第5話「鎮火」
夜の東京。
さっきまでの熱が、嘘みたいに引いている。
それでも空気は少し重い。
焦げた匂いだけが残っている。
紅蓮女は、まだそこにいる。
座り込んだまま。
炎はほとんど消えている。
ただ、小さな揺らぎだけが胸の奥に残っていた。
ななが小さく呟く。
「……ほんまに、終わったん?」
ゆたかはすぐには答えない。
代わりに周囲を見る。
壊れた街。
荒れた感情の残り。
そして静けさ。
「終わり……やな」
神父が静かに言う。
「暴走状態は解除されています」
一拍。
「ただし、完全消滅ではありません」
人面犬が鼻を鳴らす。
「燃えカスは残るってことか」
紅蓮女が顔を上げる。
「私は……まだここにいていいの?」
その声は、もう燃えていない。
ただの人の声だ。
ななが一瞬迷ってから言う。
「ええんちゃう?」
ゆたかが軽く肩をすくめる。
「消す必要はないやろ」
一拍。
「怒りそのものが悪ってわけちゃう」
紅蓮女の目が揺れる。
「でも私は……壊しかけた」
神父が答える。
「制御を失っただけです」
一拍。
「存在そのものの否定にはなりません」
人面犬が笑う。
「まぁ、暴れすぎただけだな」
紅蓮女はゆっくり立ち上がる。
足元はまだ不安定だ。
それでも、倒れない。
ななが小さく言う。
「これからどうするん?」
紅蓮女は少しだけ黙る。
そして言う。
「わからない」
一拍。
「でも……怒りは、まだある」
ゆたかが頷く。
「それでええ」
一歩、前に出る。
「抑え込むもんちゃう」
「使い方の問題や」
紅蓮女が少しだけ目を見開く。
そのとき——
遠くで、微かな“揺れ”。
神父がすぐに反応する。
「……干渉です」
一拍。
「外部からの信号」
人面犬が顔をしかめる。
「まだ終わってねぇってか」
空気が一瞬だけ重くなる。
紅蓮女の胸の奥の炎が、わずかに反応する。
“コトッ”
何かが、戻ろうとしている感覚。
ななが気づく。
「これ……黒幕?」
ゆたかが静かに言う。
「せやろな」
紅蓮女が小さく震える。
「また……怒っていいの?」
ゆたかは一瞬だけ間を置く。
そして言う。
「ええで」
一拍。
「ただし、飲まれるな」
紅蓮女の炎が、少しだけ灯る。
今度は暴走じゃない。
意思のある火。
ななが息を吐く。
「……ややこしい世界やな」
人面犬が笑う。
「だから面白ぇんだろ」
遠くで、まだ何かが動いている。
それは終わりではなく。
次の始まりの気配だった。
■ 第11章 第5話 終




