Chapter14-6
◇ ◇ ◇
「マジで、ここ入るのかよ……」
三人は息をのみ、ハチは明らかに嫌な顔をした。
ここは、大麗樹の上。視線の先は、その巨大な主幹――
その主幹に巨大な横穴が開いている。まるで洞窟だ。蔓が暖簾のように垂れ下がるその穴は、異様なまでに暗闇で満たされ、日光が数センチたりとも入り込むことを許していない。
四人の前に開かれた大口は大気を吸い込むことも、吐き出すこともしない。ただただ、暗黒の大穴を開けている。
「でも、行くしかない」
深淵を睨みつける赤髪の剣士の指輪は、破裂するかのような強烈な輝きを見せていた。
◇ ◇ ◇
四人の脳裏にはそれぞれ色も形も違う杖の姿が浮かんでいた。両手持ち、片手持ち。細い、太い。白色、黒色、茶色……久たちの頭の中で形が定まらないその杖こそ、今回の探し物、劫火煌月だ。
大麗樹の頂点付近を飛び回り始めて早数十分。景色も指輪にも、大きな変化はない。
「すぐには見つからんよなあ」
様々な所に目を凝らしながら久が漏らす。薄々分かってはいたが、空から目だけで見つけられそうにはない。それに角度や高度を変えてみても、大麗樹の中腹から頂点にかけて伸びる枝間、いわゆる、木の葉の部分は元となる幹が見えないくらいには葉が茂っている。
「やっぱ葉を掻き分けて進むしかないんじゃねーの?」
うんざりするほど巨大な大麗樹を見ながら、ハチが葉を指さす。それを見て全員が頷いた。
やはりこの時代の大麗樹は元気がない。枝先へ結晶を進ませると、萎れた葉も多く、枝先も埠頭のように飛び出ている物も多い。
四人はその中でもしっかりとした枝を見つけると、まずハチが身軽に飛び出した。枝は少し揺れて見せただけで問題なく、ハチを支えた。
それをしっかりと踏みしめ確認したハチは三人に手を伸ばし、それに掴まって久たちも枝の上に踏み乗った。とんでもない高さの木登りをしているが、身周りには枝や幹、それから垂れる太い蔓もあり、手摺り、足掛かり代わりになるようなものが多くある。よっぽどの無茶をしない限り、大きな危険は無さそうだ。
「また置きっぱになっちゃうな」
手近な枝を掴みながら、織葉は葉先近くで浮いている結晶を見つめた。
乗り手がいなくなった青い浮遊結晶。無断拝借の代物だが、受けた恩恵は計り知れない。危険の溢れるこの時代の移動手段としては、まさに渡りに船と言えた。
「本当に助かった。これが無かったら、と思うとな」
そして、自分たちの時代の崩壊を知る由すらなかっただろう。タケが続いた。知ることが出来なかった時を想像すると、背筋が凍る。タケは「時間が残っていれば結晶を返しに行こう」と、最後に付け加えた。
「だな。ひとまず、幹の方に向かってみようぜ」
太めの蔓を掴みながら、久が枝先を見つめ言った。中心の主幹まで結構な距離がありそうだが、足場もそこまで悪そうでもなく、辺りは葉を透過した日光でしっかりと明るい。入り組んだ枝中は、さながら森の中だ。
足を着く箇所の面積も大きくないことから、ひとかげの出現も心配無さそうに思える。久たち三人はユーミリアスのシンボル、大麗樹の上層で、木登りを開始した。
空高い所を吹く風が葉を揺らし、四人の肩傍、脇腹を吹き抜けていく。風はたくさんの葉に漉され、どこか土っぽい匂いを含んでいる。流石に水平移動だけで辿り着ける訳もなく、時折、上下の幹や太めの枝に移動する必要もあるし、飛び移るにはさすがに遠く、違う幹に渡り次いで迂回しなければならないこともあった。
自然が生み出した立体迷路に挑む四人。地上は遥か下にあるが、どこか大麗樹に包まれているかのような安心感も覚えた。あまりにも枝が太く、あたり一面葉だらけなので、やはり森の中を歩いているような気になってしまう。
「光ってきてる、かも」
織葉も高さに慣れてきたのか、片手を離して指輪を見た。空中に居た頃より、輝きは増している。近づいてきているのは間違いない。
(でもあと、どれくらいなんだろう?)
ユーミリアスで生活する上で、ライグラスの渓谷やエルマベルクの山脈など、極端な僻地に居ない限り、大麗樹を見ない日は殆どない。それほどまでに大麗樹は巨大だ。破格すぎる。根元にツリーハウス状の村、リリオットを悠々と抱える程だ。
そんな大きさの樹木から、指輪一つで劫火煌月にたどり着けるだろうか。一抹の不安が織葉によぎる。
(考えても仕方ない。とりあえず、もっと幹に近づいてみる、か)
着いてきてくれる二人に不安を悟られまいと、織葉はその足をまた一歩、大麗樹の主幹へと向けた。
◇ ◇ ◇
「状況は?」
足早に向かった先の部屋では、隊員達がいつもに増して慌ただしく動いている。ジョゼットはその部屋の中心に置かれた、大きな会議机へと進み、そこに広げられている地図に目を向けた。その地図上には、赤く塗られた小さな小石が、いつもよりたくさん置かれている。
「学園内に出現したひとかげの数が異常です。ここ半年間で最も多い」
地図上の小石を指さしながら、一人の隊員がジョゼットに報告する。広げられた地図はこの基地の直上、地上の学園のものだった。
素早く重要個所を目で追うジョゼット。校庭にも、校舎にも、裏庭や講堂、薬学で使用していた農園跡地や時計塔の付近などにも、ひとかげが十数人部隊となって、あちらこちらに出現している。
「大きな動きはないようね」
「現状、出現した奴らは大きく動くことも、破壊行動を取ることもなく、出現箇所の付近に留まっているようです」
地上班からの状況を聞き、ジョゼットは利き手であご先を擦った。
「……妙ね。こんな動き、見たことないわ」
ひとかげは常に何かを壊して動き回る訳ではないが、今まで長時間、同じ場所に留まっている姿は見たことがない。
「はい。何かいつもと違う、そんな気がします」
この隊員も属して長い。数々ひとかげと戦い、その姿を目に焼き付けてきている。その彼もいつもと違うひとかげの動きに、警戒感を持っていた。
「動きを見る限り、各個撃破も可能だと思うけど……もう少し様子を見ましょう。地上班に引き続きの観測、警戒を伝えて」
「了解しました。私もそれが良いと思います。では、伝達します」
隊員もそれに賛同し、軽く会釈してその場を離れた。警戒待機の旨がすぐさま周囲に伝わっていく。
「……。」
一人、地図を睨みつけるジョゼット。何度見ても数は異常。地上からの連絡も遅延があるし、今はこれよりも多いかもしれない。地下に侵入されることはまずないだろうが、この数に不安を覚える隊員は少なくないだろう。
そして何より――
(やっぱり、元凶は存在する)
不気味な雰囲気の最中、今までの仮定が確信に変わる。地図から顔を上げ、どこでもない部屋の片隅に、ジョゼットは目を細め向けた。
五人の到来、トウカの不在。他にも細かな要素が重なった今、まさに誰かが見て指示したかのような多数の出現と奇妙な動き。
(間違いない。ひとかげを操る者がこの世界に存在する。そして――見てる)
一体どんな人物が、どこで、どのように……疑問符は限りなく生まれる。何を、どこから手を付けるべきか。今もどこかで見られているのか……。大きな行動は避けるべきか――。
「……近隣箇所の状況はどう?」
と、一度脳裏の疑念を隅に追いやり、近くの隊員に尋ねた。
「セピス近郊では大きな変化はありません。旧セシリス地方については現在調査中です」
書類束を持った一人の隊員が口早に答えた。
「分かったわ。ありがとう。私は一度、執務室に戻るわ」
「了解です」
いつもより少し口早、足早に部屋から出るジョゼット。隊員たちに疑いの目を向けたくはないが、もはやその可能性も視野に入れなければならない。
(これに乗じて元凶にやすやすと辿り着けるとは思わないけど……)
今の状況が危機なのか転機なのか。掴みきれない状況を考えているころには、すでに執務室の入口にまで戻っていた。




