第6話
日曜日。
「ダンジョンを始めるなら、ギアを揃えなくっちゃね」
というキリ先輩のお言葉により、奴隷1名も連れてお買い物に行くことになった。
ダンジョン用品の専門店は、市街からは少し外れた国道沿いにあった。
屋根から直角三角形が飛び出す不思議な形の店構え。朝10時、開店直後だと言うのに広々とした駐車場は7割方埋まっていて、ダンジョンという競技の人気をうかがわせる。わたしたちが自転車を停めた駐輪場にも先客が何台も並んでいた。
「へえー、これがダンジョングッズのお店かあ」となんとはなしに呟くと、
「グッズじゃなくて、ギアね。ダンジョンギア」
とキリ先輩に訂正される。
今日の先輩はオーバーオールにゆったりしたロンTのボーイッシュスタイルだ。Tシャツにデニムパンツという脳死コーデのわたしと違ってかわいらしい。わたしも高校生になったんだから、ファッションセンスも磨かなきゃなあ。
「ハハッ、ぬいぐるみだのアクスタだのでも持ってダンジョンに潜るつもりかよ」
そして無駄に煽ってくるのが鬼嶋である。
服装は金糸の刺繍を背負った特攻服という正気を疑う時代錯誤だ。「怒根嬢」ってどこの方言だよ。こんなやつに常識を語られたくはない。
「そうっすかー。ニコちゃん先輩みたいにかわいいグッズがあればよかったのになー」
「バカッ! 下の名前で呼ぶなつったろうが!」
「えっ、ニコちゃん先輩、どうしたんすか? ニコちゃん先輩はニコちゃん先輩っすよね? ニコちゃんにニコちゃんって言って何が悪いんですかー?」
「こら、ニコちゃんもアカリちゃんも、ふたりとも喧嘩しないの」
鬼嶋虹子をからかっていたらキリ先輩に叱られてしまった。
嫌味ではなくファンシーでかわいい名前だと思うのだが、不良道を歩む鬼嶋はこの名前がお気に召さないらしい。なお、キリ先輩がニコちゃんと呼ぶのは奴隷の主人としての特権である。キリ先輩曰く、二人は幼馴染で昔からの呼び名を変えるのには違和感があるんだそうだ。
「はーい、わかりました。……ちっ、鬼嶋のせいで怒られちゃったじゃん」
「このっ、呼び捨て……! はあ、もういいよ。そっちの方がマシだ」
二人してぷりぷりしながら自動ドアをくぐる。(キリ先輩はたぶん呆れ顔だろう)
今日はわたしのダンジョン用品――ギアを見繕ってもらいに来たのだ。
この前の試合では着の身着のままダンジョンに潜ったが、本当はあれこれと装備を整えるものらしい。鬼嶋が使っていたバイクや木刀はダンジョンギアだったってわけだ。
店内に入ると、カラオケのカウンターみたいな受付が待っていた。
お団子ヘアーの綺麗めのお姉さんが、「お手荷物をお預かりしますね。店内での紛失は保障しかねますので、貴重品もお預けください」と笑顔で声をかけてくる。
なんで買い物に入るのに荷物を預けなきゃならんのだ? と疑問に思ったが、キリ先輩も鬼嶋も素直に従っているのでそれに倣う。
「ではこちらを」と渡されたのは手のひらサイズの水晶玉だ。キーストーンって言ったっけ? 部室でダンジョンに入るときに使ったのと同じものだ。
そしてカウンター脇の通路を抜けると、奇妙な光景が広がっていた。
店内一面にリクライニングチェアがずらっと並び、その半分ほどに人が寝そべっているのだ。ちょっと考えて、「あ、本当の(という表現が正しいのかわからないが)店舗はダンジョンにあるんだ」と理解した。寝ている間にスリなどにあっては問題だから、荷物を預けるわけだ。
「こっちこっち、3つ並んで空いてるよ」
キリ先輩の手招きに応じてチェアに寝そべる。
「右側のスイッチでキーストーンが起動するから」
言われるがままに、肘掛けについていたボタンを押した。
これでダンジョン的な空間にワープするんだろう? さすがにもう学習したぜ。
「おお!」
しかし、切り替わった光景に、思わず感嘆の声が漏れていた。
そこは、まさしくアニメやゲームの武器屋や道具屋を思わせる空間だったのだ。
並んだ棚には剣や弓、斧や槍といった武器がかけられており、革や金属でできた鎧をまとったマネキンがいくつも立っている。カラフルな液体が詰まったフラスコや、用途のわからない道具も所狭しと陳列されていて、大勢の女性客がそれを品定めしている。
ダンジョン厳禁の我が家ではあったが、別に娯楽を禁じられていたわけではないのだ。ラノベ、漫画、アニメにゲーム、そういったものは人並みには通過してきている。目の前に広がるファンタジーな光景には胸が高鳴っていた。
あたりをキョロキョロとしていると、入場ポイントからすぐところに、大きな岩の台座に刺さった両手剣が展示されていた。柄から歯の根本にかけてドラゴンが絡みついたような豪華な装飾が施されている。
「あれって、よくある伝説の聖剣ってやつ?」
「抜けたらタダでくれるらしいぜ。ま、おめえなんかにゃ無理だろうけどな」
「マジか!? いってきます!」
抜くだけでタダになるなんて、なかなか太っ腹じゃないか。
試しに柄を軽く引いてみるが、びくともしない。
これは本気を出す必要があるな……と両の手のひらに息を吹きかけ、改めて全身の力を込めて引く。
「んぎぎぎぎぎぎ!」
か、硬い……! だけど、ちょっとぐらぐらしてきた感じがするぞ!
奥歯も砕けよとばかりに歯を食いしばって、「むうーん! ふううううん!」と唸りながら剣を引く。引きながら、刃筋に合わせて左右に力を込めると、台座も一緒にガタンゴトンと音を立てて揺れる。もうちょっと、もうちょっとな感じがする……!
「どらぁぁぁあああああああ!!」
絶叫と共に力を振り絞ると、手にかかっていた力が一気に軽くなった。
やった! 抜けたんだな! へへへ、これで伝説の聖剣はわたしのものだぜ!
獲得した戦利品を天に向かって掲げ……あれえ? なんだか軽いぞ?
変だと思って視線を上に向けると、そこには半ばから刃の消失した剣が天井の照明を反射して輝いていた。
「あれえ?」
台座には、柄のない刃だけが残っている。
「…………」
冷や汗がぶわっと出てくる。
「こ、これ、ここここれ……」
これって弁償だよね……伝説の聖剣っていくらするんだろ……。
折れた剣を片手に、恐る恐る振り返ると――
「ふふふふ……ご、ごめんね。で、でも、おかしくって……ふふっ、ふふふ」
「ギャハハハハ! 思いっきり引っかかってやがんの!」
キリ先輩がお腹を押さえて涙目に、鬼嶋はのけぞらんばかりに大口を開けて爆笑していた。
「え、なに? なに?」
わけがわからん。困惑していると、キリ先輩が息も絶え絶えに説明してくれた。
「こ、これはね、ジョークグッズで、引き抜こうとすると折れちゃうやつなんだよ」
「え?」
「ったくよお、試す前に値札くらい見るだろフツー」
「なにぃ!?」
再び振り返って台座を見ると、そこには『聖剣エクスオレター』という、しょーもない商品名がしっかりと書かれていたのであった。
くそっ、ぜんぜん上手くないのがまたイラっとするわ!
【おまけの補足】
聖剣エクスオレター:触れた人間の実力を感知し、全力を出すと折れるという無駄に高機能なジョークグッズ。老若男女、全力を出しきれば誰でも折れるぞ! レッツチャレンジ!




