Chapter14-2
「小紅さん、ここは、このユーミリアスはどうなっているのですか?」
煙亭に辿りついた一行は客間ではなく、大広間横に備えられた応接間に通された。和モダンなソファがコの字型に配置された室内だ。五人は大きめのタオルを小紅から受け取ると、それぞれが体や服を拭いた。
障子の開けられた窓からは霧雨が充満する、灰色の雨空景色が広がり、笹の葉がしっとりと濡れている。
「単刀直入に申し上げます。ユーミリアスは今、悪魔の時代に戻ろうとしています」
「はぁ!?」
小紅から聞かされた話を聞くや否や、ハチが驚愕の声を上げた。他四人も目を丸くした。
「それは、誰が、何の為にですか?」
眉間に皺をよせながらも、タケが落ち着いて小紅に訊く。
「主犯格は分かりません。ただ、悪魔の復活を望む者たちは今でもいて、自分たちの世界の再建を企み、待ち望んでいました。そして、その糸口をようやく掴み、行動を起こしたのです」
「糸口?」
ジョゼが首を傾げた。悪魔はその血が絶え、その最後の末裔がゆいと聞かされた。天凪桃姫の様に少なからず血を引く者もいるとも聞いたが、その口調ぶりからするに、殆ど存在しないような感じであった。
「悪魔の為の世界を作るには、今の世界を崩壊させる必要があります。それにはユーミルの杖、劫火煌月と、その姉妹杖が必要です」
劫火煌月。その名を久しく聞き、五人は顔色を変えた。
数年前、雹たちがティリアを襲って奪おうとした、ユーミリアス最大の魔法具。結局は神に近しい力を持つ者でしか扱えないと分かり、雹の作戦は不発に終わったが、その強大さは伝承に加え、ゆいからも直々に聞いており、危険度は十分に理解している。
そして、その姉妹杖。おそらく、迅雷輝星のことだろう。その杖名も偽名だと、出発前に聞かされた。
「ですが、見つけたとしても劫火煌月は扱えない。なので復活を望む者たちは今まで、劫火煌月を扱える者を何千年と探していました」
遥か昔、ユーミリアスが悪魔の手に渡ってしばらくしたのち、四武神によってそれらは滅ぼされ、ユーミリアスは取り戻された。それ以降悪魔は淘汰され、消滅しゆく存在であったが、復活を望む者やそれに賛同する者はいつの時代にも存在した。
だからこそ、桃姫は劫火煌月を文献から抹消して人目に触れぬ存在にし、このような事態にならないように手立てしていた
「ですがとうとう、扱える人を見つけてしまった――」
小紅の重い口が、ゆっくりと開かれる。
ユーリスの雨音はその人名を遮るほど、強くなかった。
その名を聞いたとき、驚きはなかった。それはもはや、必然だったのかもしれない。
五人脳裏にふっと、その人物の後ろ姿が映し出された。その人に、振り向いて欲しくなかった。
ふわりと揺れる銀髪と蒼色の瞳――優しい笑みを持つその整った顔立ちを今、見たくなかった。
「復活を望む者たちは今、この時代で劫火煌月を探し、あなたたちの時代の霧島ゆいに、その杖を授けようとしています。それこそが悪魔の世界再建の第一歩。そして、最終段階です」
ゆいがその力を扱えば最後、世界は再び悪魔のものになる。複雑な段階は一つとしてない。
「……なんで、なんであたしたちの時代のゆいなんですか? それに杖はどうして、こっちの世界で?」
親友が世界を滅ぼすきっかけとなっていると聞かされても、織葉はその気持ちを抑え、静かに言葉を紡いだ。だがその言葉の端々は、やはり震えていた。
「劫火煌月を扱う上で重要なのは、自分が悪魔であると自覚していることと、その力を扱うことが出来ると理解していることです」
「なる、ほどな……」
言葉を漏らす久の脳裏にゆいが思い出される。あの魔導師は確かに、自身が何者か知り、それを自分たちのため、愛する世界のために使ってくれた。
だが、その裏に、その誕生を渇望していた者たちが潜んでいた。その執着心に、嫌悪感と怒りが沸く。
「ご想像の通りです。その二つの条件に当てはまる彼女は、あなたたちの時代、世界にしか存在しませんでした」
この世界と久たちの世界が異なるように、無限に枝分かれした世界が存在すると言う。同じ場所で異なる歴史を刻んでいくユーミリアスの歴史の中で、自らが“悪魔”であると知り、かつ、その力を難なく扱うことが出来る“霧島ゆい”は、何の因果か、自分たちの時代にしか存在しなかった。
「じゃあ杖は、杖はどうしてこの世界で? 二つの杖はいつの時代も存在しているのよね?」
次はジョゼが問う。ジョゼは復活を望む者たちがゆいに次いで血眼で探している二本の悪魔の杖について訊いた。
「まさか、桃姫先生が――」
小紅が答える前に、タケが呟いた。
「お察しの通りです。杖はどの時代でも、天凪桃姫とリリオットの村長が協力して堅牢に守り、隠していました」
かつてリリオットの村長から聞いた、世界を変えるほどの魔道具。ユーミルの愛杖、劫火煌月。
そして、その杖の一部から生まれた桃姫の愛杖、迅雷輝星。
「杖の在処に彼女が一枚噛んでいると気づいた彼らは、天凪桃姫の近辺が最も手薄な時代のユーミリアスを探していたようです」
タケは押し黙った。
どこまでが悪魔の策略なのか分からない。だが、ゆいと織葉が、“出なかった”この世界では、久たち四人と出会っていない。二人と知り合わず、共に行動しなかった久たちは、悪魔の力に触れることもなく、杖について知らされることもない。
つまり、桃姫は久たちに助けを求められない。
いくつもの世界があると小紅から聞かされた。こことは違う世界でも、二人がオーディションに出なかった世界があったかもしれない。だが、悪魔側に対してこれだけの好条件がそろう時代は、他にないような気がした。
ゆいと織葉は、久たちに出会わなくてはならなかったのではないか。それが月並みな言葉ではあるが、運命というもので、それを誰かが邪魔をしたのでは――
俯くタケを見て小紅は、無限のユーミリアスが生まれてもなお、天凪桃姫は杖を守り続けてくれた。どれほど感謝しても足りない。と、一人常に戦い続けた桃姫を敬った。
「……」
同じくして、ジョゼも言葉を詰まらせていた。脳裏によぎるは、この時代で戦い続けているもう一人の自分のこと。
小紅の話を聞くに、桃姫は全てを理解していながらも、この時代では志半ばで倒れ、その後をジョゼットに託した。
そのジョゼットはどこまで知っているのだろう。学園地下ですべてを自分たちに打ち明けた訳ではないではないだろうが、目下ひとかげの目的やその発生条件を探っているとの話だった。
対応も後手に回ってばかりとも嘆いていたところも見るに、“劫火煌月”や“悪魔の力”といった事柄には辿り着けていないように思える。
苦闘している自分自身に、伝えるべきなのか。大きな悩みが一つ、ジョゼの心に渦巻く。
「それで、ここで杖を奪ったとして、どうやって俺たちの時代行くんだ? まさか時間を簡単に移動できる訳じゃ……ないよな?」
それぞれが頭を抱える中、ハチが口を開く。素朴ながら重要な質問だ。ここで杖を手に入れたとして、自分たちがよく知るゆいに、どうやって杖を渡すのか。少なくとも現時点、自分たちの時代では、ゆいは亡くなっている。だが杖を扱えるゆいは自分たちの時代のゆいだけ。となると悪魔たちは過去に遡る必要がある。
「申し訳ありません――その通りです。彼らには、過去や未来、異なる世界を渡り歩く方法があります」
「当たったぜ。最悪だ」
悪いわけでもないのに、小紅は頭を下げながら答え、ハチは酸い顔をしながら後ろ手で頭を掻いた。
回答は、イエス。当然と言えば当然だ。悪魔たちもとりあえずで動く連中ではないだろう。
「悪魔側もこのユーリスに似た地を持っていると聞きます。それは彼らが武神様に滅ぼされる直前に造って残したとされていますが、その地はユーリスと違って世界を見るだけでなく、すべての世界、時代に行き来することができると言われています。恐らくはそれを使って」
ゆいに、杖を渡すのだろう。そしてまた、闇魔力によって操る。
「劫火煌月を悪魔が使えば、“時間”を操ることが出来ると聞きます。過去や未来、他次元を自在に行き来するのはもちろんのこと、破壊も容易い。話は逸れますが、創世の頃、その力でユーミリアスは崩壊しました。おそらくはその力で、もう一度……」
ユーミリアスを破壊する。そして、悪魔の時代をもう一度、作り直す気だ。
明らかな確証を得たからこそ、この時代で悪魔たちは動き始めた。杖が見つかれば最後、ユーミリアスは魔の手に落ちる。
「そんな……! なんでそれが、ゆいなんだよっ……!」
ダン! と、机に両拳を振り下ろす音が響く。俯く織葉は肩を震わせて泣いていた。背中に掛かる赤い髪が、その嗚咽の呼吸に合わせて揺れる。
「織葉ちゃん……」
ジョゼが隣に駆け寄り、背中から抱き込んで撫でる。織葉はまだまだ小さかった。
「ゆいが、何をしたって言うんだ。ただ普通に暮らして、ただ普通に笑ってた……。なんで、なんでそのゆいが、世界を壊さなくちゃならないんだ……!」
感情が爆発する。ここまで耐え、気丈に振舞っていたが、織葉の心は限界だった。学び舎は破壊しつくされ、恩師、仲間は亡くなり、そして再会したも――それは自分の知る姿ではなかった。
そして聞かされる、世界の破滅。そしてそれに関わる、本当の親友。もう、心の整理が追い付かない。
「ゆいも、ユーミリアスも……。なんとかならんのか……?」
ハチも肩を落とす。幾つも無限に存在するユーミリアスの内、どうして自分たちのユーミリアスが悪魔の手に落ちなければならないのか。打算的な計画であれば手の打ちようもあるが、条件が揃い、それが判明している中ではまた後手に回らなければならない。
それに、あの武神の杖だ。直接関わったことはないものの、その力が強大で、自分が太刀打ちできるものではないのは十分に理解している。手にされ対峙されたら最後、その前では自分の力が紙屑ほどにも及ばないだろう。
「私たち、何か……何か出来ないの?」
肩を震わせる織葉を慰めながら、ジョゼが全員の顔を見回す。小紅を含めた五人もそれ以外の動きが見つからないのか、沈黙を持ってそれに答えている。手には織葉の鼻をすする動きが伝わってくる。
「まだ――まだ手はあります」
沈黙を破る小紅。その言葉に全員が注視した。織葉も真っ赤になった顔を上げ、少し鼻をすすって顔を上げた。小紅は全員の顔が自分に向いたのを確認すると、穏やかな口調で話し始めた。
「方法は一つ。この世界で劫火煌月を手にして、それをここ、ユーリスに安置します」
「えっ?」




