に何をさせたい?」
「リサ・トウドウがテロリストとともに逃亡中だ。捕獲に協力して欲しい」
「俺の従者は、もちろん疑われているんだろうな?」
「当然だ。今は国内のホムンクルスすべて、肩身の狭い思いをしている。あの場にいたホムンクルスとなれば、推定無罪の法則など適応されまいよ。内務大臣子息の地位でも難しい。まあ、主人が武勲をあげてくれれば、発言力も強まるのだがね」
舌打ちひとつ、ペンを放り捨てる。
アルフレッドが出た瞬間、牢内の紙がすべて燃えた。煤一つ残らず、壁には汚れひとつない。
「さすがに懸命だな。神のごとき叡智を持つアルフレッドさま?」
「おしゃべりはいい。リサ・トウドウは?」
「治安出動は内務大臣の命令が必要だ。それまでは待機していてくれたまえ。部屋はこちらで用意する。従者に面会していくか?」
「鉄格子越しにティータイムか? ずいぶんと風流な趣味じゃないか」
「権力の犬なのでね。ルウ・ルグラン、君も協力してくれるだろう? アルフレッドの隣の部屋をとっておいた」
「なっっっっって、恐れ多い! 心臓がまろびでるわ! ああもうほんと、ありがとう、世界! イルセナに生まれてよかった! 権力バンザイ!!」
「…………これの隣か」
アルフレッドは生まれてはじめて、武者震いした。




