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9.◆◇閑話1 私の知らないお話です。◇◆

 マルガリータは留守中の報告にとグロリエル辺境伯に呼び出されていた。

 時刻は夜。曇り空。マルガリータはあくまでアザリアの侍女長であり、忠誠心も彼女一人にしか向いていない。


 世間的には主君はあくまで辺境伯であり、給料を支払っているのも辺境伯。

 けれどアザリアにタムリン子爵家への関心が無かったとしても、マルガリータは前妻アマンダの事を忘れてはいない。彼女から娘を託された事もだ。


 勿論アザリアが実母に情を抱いてないとは言わない。だが桜花姫という前世が体に宿った事で、明らかにアザリアは達観し、老成している。

 未だ成人前でありながら、彼女が母を恋しいと思う事は無いだろう。

 今の彼女を見ていれば分かる。彼女にとって他人とは導くべき、背負うべき者達であって、対等の存在にはなり得ないのだろう。

 アザリアにとって、知恵も知識も借りるが、悩みは一人で解決するものなのだ。


(あの方は、他人に甘える事を無力の証だと思っているのですね。)


 仕草一つ一つが人目を意識している。常に完璧を求めている。

 肩の力を抜いているように見せて、心を許しているように見せて。

 全ての責任を、一切他人に求めない。八つ当たりをしない。


(あれ程周囲に当たり散らし嘆き続けていた頃が、まるで嘘の様です。)


 モーガンは今でも時々別人を疑っている。というより彼女にとってはアザリアは忠誠を誓う相手では無く、あくまで主人は桜花姫なのだろう。

 けれどマルガリータは昔からアザリアをずっと見て来た。

 アザリアの癖を、本心を隠す時の仕草を、癖を知っている。


 だから桜花姫がアザリアと同一人物である事を、一切疑う事が出来ない。

 あれは違う人生を歩んだアザリアだ。甘える事を捨てたアザリアだ。

 皆に希望を信じさせ、そのために全てを捨てたアザリアだ。

 全てを計算ずくで生きる事を決め、自分の幸せを全て捨て、他人の幸せを叶える事で自分を慰めて。けれど、何も果たせなくて。

 彼女は自分達が祖国の二の舞になる事を何よりも恐れている。


「……全く。あなたの庇護対象になりたくて仕えている訳では無いのですが。」


 呟く声は廊下に消える。聞く者がいないからこそ漏らせた愚痴だ。

 今更アザリアが幼かった頃の、失態を庇われた新人時代を思い出す日々が来ようとは思いもしなかった。


 とはいえ、悪い方向に向かっている訳では無い。というよりあまりに桜花姫の頃が悪過ぎたのだろうが。

 良くも悪くも恵まれている今の環境に、彼女はかなり戸惑っている。

 あと多分アザリアは自分が絶世の美女だと自覚してない。ここだけは要注意。

 裏で性別問わず墜としているのと、本人恋愛未経験者なのも要注意。


(ええ。まさか自分の私物を崇める侍女達が居るとは想像の埒外なのでしょうね。

 流石に不貞を働けるとは思えませんが。そういう問題では無いので。)


 侍女達の危ない目付きを思い出し、思わず拳を握り締めている間に執務室の前に辿り着く。深呼吸してから来訪を告げ、入室する。


「来たか。中々面白い事になった様だが、詳しく聞かせろ。

 そもそもあの鉄腕神父が教育係を引き受けるなど、何があってそうなった?」


 強欲伯。傲慢さが滲み出る様な眼差し、しかし確かにアザリアとの血縁を感じさせる淡い碧眼。とはいえ銀髪強面のグロリエル伯と比べれば間違いなくアザリアは実母寄りの容姿である事に、マルガリータは密かに安堵している。


 元々侍女長になって以来ずっと続いている報告役とは言え、マルガリータはこの時間を決して好んではいない。

 だがアザリアは別に止める必要も無いと、上下関係を気にしなくていいから父の方からの連絡事項も聞いておいて欲しいと軽く返されている。

 なのでアザリアが本邸に来て以降、マルガリータは必ずここで話した内容を余すところなくアザリアに報告し続けていた。


「成る程な。つまるところ、その加護が決定的だった訳か。」


 グロリエル伯の態度はアザリアと接する時以外、以前と変わらぬ尊大さだ。

 それはアザリア自身が周囲に気付かれぬよう表向きは変える必要は無いと言った事もあるが、同時にアザリア以外への態度を改める必要を感じていないのだ。

 単にアザリアに勝てず、従う事が利益に繋がると理解しているから。

 強欲伯の本質は、全く以前と変わっていないのだから。


「そちらは司祭様からは祝福であると伺っておりますが。」


 マルガリータはアザリアに不利益となる情報を伝える気は無い。

 だがグロリエル伯が自信を以て指摘した理由は気になった。


「ふ、お前は韜晦(とうかい)が下手だな。まあ良い。

 その様子では何故司祭が態度を変えたか、理解出来ておらんと見える。

 どうだ、興味があるなら教えてやらんでも無いが。」


 ニヤニヤと笑う辺境伯が主家を滅ぼした事を、マルガリータは忘れていない。

 死んだ中には顔見知りも身内もいるのだ。アザリアより優先すべきものでは無いだけで、恨みを失った訳では無い。

 本来であれば仇相手に頭を下げるなど真っ平御免だった。


「……司祭様にとって、信仰が優先されただけの話では無いと?」


「は、は、は。貴様は鉄腕神父を知らんからそう言える。

 あの者は所謂狂信者よ。派閥争いを嫌って出世を拒み、神聖魔法によってしか払えぬ悪霊退治のために各地を放浪し続けている。

 平時こそ模範的司祭の態度を崩さんが、国家より教会、教会より信仰を上に置き幾度と無くトラブルを起こしてもいる。

 奴は教会の意向などに従わんよ、勿論儂の様な領主に頭を下げるなど以ての外。実際奴は、儂が怨霊絡みの悪事を握り潰していると見て踏み込んで来た筈だ。」


 あっさりと見抜く、いや。それだけ有名な司祭なのか。

 であれば家庭教師を引き受けたのは、懐に潜り込んで探るためか。


「悪事の証拠を握るため、探りを入れるために頭を下げる?

 そんな融通の利く男ならそもそも今迄もっと上手くやっている。

 奴の頭の中には悪霊の存在を隠蔽している現場を掴む、その程度しか無かったと断言してやろう。

 そんな男が家庭教師だと?悪霊騒動というのはな、お前が思っているより当たり前に幾つも起きているものだ。毎年、王国の何処かでは必ずな。」


 それ自体は知っている。領地の人間でも一生に一度は目撃するだろう。

 悪霊とは結局魔物よりは希少なだけ、死者が関わっているだけの二次災害だ。


「悪霊退治を己の使命と定めた男が、特定の土地に長く留まると決めたのだ。

 単に悪霊を退治出来なかった、たかがその程度の理由であるものか。準備を整え後日挑めば良いものを、敢えてそうしなかった訳。

 ここまで言えば、見当は付くだろう?」


「司祭様にとって神の加護を持ちながら悪霊を宿したお嬢様を救い出す事の方が、他の悪霊を退治する事よりも遥かに重かった……。」


 マルガリータは息を呑む。指摘された上で『未来視の加護』という代物を思い出してみれば、確かに余程の事だろう。


(いえ、見様によってはこの加護があったから取り憑かれたとも思えますね。)


 特別な人間であったから。何らかの使命を帯びているのやも。

 そう考えるには十分な下地がある。

 だがグロリエル伯はそんなマルガリータの想像を嘲笑うかの様に付け足す。


「それで?お前はアザリア、いや桜花姫が抱える未練が分かったのか?」


「?何を言っているんですか?それなら最初に聞いたでしょう。」


「はははははははははは!これは傑作だ!オイオイ貴様、主を妄信するだけの女が主の支えになれると本気で思っていたのか?

 だとすれば時間の無駄だ!貴様は何も考えず人形に徹するがいい!!」


「なっ!あなたに何が分かるというのですか!」


 今迄アザリアお嬢様に碌な興味をもたなかった強欲伯が、一体人の気持ちの何が分かるというのか。歯軋りするマルガリータに。


「常識で考えろ。何故奴の領民達は未だに成仏していない?

 ()()愚民達が千年以上の歳月を、呪う対象が居なくなった今も漫然と留まり続けられるというのか?」


「――、そ、それ、は。」


「娘という人柱が居るというのなら、あ奴は何故千年以上も耐えられた?

 民を縛り付けているのは、怨念を抱えているのはむしろ、あの桜花姫とやらの方では無いのか?」


 嘲るような笑み。そんな筈は無いと怒鳴り散らしたいのを唇を噛み締め乍ら自制して反論の余地を探す。お嬢様は間違いなく皆の救いを望んでおられる。


「いいえ!私は確かに見ています!

 僅かなりとも〔破邪魔法(エクソシズム)〕が効果を及ぼした時に、喜びの笑みを浮かべた瞬間をはっきりと!あの方は間違いなく皆の成仏を望んでおられます!」


「ふむ。であれば、民の方か。」


「なっ……。」


 今度こそ絶句する。容易くあの主従関係を否定する様な言葉を口に吐く、この邪悪さを隠そうともしない領主に。


「驚く事はあるまい?あの娘が本心から下々の為に心を砕いているのだろう?

 皆が求める、理想の主君。誰からも愛される救い主。その魅力を知った上で一体誰が離れたいと思うのか、貴様の方が良く理解しているのでは無いか?」


「あ、あなたという人は……ッ!!」


「だから妄信だと言っている。お前もその死霊達と同じなのでは無いか?

 あの娘に従う事は、成仏するよりも余程魅力的だと。」


 ギリギリと歯軋りをするが、その全てがアザリアお嬢様を否定する言葉に繋がってしまう。何を答えても言い返せる気がしない。

 けれどもう、もしその通りだとしたら。


「理由も無く成仏出来ずにいるなどと思うな。何処かに原因がある。

 その原因を解決する手段を探るのを、まさかあの娘の忠実な臣である貴様が、娘の意に添わぬ事だとは言うまいな?」


 憎い。この男が。けれど否定する事も絶対に出来ない。


 マルガリータが共感するとしたら、間違いなく死霊達の方なのだから。

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