表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちよ  作者: 八神あき
三章 魔神の復活
68/68

lost

 あの日から、うまく力が入らない。

 力が溶けて消えていく。このままじゃダメだ。強くならないと、また失ってしまう。

 なのにどうしてこんなにも、幸せなんだろう。


「梨沙、どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」


 公園のベンチ、両手にクレープを持った彩が隣に座る。

 一つ受け取ってかじると、クリームの甘さが口に広がった。

「梨沙も女の子っぽくなってきたね。かわいい」

「あたし、男だったの?」

「うーん、戦闘民族?」

「地球人ですらなかったんだ……」


 他愛もないおしゃべり。

 無邪気で、無生産で、非現実的な、幸せな時間。


 彩の肩にもたれる。

 言葉もなく、頭をなでられる。

 きっとこれが普通で、今までの人生が異常だったのだろう。

 だから、これでいいはずだ。


――――――――――


 彩からのメール。”10時にあの場所で”

 それだけでわかった。


 ペダルをこぐたび、錆びたチェーンがきしむ。

 最後に手入れしたのはいつだろう。帰ったら油を塗らないと。

「そういや、彩って自転車持ってたっけ?」

 歩くには遠い。運動経験のない彩はなおさら。

 いぶかしながらも、脚を回す。


 工場についた。重くきしむドアを開ける。

「やあ、待ってたよ」

「金井、だっけ?」

「覚えててくれたんだ。うれしい―」


 中にはぎっしりと敵がいた。50人はくだらない。鉄の棒や、ナイフも垣間見える。

 真ん中には制服姿の金井。彩はその隣で跪き、血を流していた。

「ごめん、梨沙……ごめんなさい」

 周囲からせせら笑いが沸き起こる。梨沙の舌打ちが打ち消した。


「あたし言ったよね? 彩に手出したら」

「あんたに喧嘩売るのと同じでしょ? だから、売ってんの」


 イラついていた。傷ついている彩を見たときから、ここにいるやつらを全員殺してやりたかった。

 拳に力が入る。

 一歩を踏み出した。

 それが合図だった。


 敵たちが、飛び掛かって来た。

 最初に来た男を前蹴りで吹き飛ばす。後ろにいた生徒たちを巻き込んで倒れ、刹那、空白ができる。

 よろめいた男子生徒の髪をつかみ、親指で目をつぶした。

「ぎゃあああああああ!!!!!」

 男は血だらけになった顔を押さえる。それを見た周囲が硬直。その隙に金的を蹴り上げて破裂させ、中一本拳で喉をつぶす。


 道場では決して許されない、急所への攻撃。

 敵は50人。なりふり構う余裕はない。

 一度でも掴まれたら終わる。常に間合いを図って立ち回り、すべての攻撃で確実に仕留める。


「な、なんだよ、お前……なんなんだよ!!」

 金井の顔が恐怖に染まる。

 彩が祈るように手を合わせる。


 勝たなきゃいけない。

 助けなきゃいけない。

 また、失ってしまう。


 息が上がる。攻撃のキレは鈍くなり、一撃では仕留められなくなる。

「はっ!」

 腹に力を籠め、笑う。大した敵ではないと思い込む。


 腕が伸びてきた。払い、踏み込み、肘打ち。

 みぞおちに入った。次へ行こうとして、引っ張られた。

 男は目を血走らせながら、梨沙の腕を掴んでいた。


 中一本拳を人中に入れる。

 けれど遅かった。


 振り払うより先に、後ろから組み付かれた。

 一気に力を抜いて重心を安定させ、投げる。

 今度は左右から掴まれた。


 そして、後頭部に衝撃。

 ぐらりと平衡を失う。


 なんとか踏みとどまる。金属の棒で足を殴られ、地面に投げ出された。。

 無数の足に蹴られ、踏まれ、棒で殴られる。


「はは、やった! やったぞ! そうだ、やれ! 殺せ!」

 金井の狂喜。

 彩は声もなく、泣いていた。


 助けなきゃ。

 だって、私は助けてもらった。命をかけて。

 だから、私も。


 足を掴んだ。引きずり倒し、馬乗りになる。顔面に鉄槌打ち叩きつける。

 背中を蹴られた。肩を殴られた。それでも、梨沙は組み敷いた男を殴り続けた。

 男の顔中から血が噴き出す。何か言っているが、聞こえない。歯の欠片が飛び散る。


「離れろってんだよお!!」

 フルスイングのバットが後頭部に入った。


 体の制御を失う。意識が明滅する。

「梨沙……梨沙、いやあああ!! やめて、やめてよおおお!!!」

 梨沙は手を伸ばした。

 またもバットが振り下ろされた。


 痛みを感じなくなった。

 耳が聞こえなくなった。

 目も、見えない。

 それでも手を伸ばす。助けないと。


 気づけば暗闇の中にいた。

 五感は消え去り、記憶は曖昧で、何が起こっていたのがもわからない。

 ただ、自責の念だけがあった。

 助けられなかった。

 私は助けてもらったのに、私はだれひとりとして救えなかった。


 ごめんなさい、お姉ちゃん――


――――――――――


 焚火のはぜる音。

「起きた?」

 女の声。


「……んん、彩?」

「うわー、まだ別の女がいるのか」


 部屋でもホテルでもない。星空。

 森の中だった。体を起こすと、ノンが焚火をいじっていた。丸焼きになった野兎が香ばしく、空腹を誘われる。


「リサは三番目の女のために国家反逆罪を犯しんだ。やるねえ」

「浮気性みたいに言わないでよ」

「ま、助かったからいいんだけどね。三番目でも四番目でも。なんの夢見てたの? もしかして、もとの世界?」


 愛くるしい顔に似合わず、目ざとい。

「まあね」

「ここと違って進歩的で平和なところだったんだって?」

「充実した人生だったよ」


 愛想笑いを浮かべ、焼きあがった肉に手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ