09. 親切心に付け込んで
紆余曲折の末に冒険者となった俺は、ラウラと共に次なる町【マショディック】を目指して意気揚々と歩いていた。意気揚々と……?
「もう疲れたよ~。ラウラ、ちょっと休もう」
「キリル、そう言ってさっき休んだばかりじゃない」
「仕方ない。俺は疲れた!」
地面に座り込もうとする俺を見て、ラウラは呆れたようにため息をこぼす。
「もう少し進めば村があるわ。どうせ休むならこんな何もない場所じゃなくて、その村まで行きましょう」
「ここでいいよ~。面倒くさい」
そう言いつつも、俺は重い腰を上げる。根は真面目なんでね。
「ホラ、さっさと歩く!」
「へいへい」
冒険者登録に手間取ったせいで、【エルシェー】を出たのは昼過ぎだった。そうは言っても、俺のスピードがあまりにも遅いために、その村に着く頃には陽が傾き始めていた。
「あー、やっと着いたー」
「全くよ。キリルがシャキシャキ歩いてたら、もっと先まで行けたのに」
俺が腰を痛めた中年男性のような声を出すと、ラウラが呆れて言った。
「とりあえず宿を探しましょう。できるだけ安いところがいいわね」
「うん。じゃあそういうことだから、ラウラお願い。俺はもう疲れた」
「何を言ってるのよ。一緒にいないと、はぐれるかもしれないでしょ」
俺が心底嫌そうな顔をするのもお構いなしで、ラウラは進み始めた。
――が
「…………な、ないわね」
「ねえ、まだ~?」
「うるさいわよ。文句があるならキリルがちゃんと探せばいいじゃないっ」
かれこれ村を一周してみたが、どこもかしこも民家ばかり。宿らしき建屋は見当たらない。
「ま、まぁ最悪、野宿すればいいわよ」
「えー、ヤだよ」
「アンタね、いい加減にしなさいよ。そろそろ本当に怒るわよ」
久々に長時間歩いたことで、俺は心身ともに疲労困憊だった。そのために負のオーラを漂わせ続けていたのだが、そんな俺の態度にラウラの堪忍袋の緒は今にも切れそうに。
だが、俺はラウラの怒気など気にする素振りを見せない。
何てったって俺は、ここ数年の間、無駄にプライドが高い父親の罵声に耐えてヒキニート生活を続けていたのだ。
そんな俺にとって、歳の近い女の子の怒りなど所詮、蚊に刺されるようなものにすぎない。
「だいたいキリルは男の子なのにウンウンクドクド……」
幼い弟妹を持つ姉が説教モードに入った時、俺は彼女の横をスッと通り抜けて先に進んだ。
「ってちょっと、キリル! 私まだ話してるの!」
「…………」
「ねぇ! って……あ」
ラウラは俺が目指すものに気付いたのか、差し伸べた手を止める。
「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。ありがとうね、坊や」
俺は、通りの向こうからたくさんの荷物を抱えて歩いている老婆を支えていた。
体の倍くらいあるんじゃないかと思うほど大量の荷物だ。ダン○ちのリ○ルカだって、もうちょいコンパクトにまとめてるよ。
「よければ家まで運ぶの手伝いますよ」
「悪いねぇ。助かるわ」
「いえいえ。俺なんか若さだけが取り柄なんで」
「アンタ、絶対お婆さんより体力ないでしょ。荷物さえなければ負けてるわよ」
とか言いつつも、ラウラも俺たちのところへ駆けつける。俺の意外な一面を見ることができて感動したんじゃない?
「あの、私もお手伝――」
「あ、これ重い。おお、いいところに来た。ラウラ、任せた!」
「え!? ちょっと、うわっ!」
残念ながら、俺は自分で思ってるよりもはるかに非力だった。たまらず、駆けつけてきたラウラに、両手いっぱいの荷物を押し付けた。
そして俺は、ラウラが片手で持てる量を両手で抱えている。
「……私の感動を返せ」
♦
「本当に助かったわ。ありがとうねぇ」
「いえいえ、大したことしてませんよ」
(お前が言うなー!!)
山ほどの荷物を老婆の家まで運び込み、ラウラはゼエゼエと肩で息をしている。鍛錬が足りないんじゃないの?
運んだ荷物は、ほとんどが食材だった。
「やっぱり特売だと、ついつい買いこんじゃうのよ」
「そして余計なものまで買っちゃうんですよね」
「そうなのよ、オホホホ」
「…………」
ラウラが微妙な目で俺を見てくる。
まあ、俺は普段買い物なんてしてなさそうだもんね。実際、この世界に生まれてからは自分で買い物なんてしたことない。あたらずといえども遠からずってところだよ。
「あなたたちは旅人さんかしら?」
「はい、そうです。俺はキリルと言いまして、こちらはラウラです」
俺が老婆・ティサに名乗り、ラウラも挨拶する。
いくらコミュ障でも、相手が年寄りだとさほど緊張しない。
「今日はもう遅いから、ウチに泊まっていくといいわ」
「私たちにとってもそれはありがたいのですが、さすがに――」
「ありがとうございます。お世話になります!」
ラウラは遠慮しようとしたが、俺はそれを遮る。
懐具合が厳しいだけに、もらえる物はもらっておく。吝嗇だって? 倹約家と言ってくれたまえ。
「そうそう、それがいいわ。この村には宿がないからね」
「え、そうなんですか!?」
「そうよ。なんせこの村に泊まろうとする人は、ほとんどがここに住む人の親戚とかだもの。宿なんかあったって、誰も泊りやしないわ」
結果的に俺の判断が正しかったことになり、ラウラはちょっと悔しそう。
「そろそろ夕飯の支度をしないと。献立は何がいいかしら?」
「あ、私が作ります」
ラウラが立ち上がろうとしたティサさんを制する。
すでに辺りは夕闇に包まれ、俺の腹の音は今にも鳴りそうだ。
「そんな、悪いわ」
「いえいえ、泊めていただくお礼です」
「……そう。それならお願いしようかしら」
「任せてください!」
ティサさんは申し訳なさそうにしていたが、結局ラウラが担当することに決まった。その間、俺はティサの話し相手をする。
しかしそれも束の間、俺は肩をつつかれて振り向いた。
「キリル、大変だわ」
台所へ向かったはずのラウラだったが、俺に助けを求めてきた。
「ん? どしたの」
「ここ、モヤシが無いのよ!」
「………………は?」
この世界の人にとってモヤシとは、韓国人にとってのキムチみたいな物……ということでは決してない。
もっとも、ラウラだけが特殊ということはあり得るが。
「昨日の夕飯はちゃんとしたの作ってたじゃん」
「あれはお母さんが作ったのよ」
どうやらラウラは、病人に炊事を押し付けていたらしい。
ゴロゴロしてたせいで気付かなかった。
「モヤシが無いなら野菜炒めでも作ればいいじゃん」
「………………できない」
「まさか」
俺の言葉に、ラウラはムッとする。
「モヤシがあれば私は何でもできるわ! モヤシハンバーグでもモヤシ団子でもモヤシボールでも!!」
「それ全部同じだろっ! 特に団子とボール!」
「違うわよ! それぞれ混ぜる野菜も味付けも変わるのよ! モヤシ団子は玉ねぎだけど、モヤシボールは――」
「知らんがな」
むしろ、それだけのスキルがあって、なぜ普通の野菜炒めすらできないのかが謎。
結局、その日の夕飯は俺が和風回鍋肉を作った。
10数年振りの料理だったけど、なんとか食べられるものができて良かった。
夕食を済ますと、裏庭で軽く体をふく。上下水道が整備されていないため、多少の妥協は必要だ。
そして夜は灯りの代金がもったいないため、さっさと寝る。
「ティサさん、布団ってありますか?」
「ええ。押し入れにたくさんあるわよ。よっこらせ」
夜は冷えるので、かけるものさえあれば床で寝るのもやむを得ないと思っていた。
「あ、私がやります。ティサさんは座っててください」
夕食で役に立たなかったラウラが、汚名返上とばかりに立ち上がる。
「ラウラちゃんは良いお嫁さんになるわね。旦那さんは果報者だわ」
「なっ!?」
「羨ましいなぁ。俺も養ってほしいわー」
「ちょっと、キリルまで!」
簡単に赤面するラウラはからかい甲斐があるなと、ついついニヤついてしまう。
「もう、全く…………え?」
そんな俺に怒ったように見せるラウラだったが、部屋の横側にある押し入れを開けると思わず声を漏らした。
「どした? 何かあった…………おぅ」
気になって、俺もラウラの肩越しに押し入れを覗いてみた。すると、そこには新品の布団セットがたくさんあった。数えてみると全部で7組。
ティサさんには娘が2人いるが、すでに両者とも嫁に行っており、夫は数年前に鬼籍に入られたとか。
そんな彼女が新品の布団を多く所持していることに、俺たちは違和感を覚えずにいられなかった。
「ティサさん、これは……?」
「ああ、その布団ね。最近たくさん買っちゃって。アナタたちが来てくれて丁度良かったわ」
さすがに買いすぎだと思い、俺は尋ねてみた。
「アレですか、特売だったから衝動買いしちゃったとか?」
「いいえ、むしろ高かったわ。布団屋さんが来てね、断り切れなくて……」
「「…………」」
聞いて、思わずラウラと顔を見合わせる。
「押し売りやないかーーいっ!!」
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