第29話 矛盾②
目の前に立つのは、茶髪の男。ディーノ。
マランツァーノファミリーの幹部的な男だろう。
手には小さな鍵を持っており、こちらの手錠に差し込んだ。
「――」
カチャリと音を立て、手錠は外れ、地面に落ちる。
余計なお世話だったが、こちらの戦う準備は整った。
「悪いがドンの命令だ。痛い目、見てもらうぜ」
ディーノは一歩下がり、俗っぽい台詞を吐き、拳を構えた。
得物を構えるような素振りはなく、素手で戦うつもりのようだ。
恐らく、まともな武器を持たない、こちらに合わせているのだろう。
正直、好みの展開ではあった。拳と拳で優劣を決める、知性のない世界。
「……聖遺物で来い。それなら、お前にも勝ち目がある」
ただ、素手での喧嘩は、こちら側があまりにも有利。
結果が分かり切った勝負ほど、つまらないものはない。
だからこその提案。喧嘩を楽しむためのお膳立てだった。
「……」
ディーノは飼い主に視線を送り、カモラは無言で頷いた。
やれやれと言った様子で、ディーノは懐に手を入れ込んでいく。
「我が矛は鋭きこと魔剣の如く、我が盾は堅きこと金剛の如くなり」
そして、詠唱により、懐から取り出した、緑色のアルマジロが発光。
直後、現れたのは赤い矛と緑の盾。いや、矛が後ろから盾を貫いている。
まさに矛盾。矛と盾が一体となった、攻防一体型のシンプルな聖遺物だった。
「身の程知らずのお前に、ハンデとして、一つ良いことを教えてやろう」
聖遺物を持ち、いい気になったのか、ディーノは語り出す。
新しい玩具を買い与えられた子供が、はしゃいでいるようだ。
聞いてやるまでもなく、こちらから仕掛けてやっても良かった。
「なんだ」
ただ、喧嘩にも礼儀というものがある。
理性なく、殴りかかれば、動物と同じだ。
聞くに堪えないが、聞いてやることにした。
「俺の矛は万物を貫き、盾は万象を防ぐ。最強で最硬の聖遺物だ」
盾部分を撫でまわし、ディーノは告げる。
相手の言葉を真に受けるなら、確かに脅威だ。
矛を防ぐ手立てはなく、盾を打ち破るのは厳しい。
武器を持たない相手に対し、粋がれる性能ではあった。
半端な実力しか持ち合わせていなければ絶望的状況だろう。
謝辞の言葉を並べ立て、降参して、命乞いするのも一つの手だ。
「だから、どうした?」
ただ、それは才のない、凡夫のやることだ。
拳で打ち勝つ自信があれば、恐るるに足りない。
「素手じゃ、天地がひっくり返っても勝ち目がねぇって言ってんだよ!!」
ディーノは声を荒げ、矛の刃先を突き出す。
なんの捻りも工夫もない、性能頼りの突きの一撃。
しかしながら、攻撃は攻撃。それが開戦の合図となった。
「……俺はそう思わない」
対する徒手空拳のアンドレアは、渾身の右拳を放つ。
普通なら、矛先を避け、使い手本体を狙うのが、ベスト。
だが、アンドレアの狙いは常人の思考とは程遠いものだった。
「な――っ!」
ディーノは目を見開き、驚きを隠せない様子。
それもそのはず。拳は、矛先に突き刺さっていた。
狂気としか思えない振る舞い。常軌を逸した、愚行。
(さすがは、聖遺物といったところか。だが――)
拳は血で溢れ、銅鑼を鳴らしたような金打音が鳴り響く。
説明通り、硬い。一発で仕留めるつもりが、止められてしまう。
「壊れるまで打ち続けるまでだ」
アンドレアは怯むことなく、拳を引き抜き、構え。
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。
筋肉の躍動による暴力の塊が無数に打ち込まれていく。
「待て待て待て、どうなってんだ、お前の体はっ!!?」
ディーノは異常に気付き、声を荒げている。
気付いたところで意味はない。止まるつもりはない。
なぜなら、拳の傷は斬られる度に超速で回復しているのだから。
「……ギアを上げる。最強と最硬を誇るなら耐え切ってみせろ」
それを機に、速度はさらに一段階増していく。
拳は衰えを知らず、怒涛の勢いで矛盾に降り注いだ。
「やめろ、やめろ――――っ!!!」
自信の喪失。ディーノの心にはヒビが入る。
それに呼応するように、矛盾は歪み、軋み、割れ。
砕け散る。残ったのは、拳に怯えるディーノのみだった。
「終わりだ」
そう一言添え、放たれた拳は、
「――おごっっ!!?」
敵対者の胸を貫き、大量の血飛沫を上げる。
矛盾の強さと、矛盾の弱さが証明された瞬間だった。
「………………な、な……ぜ、だっ!?」
致死量の血が溢れ、絶命する刹那、ディーノは疑問をぶつける。
舐めた態度を取り、慢心したチンピラの末路。答える義理はない。
だが、漢として散る、彼の生き様には敬意を評さなくてはならない。
「悪いが俺は破壊と再生の加護を持っている。矛盾してるのはお前だけじゃない」
両手に巻かれた包帯が落ちていく。
見せるのは、右手の甲にあったもの。
それは、自らの尾を食らう、蛇の刺青。
魔眼による加護。もう一つの矛盾だった。




