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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
大陸を覆う者、再び
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Chapter14-3

 想像とはまるで違った方法を聞かされ、久は少し面食らう。


 小紅の作戦は実に単純だ。相手より早く先に杖を手にし、それをユーリスに持ち帰るというもの。久は軍団に協力を仰ぎ、ひとかげの元を断つような大規模な戦線が必要になるのかと、身構えていた。


「この地は武神様の作り出した聖なる場所。時代や時間などから切り離され、ただ一つだけ存在しています。悪魔たちがどれだけ願ってもこの地を踏むことはできません。秘匿するにあたり、絶好の場所です」

「そんなとんでもない所だったのか。でもそれなら覚えていてくれたことも納得できるぜ」


 ユーリスの存在に、ハチは驚いた。この地は時代の数だけあるのではなく、たった一つしかない。そんな驚愕の地が、慣れ親しんだユーミリアスにあったとは信じられない。


「しかし、ここに劫火煌月を持ち込んで、ユーリスは問題ないのですか?」


 小紅の断言に対し、タケが静かに訊いた。眼鏡の奥の瞳は、まっすぐに着物姿の女将を捉えている。


「大丈夫だと思います。武神様とユーミル様の力は似通ったところがありますし、何より、劫火煌月は悪魔が触れなければその力を発揮しません。こちらでしっかりと祭壇を準備すれば、問題なく納まるでしょう。先程申した通りで、ここにあればどの時代にも悪影響はないでしょう」


 小紅もまた、タケを見つめ返し答えた。


 もとより近しい存在の武神と女神ユーミル。小紅はユーリスに祭壇も誂えて安置させる考えもあるようだ。魔術に造詣が深い小紅の提案と言うこともあり、五人は納得する。全く手立てがないわけではないと分かり、五人は微かに胸を撫でおろした。


「おそらく、劫火煌月は今、大麗樹の上部で身を隠しています。それを取りに行くにあたり、問題点は大きく二つ。一つは時間の制約、もう一つは敵との遭遇の際の対処です」


 小紅が二の句を継ぐ。この作戦は単純だが、障害がないわけではない。その重要点を二点に絞り、更に小紅が話し始める。


「時間については私から言うまでもないと思いますが、皆さんはあと数時間で元の世界に戻されてしまいます。もしそうなれば、この時代に戻っては来られません。ですが幸い、ここから大麗樹まではそう距離はありません。それに、皆さんは飛翔結晶も手に入れられている。切羽詰まる状況ではありますが、全く余裕がないわけでもありません」


 飛行結晶については少々後ろめたいこともあるが、今一番必要でありがたい存在であることには違いない。深夜の原生林を警戒しながら自らの足で進み、大麗樹を目指すとなると間違いなく時間は足りないだろう。


「そして二点目。ひとかげとの遭遇時の対処ですが、これが厄介です」


 分かりやすく二本の指を立てる小紅。二点目はひとかげと対峙した際のことだ。


「ご承知の通り、皆さんの力でひとかげを圧倒することは出来ません。あの存在は、損傷すると分裂して増殖する特性を備えています。全身が魔術の核で出来ていると考えてください」


 つい先ほどまで戦っていた、厄介な敵。荒廃した学園の校庭で初めて出会い、五人を危機に陥らせたそれは、進路の妨害や、束になっての武器狙いなど、自分たちの時代に存在したものとは違う挙動も見せていた。


 また、その脆さ故に手傷を負わせて足止めをするという戦法も取れない。知恵を絞って戦った結果が、まさにここに来る直前。少しでも斬りつけたら最後、分裂し増殖する。こちらが行えるのは、抑え込む、投げる、突き飛ばすなどの時間稼ぎに過ぎない。どれも撃破には程遠く、力加減もせねばならない。非常に厄介だ。


「だから一気に全身潰さないとだめなのか」


 校庭でひとかげに首を取られた織葉。その直後織葉はトウカの濁流魔法に押しつぶされ、廃校舎まで押し流された。あの時、激しくうねる水流の中で、織葉は四方から濁流に押しつぶされて粉々になる人影の姿を見ていた。


「誰も範囲攻撃……そんな魔法使えないもんな。参った」

「撃破不可とか腹立つぜ」


 全員を見る必要もなく、それぞれの攻撃手段を思い出す久とハチ。槍も弩も手裏剣も刀も致命傷を的確に与える武装で、一掃するような攻撃にはまるで向かない。巨大な槌でもあれば打ち飛ばすくらいは出来るだろうが、そう易々とこの世界では手に入りそうにないし、何より勝手の利かない場所で使い慣れていない武具を振るうのは危険だ。


 五人が扱える魔法に関しても、生活に関わる基本的なものや、装備に属性を付与する程度のものしかなく、ゆいが扱っていた凍結魔法や桃姫の雷撃、トウカの濁流には遠く及ばない。


「歯痒いでしょうが基本的に逃げの姿勢を取ってください。最初から十を超えるような数で現れることは稀ですので、分裂させなければ逃げ切りは難しくない筈です」


 どうしても戦闘を免れ得ない際は、校庭で行ったような投げや弾き飛ばしが有効だろう。だが相手は武装をし、こっちは丸腰。相手を掴めるほぼ零距離と言っていい距離まで迫り、投げなければならない。いつものことながら、分が悪い。


「遭遇しない。というのが一番ですが、その望みは薄いでしょう。飛行中はまだしも地上付近、そして、特に大麗樹近辺では十分に気を付けてください」


 そういって小紅は左袂に右手を差し入れると、そこから一つの指輪を取り出した。

 飾り気のない、誰もが想像する指輪。何の装飾もない銀の輪に一つ、小さな透明のクリスタルがちょこんと乗っかっている。


「それは?」


 織葉が問う。小紅の人差し指と親指で摘ままれる小さな指輪。全員がそれに注視する。


「探し物を見つけるための魔法具です。その物に近づくほど、クリスタルが輝きを増すようになっています。距離を示すような便利なものではありませんが、劫火煌月を探すのに役立ててください」


 そう説明すると、小紅はそのまま指輪を織葉に手渡した。ごく自然な流れるような動作で、織葉はそれを受け取り、直後はっと我に返った。


「え、あたしでいいの?」


 受け取った手を固めたまま、織葉が首を左右に振る。自分が受け取っていいものなのかと。


「いいんじゃない? 男たちには小さすぎるだろうし、私は篭手を嵌めてるしね」

「ああ。問題ない」


 頷くジョゼとタケを見て、織葉も小さく頷いた。指輪はかなり華奢な造りで、確かに男たちなら第一関節ですら越えられそうにない。指輪を見つめる織葉は逡巡迷い、左手人差し指に嵌めた。純度の高い透き通ったクリスタルが煌いて見せる。


「緋桜さん。指輪に少し魔力を送ってください」

「は、はい」


 慣れぬ魔術の行使に少し慌てる織葉。左手甲を上にして少し前に出し、集中する。

 すると刹那、指輪のクリスタルがぼんやりと緑の光を帯びた。蛍の光にも似た弱くも暖かみのある光。クリスタルは何度かその光を強弱させたかと思うと、次第に弱まり消えた。


「これで、指輪は劫火煌月に?」


 織葉は手をくるくると裏表に振りながら指輪を見つめた。思えば人生初の指輪だ。小紅は物珍しそうにまじまじと見つめる小紅に対し、クリスタルが対象に近づくほど光が増していくと答えた。


「それと、これを」


 小紅は袂から幾つか、何か物を取り出した。五つの小瓶だ。それは卵くらいの大きさで雫の形をしており、小紅の両掌の上で少し転がって見せた。栓はされているが中には何も入っていないように見える。


「……瓶?」


 指輪から瓶に視線を移す織葉。顔を近づけて見ても、やはり何も入っていない。


「この中にを入れてあります。一人一つ、一度きりですが、皆様のご帰還用です」


 癒気。それはユーリスに入る際、必ず通るあの湯気だ。それがこの瓶に封入されているのだという。


「ご帰還の際と、万が一のことがありましたら、この瓶を割ってください。ユーリスの入り口まで戻って参ります」


 織葉に見せたのち、小紅は久の目の前に小瓶を差し出した


「そんな、貴重なものではないのですか?」


 ユーリスは神聖な地。多くの条件が揃わないと立ち入ることのできない場所だ。そこにひと飛び出来る代物など、そう易々と貰ってよいものでは無いはずだ。

 他四人も同じ考えで、「結晶で飛んで帰ってくる」と、受け取りを拒否したが、小紅は半ば強引に久の手を取り、雫形の瓶を握らせた。


「……私は一人、この地でユーミリアスと見ることと、このような準備しか出来ませんでした」


 そう紡いだ小紅の手は、少し震えている。


「ここにいても、何もできない。ユーミリアスが潰れていく様をただ見ているしか出来ない。皆様にお力をお借りしたくても、ただ待つことしか出来ない……」


 声も震え、目尻が潤んでいく。小紅は一人、壊れゆく大陸をただ、見ていた。


「なのに皆様は、此処へ来てくれた。悲しみも葛藤も、覚悟だって必要なのに――」


 仲間を思い、ユーミリアスを思い、動いてくれた。その行動には感謝以外の何物の感情もなく、私たちに訪れた最大の幸運なのだと、小紅は震える声ではっきりと口にした。


「だから、私はここで、私にしか出来ないことをして皆様をお待ちしています。ですから、これで無事に戻られてください」


 私ができる力添えはここまでです。と、小紅の表情は柔和に戻った。久は代表して一つ頷くと、両掌を開き、それぞれに小瓶を取らせた。


「じゃあみんな、いいか」


 四人がしっかりと小瓶を仕舞いこむのを見届けると、久が全員に通る声を投げた。いつもの口調。出発前のブリーフィングだと全員がすぐさま理解した。


「目的は劫火煌月の回収。場所は大麗樹上部付近で、飛行結晶で向かう。正確な位置は探り探りになるが、落ち着いて捜索に当たろう」


 危機的な状況が満ち満ちているが、地の利はある。


「杖を回収後、瓶を使ってユーリスまで即時帰還する。道中何が起こるか分からないが、安全でないのは確かだ。全員周囲に細心の注意を払って、遭遇の際は逃げの姿勢を取ってくれ。各自散開もあり得る。そしてもし、万が一のことがあれば――」


 久はまだ仕舞っていない、手に持ったままの小瓶を見せた。

 意味を理解した四人が深く頷く。今回はタケも追加説明はないのか、ゆっくりと頷いて見せた。

 そして久も瓶をポーチに仕舞いこむと、それと代わるかのように懐中時計を取り出した。


 時刻は午前四時を回っている。残り、十時間を切った。日常生活に置き換えれば、日の出から日の入りくらいまでの時間しかない。

 距離は問題ないが、倒せない敵が跋扈する現状。予測不能のであるがゆえに、時間との戦いは避けられない。時間内に劫火煌月を手に入れないとアウト。当然、誰かが欠けてもアウト。そして、やり直しは不可。

 ギルドの依頼でも物探しや運搬はよく取り扱うが、これほどまでに難易度の高い、「行って、探して、持ち帰る」は初めてだ。


「作戦については以上だが、もう一点だけ」


と、いつもならすぐに動き始める合図を出す久が、前置いた。いつもと違うパターンに、動こうとしていた四人の動きが止まる。


「みんな、考えてることだろうけど、俺から話し出させてくれ」


 更に前置く歯切れの悪い久。らしくないリーダーの発言の後に続いたのは、自分たちが受けた依頼のことだった。


「俺たちはここに、ゆいを迎えに来た。だが聞いての通り、ユーミリアスに危機が迫ってる。そしてまた、それを阻止できるのが何故か、俺たちだけだ」


 三年前、自分たちのユーミリアスで雹が暴挙を振るった時、それを止められたのもかつてのパートナーチーム六人だけだった。六人以外、大陸の誰も彼も雹を止められず、認知すら出来なかった。


「ここに来られたのは桃姫先生のおかげだ。先生は自分の力を賭けてまで、俺たちに願いを託してくれた」


 次第に話し口調が早くなり、手振りがつく。


「ゆいを、大切な仲間を迎えるために。ありがとうって言うために。だけど――」


 そして、久の口が止まりかけ――


「……天凪先生からの依頼を、中止する」


 久は何とか、口を止まらせなかった。短く、誰にでも伝わるその一文を、はっきりと伝えた。

 ゆい(トウカ)を連れて帰る。それは、出来なかった。


 桃姫だって、打算や当て水量でここに送ってくれたわけではない。年月を掛けて解析し、準備し、あらゆる可能性を吟味し、そして自らを賭した。

 だが、現実は桃姫の想像を遥かに超えていた。下調べが足りなかったなどではない。いくつもの世界が存在し、それが交わることがあり得るなど、誰も今まで観測していなかった。


「大丈夫。久くん、間違ってない」


 どう足掻いても肩を落とさざる状況の中で、織葉が優しく久を励ました。刀を振るう者とは思えない小さな手が、久の肩に置かれる。


「それに、杖もユーミリアスも――ゆいだって大丈夫だよ。上手くいく。お使いなんていつものこと!」


 久に置いた手を振り上げ、下がったままの肩をばしばしと叩いた。


「ええ。織葉ちゃんの言う通りよ。順序が変わることなんてよくあることだわ。それに――」


 織葉に続くジョゼが思い出す、もう一人の自分。


「ここで、私たちにしか出来ないことがある。それはやっぱり、やり遂げないとね」


 偶然はない。と、手裏剣を射る者はよく口にする。

 手裏剣は当たるのではく、当てるものだと。その言葉をつい数時間前、他でもない自分から聞いた。意図せず起きることなど無い。


「久、行こう」


 肩に手こそ乗せないが、タケの声が久の顔を上げさせる。いつも通り、いつもの出発前。いつもの仏頂面も健在だ。


「あぁ、そうだな!」


 歯を見せて笑う織葉とハチ、はにかむジョゼとタケ。大丈夫だ。いつもの仲間がここにいる。


(きっとゆいだって、同じ気持ちだ)


 今やいない、銀髪の魔導師。だが、彼女の思い、芯の強さは折り紙付きだ。ここに居たら、きっと杖をしっかり掴んで笑みを見せてくれただろう。


「ギルドセシリスの本領発揮だ。行こう」


 強く頷き、小紅に礼をする。小紅をもそれに頭を下げると、すぐさま部屋の戸を開いてくれた。

 足は軽い。目的も明確だ。久たちは煙亭の微かなお香の香りを感じながら、素早い足取りで宿を後にした。煙亭から出ると、温泉街を一目散に駆け抜け、入り口の石畳の場所へと戻る。するともう小紅が準備してくれたのか、地面の魔法陣がうっすらと光を帯びていた。


「転移後、くれぐれも周囲警戒を怠るな。まっすぐ結晶まで戻るぞ」


 頷く四人は、足並みをそろえ、陣内へ足を踏み入れた。するとここに来た時と同じように、霧が充満し、全員を包み込む。五人はふり返り、石畳と階段、竹林を見つめた。


「次は、ゆっくり来ようぜ」


 ハチがにんまりと笑い、久の肩に手を掛けたかと思うと、辺りは明転し、五人の姿はユーリスから消えた。


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