第五部 第二十一章 第一話 備える者達
すっかり遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでした。
今回は自分の不調です。本当にキツイ……。
頑張れ、私……(;´Д`)
時は遡りアバドン出現前の神聖国家エクレトル──。
ライからの連絡を受けた神聖機構は万全に対処すべく準備を始めていた。
アステ国王子クラウドの【魅了】を受けていたペスカーだが、幸いにも不穏な行動を起こすことはなかった。最高責任者【至光天】としての責務をアスラバルスと共に果たしていたのだ。
(フム……。読み通りペスカーは自らが受けている【魅了】に無意識下で抵抗しているのだろう。クラウド王子が直接命じれば抗えぬかも知れぬが、こと今回に限っては役割を果たしてくれよう)
アスラバルスは外部からの通信をライの念話を除き神聖機構内情報部門で精査するよう命じている。クラウド王子に【魅了】を受けただろう天使は事前に調査・確認し隔離した。少なくともアバドン討伐までは対応に煩わされることは無い。
(それにしても恐ろしいのはクラウド王子の存在特性。対象となる人数や時間の制限は不明……これでは世界中の何処に魅了されている者が居るか分からぬ。もしやシウト国で起きている内紛の原因も……)
そう考えたアスラバルスは小さく頭を振った。今はアバドン対策に注力せねばならない。
神聖国家エクレトルの本分は人の導き手となること。現時点では人では対応できぬ脅威への対応こそがそれに繋がる。他国の憂いを気にしている暇はない。
しかしながら、時間は限られているとはいえ既に即時対応できるよう前準備は整っている。後は如何に万全を期せるかが鍵となる。
「……本当に勇者ライはアバドンを転移させられるのですか? 無駄骨では困りますよ、アスラバルス」
神聖機構内の管制室──その指揮官席にてアスラバルスと肩を並べ指揮を執るペスカーは、至極懐疑的な目を向ける。
「確実だという保証は無い。が、あの者で無理であれば他のどの実力者であっても対応できまいよ。天使である我々でさえも……な? それに算段があるからこその申し出……受けるのは【神聖機構】として当然であろう?」
「……アバドンを封じていた神具は未だ見付からず。本来、アレさえあれば人などに頼らずとも済んだのですよ。そもそもアバドンを解放したのは暴走した人の欲望が原因。まして神聖機構にさえ被害を与えたトシューラ国など少し痛い目を見れば良いのです」
事態に辟易としたペスカーが不満を隠さずアスラバルスへ避難の目を向けたその時……背筋が寒くなるのを感じた。いつも穏やかなアスラバルスの表情がそれまでと違い険しいものとなっていた為だ。
「ペスカーよ……いい加減にしろ。我々の本分は人を導き世界を守ること……お前は神の『願い』さえも否定し我々自身の存在意義を穢すつもりか?」
「…………」
アスラバルスは深く嘆息した。本来ならばペスカーが口にしない『人の犠牲』の放置に思わず腹が立った。しかし、それが【魅了】の影響下に於ける精神変化からであることにも気付き自らの短慮も反省した。
「……確かに人の精神は成長が遅い。だが、愚かな行為を率先して正そうとするのも人自身であることも忘れてはならぬ。我々はその自浄を信じる必要がある。わかるな?」
「それは……」
「勇者ライもまた人の世から生まれた。直ぐに理解せよとは言わぬ。しかし敵さえも救おうとしているその姿を見届けよ。私はお前ならそこから解ると信じている」
クラウドの【魅了】が解除された時、ペスカーならば理解できるはずだとアスラバルスは思った。本来誰よりも思慮深いペスカーは冷酷な訳ではない。人の成長を促す為に敢えて手を貸さない事が多いのだ。だが、犠牲が出た際は誰よりも悲しんだことをアスラバルスは知っている。
(セルミローよ。お前が居ればまた違った諭し方もあったのだろう。私もまだまだ未熟なようだ)
神聖国家の根幹を担う【至光天】はやはり三位一体でなければならない……これまで先送りにしていたが、アスラバルスは魔獣アバドンの件が片付き次第その在り方を模索すると心に決めた。
「それよりもペスカー。『至光の剣』のことだが……」
「……何か問題がありますか? 『ロウドの盾』にも劣らぬ実力者であることは貴方も確認した筈ですが」
「実力に関しては申し分はない。当人達の意思で協力を願えているならば問題もなかろう。だが、あの者に関してはな……。本当に戦場に出すことが正しいのかという疑念が今も拭えぬ」
「……確かに。ですが、それも当人の希望である以上は応えることも選択でしょう。これまでの過酷な訓練を耐え抜いたのもその意思の強さ故……私は信ずるべきと思います」
「…………。本当に良いのだな?」
「ええ。彼女は今や単身で脅威存在と戦えるだけの力を有していますよ。この世界で確認された四例目の【聖女】──不足は無いでしょう。どのみち彼女抜きでは“エクレトルでのアバドン迎撃”も見直さねばなりません。今更その時間はありません」
「…………」
「ともかく、予定通りミストラ地区に『至光の剣』を待機させます。勇者ライが本当に事を成し遂げれば本日中に激戦となる筈。準備を急ぎましょう」
「……そうだな」
ミストラはエクレトル国土の東方に位置する地区で、鉱脈がありその周囲には荒野が広がっている土地だ。
技術の進んでいるエクレトルに於いてその地は敢えて緑化が放置されていた。国内にはありのままの環境を残すことで世界の環境を観測する区域が幾つか存在していて、ミストラ地区もその一つだった。
今回決戦の地とされたのは周囲への被害が出難いこと、アバドンに吸収される生命がほぼ存在しないことが理由である。
既に決戦の地となる場所にはエクレトルの秘宝たる事象神具により一辺半里の結界が起動準備されている。結界が張られる位置の外周には数名の天使が待機。彼等の役割は事象神具による結界を更に包み込む結界を張ることに加え、アバドンとの戦いを終えた後の回復要員でもある。
結界が張られる予定位置の内側には『決戦の地』には簡易式の兵站が用意されていた。そこには数名の人物が各々装備を整えつつ対話している。
「いよいよ本番か。まだ身体が仕上がってない気もするが贅沢は言えんな」
そう口にしたのは褐色の肌に黒髪、顎髭を蓄えた見た目三十路に入るかどうかの巨躯の男。通常の倍は重量があろうかという斧槍を肩に担ぎ葉巻を咥え笑っている。
「久々の戦闘だからと一人で血気盛ってくれるなよ、バルザード。我等は役割を果たす程度で良い」
巨躯の男バルザードに忠告したのは灰色のローブを纏い薪に火を焚べている青年。その髪は目の前で揺れる炎よりも尚鮮やかに赤い。
「分かってるさ、ウルス。お前こそやり過ぎは気を付けろよ?」
「その辺りは心配は要らん。魔獣アバドンは魔力を特に吸収すると報告を受けている。そして私は魔導士……相性が悪い。今回は支援に努めるつもりだ」
「魔法が効く相手ならお前だけで済むんだろうがなぁ……【万雷】」
「フッ。懐かしいな……そう呼ばれたのはお互いもう百年以上前だな。【暴風】」
互いの二つ名を口にしたバルザードとウルスは懐かしそうに笑った。
「とはいえ、私達は本来隠居の身。どのみち無理はできぬさ」
「分かってるよ。最優先は生き残ること……。でなければ曾孫の成長も見届けられんしな?」
「そういうことだ」
バルザードとウルスは再び笑いを漏らす。会話を聞いていた無垢な翼をその背に掲げる白銀の全身鎧の人物は、二人に近付き唐突に頭を下げた。
「お二人には無理な要請を受けて頂き感謝ばかりです。しかし、事態が事態故に他に頼れる者も無く……」
「気にしなさんな、ラフィール殿。この国は我々に安住の地を与えてくれた。恩には報いねば罰が当たるってもんだ。だろう、ウルス?」
「その通り。魔人となった我々の様な異物を快く受け入れてくれたのは他ならぬ神聖国家。快適な暮らしを享受できている我々が国に貢献するのは当然というものだ」
「何とも嬉しきお言葉……ありがとうございます」
バルザードとウルスが差し出した手をラフィールがそれぞれ力強く握り返す。
「しかし、ラフィール殿こそ良いのか? 数少ない純天使たるアンタがアバドンと戦うのは危険だと思うが……」
「その点は問題ありません。この鎧は事象神具なので《吸収》などは受け付けません。他にも色々対策を施しているので足手纏いにはならない筈です」
「余計な心配だったな。寧ろ純天使のアンタの足を引っ張らないよう頑張らねば」
「御謙遜を。かつて【嵐狼】と呼ばれた傭兵団……その頭目と切り込み隊長であるお二人の力は訓練でも測り知れませんでした。期待しております」
三百年前の勇者バベルが去った時代以降──英雄の素質を持つ存在は大きくその数を減らした。が、確かに実力者は存在してはいた。そうでなければペトランズ大陸内の安寧は維持できなかった。
近年ではカラナータが単身で活躍することが多い為に歴史に埋もれた『隠れた英傑』……それがエクレトルに新部隊として新設された【至光の剣】の根幹を担う者達。
二百年程前、僅か七名で幾度となく上位魔獣を討伐した傭兵団が存在した。『個』の力ではなく『群』の力であること、傭兵という身分、そして当人達が名誉を良しとしない気質である為に個人の名が知れ渡ることは少なかった。だが、今以てその『傭兵団』の名は確かに伝説となっている。
それが【嵐狼】──。
今でも傭兵達の間では『嵐狼傭兵団』の徽章をあしらった装備が御守として流通している程である。ウルスはその【嵐狼】の頭目、バルザードは切り込み隊長。実力は疑う余地もない。
そして……。
「アンタこそ謙遜だな、ラフィール殿。俺が子供の頃はアンタは有名だったぜ。神聖国家から遣わされる『輝く救いの御手』……いつの頃からか戦場に出てこなくなったが何故か聞いて良いか?」
「指導役に回ったのですよ。私ばかりが出ると後続が育ちませんので。それからはただ育成に努めてまいりました。その意味では私も“ロートル”ということになりますね」
「ハハハ。キツイ冗談だな」
全身鎧の姿からは表情など人物像の特定が難しいが純天使の強力な魔力が内に漲っていることをバルザードとウルスは感じていた。二人は互いに目を合わせ肩を竦めるしかない。
「【至光の剣】か……。俺達の班でこれだからな……会ったことはないが他の面子も凄いんだろう?」
「ええ。いずれも武勇に名を馳せた方々ですよ。但し、一部の天使と部隊長を除けば……ですが」
「部隊長か……。そういえば会ったことは無いな」
それまで黙って会話を聞いていたウルスだったが部隊長と聞きふと興味を持った。何せ命を預ける相手……このギリギリまで顔合わせも行っていないことには若干なり不安もある。
「部隊長は確か……聖女殿だと聞きましたが?」
「ええ。何年か前に力の覚醒が確認された方です。色々としがらみを経て家族でシウト国に亡命。その後自分の力を世の為に使いたいと我が神聖国に……」
「ほぉ……。聖女らしい動機ではありますが……」
「厳しい訓練を乗り越えて今に至るので実力は確かですよ。それに聖女としてのお力も……」
突然会話を止めたラフィールは何かに気付いたように西の空を見る。
「お二人共。どうやら部隊長殿が挨拶に来たようですよ」




