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ブラックスワン  作者: 木山碧人
第一章 復讐のリーチェ

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第30話 狼に衣

挿絵(By みてみん)





 12月20日、夜。マンハッタン某所にある、地下アジト。


 テーブルに置かれたコップが割れ、赤い液体がこぼれだす。


 こぼれたのは、もちろん血じゃなくて、トマトジュースだった。


「……」


 その光景を、ソファに座りながら見つめるのは、リーチェ。


 『無気力』と書かれた黒のTシャツに、紺の短パンを履いている。


 首元には、白い鎖で繋がれる、レンズの大半が欠けた金縁眼鏡があった。


「できましたよ……って、こぼれちゃってるじゃないですか!」


 すると、両手に皿を持った、黒いエプロン姿のジェノの声が響く。


 その皿をテーブルの隅に置き、割れたコップを近くの新聞紙で包んでいく。


「――私じゃない」


 不吉な予兆。嫌なことが起こる前兆。


 根拠はないけど、そんな気がしてならない。


 体調は良くならないし、気が重くなる一方だった。


「分かってますよ。……これで元通り。気にしないでご飯にしましょう!」


 ジェノは、台拭きでこぼれた液体を拭き取る。


 机に残ったのは、彼が作ったトマトスパゲティ。

 

 茹で上げられた小麦粉とトマトのいい香りがした。


「作ってもらって悪いけど、やっぱり食べられそうにないかも……」


 だけど、正直、食欲なんか湧いてこない。


 人をこの手で殺した日は、いつもそうだった。


 どんな極悪人が相手であろうとそれは変わらない。


 人の命を絶ち、未来を奪った事実は、心に残り続ける。


「むぅ……。文句は、食べてから言ってください!」


 だけど、何も知らないジェノは頬を膨らまし、言い放つ。


 フォークの柄の部分を突き出し、異論を挟ませないようにしていた。


「…………いただきます」


 そこまで強く言われたなら仕方がない。


 リーチェはフォークを受け取り、麺をすくう。


 料理なんて非効率的だけど、食べてみることにした。


(どうせ、味なんてしないんでしょうけど……)


 自分の体のことは、自分が一番よく分かってる。


 この後に起きる展開なんか、深く考えなくても分かった。


「――っ!!!」


 そう思っていたのに、異変が起きる。


 一口すすっただけで、脳がビリッと痺れた。


 得も言われぬ快楽。味覚が脳を貫いたような感覚。


 麺に絡まるトマトの酸味と甘味が、口いっぱいに広がる。


「……っっっ」


 止まらない。フォークを持つ手が止まらない。


 後からやってきた旨味とコクが、より食欲を刺激していく。


 トマトをよく知るからこそ分かる。この味は明らかに、いつものと違う。


「……ごちそう、さまでした」


 気付けば、麺はなくなり、完食。


 満足感が体に満ち、心はポカポカした。


 嫌な気分も少しだけ、晴れたような気がする。


「お粗末さまでした。どうです? 元気出ましたか?」


「ええ。今までこんな美味しい料理、食べたことないかも……」


「……? 今日はやけに素直ですね。仕事で嫌なことでもありました?」


 感情の機微を察したのか、ジェノはそう尋ねてくる。


 普段は鈍いくせに、たまに核心を突いてくるから、困る。


 今後のことを考えれば、隠し通すのにも、無理がありそうね。


 守秘義務はあるけど、言える範囲なら話してもいいかもしれない。


「標的の一人に、私の弟子だった人がいたの」


 切り出すのは、心を不安定にさせた張本人。


 世界中をともに旅をした、かつての弟子のこと。


 強さも能力も成長も性格も、全てこの目で見てきた。


 だからこそ、無視できない。情を覚えるには十分すぎた。


「元弟子、ですか……。僕以外にもいたんですね。それで?」


 複雑そうな顔をして、ジェノは話を受け止める。


 嫉妬か、同情か、はたまた、先の展開が読めたのか。


 いずれにせよ、話を切り出した以上、言うしかなかった。


「彼はとんでもなく強い。私や大統領と肩を並べるぐらいの実力を秘めている。そんな相手が敵になったの。もう、あなたを守り切れる自信はないわ。だから、事が収まるまで遠くへ逃げて欲しい。その間に必ず仕事は終わらせるから」


 述べたのは、ある意味での戦力外通告。


 脳のキャパシティは、完全にオーバーしている。


 初心者を守りながら戦えるほど、甘い状況じゃなかった。


「僕は足手まといってわけですか……」


 ジェノは、発言の本質に気付き、要約する。


 この子の理解力は高い。育てれば、絶対に伸びる。


 だけど、ゆっくり育てられる余裕がなくなってしまった。

 

 そのための、疎開。戦争が終わるまで、遠ざけておきたかった。


「残念ながら、その通りよ。……話はこれで終わり。納得してくれた?」


 この問いにきっと意味はない。


 そう思いながらも、尋ねていく。


「……納得、できません」


 すると、思った通り、ジェノは不服を申し立てる。


 本題はここから。頑固な弟子をいかに納得させるかの勝負。


「でしょうね。どうすれば納得してくれる?」


 面倒を見ると約束したし、付き合うしかない。


 問題は、どんな無茶苦茶な要望を言われるのか。


 何を言われても動じない覚悟をもって尋ねていく。


「教えてください。聖遺物レリックとか、白銀とか、元弟子のこととか、全部!!!」

 

 そこでようやく、ジェノを納得させる条件が見えてくる。


 これなら問題ない。後は、全力で不満を解消してあげるだけだった。

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