異常
ぼくはさっきまでお一人様、日曜日の朝から映画を見ていた。ラブロマンス、男一人で見るようなものじゃないと言われるかもしれない。ぼく自身がそう思っているのだが。家に帰りながらぐだぐだと考える。
なぜそんなものを見ているのかと問われれば、こう答えるのだろう。未だ人を好いたことがないからだと。映画などから人を好きになる方法を学んでいるのだと。馬鹿馬鹿しいと思うこともある。そんなことは人それぞれだと。けれどそうして切り捨てるのはおかしいのだ。なぜならば、数パターン、王道があるから。細かな違いがあり、感情の振れ幅も変わるのはわかる。けれど大きくまとめてしまうと、パターンと言えなくはないはずだ。つまり人はそこに惹きつけられて、感情移入できる要素があるのであろう。だから人それぞれであっても、人間が求めるものは同じなのではないか。
意識を思考から視線にもっていく。日曜日の、もう昼前か、人通りは多い。まあ多いと言っても真っ直ぐに歩いていても、そう人にぶつかることもないだろう。その程度。けれどそれぐらいでいい。だからできることがある。すれ違う人たちの関係性をぼくの主観で作り上げて、今どういう気持ちかを推測する。いや、勝手に関係を決めている時点で邪推か。所詮ぼくの中だけの話だ。どっちでもいいだろう。
すれ違う推定恋人たちを見かける。ぼくは女性と交際をしたことがないわけではない。ただ、今思えば実に失礼であったと思う。相手のことなど見ていない。けれど見ているフリはする。相手を想っているフリをして、どこに行くかを考えたりする。「君が喜ぶと想って」なんて安い言い訳だ。そこにあったのはぼくの好奇心だけだった。恋に恋するといったところだ。これも王道だろう。それに気付いたぼくは正直に、誠実に相手に伝えた。かなり怒らせたようだ。それ以来、ぼくは恋とは無縁である。
映画を見た後に毎度繰り返す思考を終えた頃に、ぼくは家に着く。普通の二階建のアパート。ワンルーム。角部屋でないことが残念だが。新規学卒者で就職して一年、ぼくの憩いの場である。ドアを開けるより先に、郵便受けに目が留まる。半分ほど差し込んである状態の封筒があった。ちゃんと奥まで押し込んでおけよ、そう悪態をつきドアを開ける。封筒を内側から引っ張り抜く。それをもったまま、冷蔵庫から麦茶を出してコップいっぱいに注ぐ。テーブルにコップを置き、封筒に目を向ける。宛名も切手もない。差出人は、堂 美春
まったく知らない名前だった。




