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やり直しの獣は愛しい花に触れられない  作者: トウリン
王子と希望の花

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11/22

渇望と選択

 リリアーヌが王都に戻ってくる。


 その知らせがもたらされたのは、リリアーヌが十四歳の誕生日を迎えた三日後のことだった。アルベルクは少し前に十八歳となっていたが、彼を取り巻く状況は、何も変わっていなかった。


「アルベルク様……」

 アルベルクが最も聞きたくて、最も聞きたくなかった報せを運んできたのは、ロジェだ。朝早くに王宮に呼ばれた彼は、戻ってきても口が重かった。ようやく話したかと思えば、渋るのも当然なことだったのだ。

 アルベルクは奥歯を食いしばる。

 リリアーヌは王太子のものだ。

 そして今の彼は、到底王にはなれない。王太子に、選ばれるはずがない。


 つまり――


「一人にしてくれ」

 喉の奥から絞り出すように告げたアルベルクに、ロジェが手を伸ばしかける。だが、結局彼に触れることなく身体の脇にだらりと下げた。

「アルベルク様――……失礼いたします」

 ロジェにも、どういうことか判っているのだろう。リリアーヌの婚約者をアルベルクからフェリクスに挿げ替えるという話まではされなかったのだろうが、今のアルベルクの状態を考えれば言葉にされなくても容易に推測できる。

 しばらくロジェは気づかわしげな眼差しでアルベルクをうかがっていたが、何も言葉が見つからなかったのか、黙したまま一礼して部屋を出ていった。


 独り部屋に残されたアルベルクは、重く息を吐きながら両手に顔を埋める。

 ついに、リリアーヌを失うときが来たのか。

(僕は、王には――王太子には、なれない)

 五年経ってもこの身体はさっぱり改善しなかったのだから、これから何年経とうがアルベルクが民の為に尽力できるようにはなることはないのだろう。

 つまり、アルベルクは、リリアーヌを手放さなければならないということだ。


「なんで、僕は」

 ――こんなぜい弱な身体なのか。


 アルベルクは、ずっと、リリアーヌとの再会を望んでいた。

 送られてくる手紙を読むたび、『今』の彼女を想像した。

 焦げ茶の髪に菫色の瞳。屈託なく笑う声。

 どれも、幼い頃のものしか覚えていない。


(ずっと、もう一度君に会いたかった)


 けれど、それが、リリアーヌがフェリクスのものになる舞台でのことになるとは。


(いや、本当は判っていたじゃないか)

 寝台の上で一年を過ごし、二年を過ごすうち、かつてのような日々を過ごすというのは叶わない夢なのだと――アルベルクはとうに判っていたのだ。


 未来の玉座よりも、リリアーヌを失うことの方が、つらい。


「君は、僕のものなのに。僕のもの、だったのに」

 手放したくない。

 けれど、どれだけアルベルクが望もうとも、どうにもできない。


(リリアーヌに会いたい。彼女の傍で、彼女と共に生きていきたい)


 アルベルクは、手のひらに爪が食い込むほど、両手をきつく握り締める。


「リリアーヌ……」

 血を吐くように、彼女の名前を呼んだ。


 と、その時。


「こりゃまた強い想いだね」

 突然響いたしゃがれた声に、アルベルクはハッと顔を上げる。

「誰だ!?」

 誰も居なかったはずの部屋の隅から、黒い長衣をまとった人影が姿を現した。

 老婆だ。

 アルベルクを害せそうな物は何も手にしていないが、非力な彼など素手でも殺めることは可能だろう。

 枕元にある呼び鈴に手を伸ばしかけたアルベルクを、老婆が制止する。


「まあ、ちょいとお待ちよ。あんた、何をしてでもまた動けるようになりたいかい?」

 アルベルクはピクリと肩をはねさせ老婆を振り返った。

「何?」

「あんたがピンシャンで生きていけるようにしてやれるって言ってるんだよ」

「そんな、戯言……」

 アルベルクは吐き捨てるように言った。

「この十八年間、このひ弱な身体をどうにかしようと、とつくにの医療にまで手を伸ばしてきてもどうにもならなかったんだ」

 ふらりと現れた怪しい老婆の言うことになど、飛びつける筈がない。

「あたしがやんのは医術じゃないよ。あたしは魔女なんだ」

「はぁ?」

 魔女などというものは、おとぎ話の中の存在だ。

 疑いの眼差しを向けるアルベルクに、老婆は肩を竦める。


「信じられないって? でも、あんたの親父さんとお袋さんは信じたよ」

「父上と、母上が……?」

「ああ。まさに藁にも縋るってやつだね」

「二人からは何も聞いていない」

「ぬか喜びさせたくなかったんじゃないのかい?」


 怪しい。


 怪しいことこの上ない。


 が。


「本当に、あなたは僕の身体を治せるのか?」

「まあね」

 アルベルクは目をすがめて老婆を――魔女を見つめる。

 真偽は判らない。

 しかし、どうせ今でも全てが終わっているのだ。これ以上、悪くなりようがないではないか。

 アルベルクは、まともな身体が欲しかった。リリアーヌの隣に立てる身体が。

(その為なら、何だってする)

 それが叶わないなら――フェリクスと笑い合うリリアーヌを見せられるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。


 奥歯を食いしばったアルベルクに、魔女が愉快そうに笑う。

「想いの強さはどっこいどっこいでも、向いてる先は真逆か。こりゃ、ばっちり合うか、反発して共倒れになるか、どっちかだね」

「どういう意味だ?」

「こっちの話だよ。気にしなさんな」

 魔女は言い、懐から白銀色の珠を取り出した。

 鼓動のように明滅するそれに、アルベルクの眼が吸い寄せられる。


「気を楽にしな」


 魔女の言葉と共に、珠がひときわ眩い輝きを放った。


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