第79話 魔王様、怒る
一目見た時、そこにたくさんの人間がいるように見えた。しかし、その者たちの身体は半透明に透けていて、正常な姿ではない。
「これはゴーストではありませんね。普通の死霊ですね」
言わば、肉体という器が朽ち果て、魂だけになった姿のことだ。ゴーストは元々死霊が魔素の影響を受けて、魔物化するものだからな。どうやら我の回復魔術を受けて、何故かゴーストが失った死霊としての魂を取り戻してしまったらしい。
おかしい。これはもはや回復魔術の範疇を超えている。いや、蘇生の類いだろう。おのれ! 回復魔術を極める道は、なんと険しいのか……。
『ここは?』
正気を取り戻した……と表現するのが正しいかどうかわからぬが、魔物化から脱した死霊たちは辺りを窺う。その1人が40代ぐらいの男の死霊であった。一体何が起こっているのかわからず、ただ辺りをキョロキョロしていると、不意に声がかかった。
『お父さん?』
『え?』
男が振り返った先には、如何にもその娘らしき少女が立っていた。すでにその目から涙を流し、見つけた父をヒシッと抱きしめる。
『お父さん! 良かった!』
『お前、こんなところにいたのか? ……あっ!』
『あなた!』
今度は40代ぐらいの女の死霊が男の方を見つめている。男の女の姿を見て、はたと何か気づいたらしい。
『お前もいたのか?』
父と母、そして娘が揃い、お互い抱き合う。その周りで死霊たちが拍手を送り、その再会を祝福していた。先ほどまでゴーストが動き回る化け屋敷となっていた洞窟が、一転して暖かな空気に包まれる。潮騒の音すら、家族の再会に拍手を送っているかのようだった。
「これは海の家の店主が言ってた話ッスかね?」
「多分きっとそうだよ」
ハーちゃんは泣いている。
正直、我にはハーちゃんが泣いている意味も、死霊たちが喜んでいる意味もわからなかった。
娘を助けにいった父も、母も、そして彼らを救出しようとした者たちも、この洞窟で亡くなり、そしてゴーストとなった。隣に家族がいることも知らずにだ。それは悲しいことなのではないか。本来なら、この拍手は生きている時にこそふさわしいのではないだろうか。
「みんな、何故喜んでいるのかわかりません。ここは悲しむところではないのですか?」
呟くと、ハーちゃんもネレムも少し驚いてから、我に向かって微笑んだ。
「そうだね。本当なら生きて会いたかっただろうけど……」
「そうっスね。それが1番です。でもたぶん、あの親子が願ったのは『生きて会う』ってことじゃなくて……」
もう1度会いたいってことだったんだと思うッス。
それが本当のことなら、我は喜んであの者たちを祝福しよう。でも、それが最善ではなかった以上、我はそう思えぬ。ふむ……。もしかして我のこの考えは間違っておるのだろうか。我は大魔王ルヴルヴィム。だからこそ欲深い。故にあの者たちの心境を理解できぬのかもしれぬ。
(身体は人間でも、まだ我は大魔王のままなのだな。回復魔術を極める道はまだまだ遠そうだ)
我は下を向く。
すると声が聞こえた。
『ありがとう』
顔を上げると、少女がこちらを向いて立っていた。少女だけではない、その両親、関わった者たちが我らの方を向いて笑っていた。
すると、サラサラと金色の光へと変わっていき、空へと上っていった。
「昇天したのですね」
「笑ってたね、あの人たち」
「ええ。感謝の言葉もかけていただきました」
そして、我にはそれが何故か、励まされているようにも思えた。
いかんな。かつて大魔王といわれた者が、あのような力なきものに激励されるとは……。
(心配するな……)
我は諦めはせぬ。我はもっと努力するし、あの者たちの心境を理解できぬなら、理解できるようこれからも考え抜く。大魔王だからなどと言い訳はせぬし、宿業から逃げはせぬ。己の人生を否定するものに、何も生み出せぬことは我はよく知っているからだ。
「すっかりゴーストがいなくなったね」
「これもルーちゃんのおかげだね。ゴーストを払うんじゃなくて、成仏させてあげるなんて。課題に書いたら、きっと教官も喜ぶと思うよ」
「ええ……。そうかもしれませんね」
「ルーちゃん、どうしたの?」
「……ネレム」
「は、はい」
「ハーちゃんを連れて、先に洞窟を出ていてください」
「ルーちゃんはどうするの?」
「私は少しここを調べたいと思います。すぐに追いつきますから。ご心配なく」
「わかりました」
ネレムはハーちゃんの手を引き、洞窟の入口へと引き返していく。
ハーちゃんは最後まで心配そうに我の方を見つめていた。
(心配しなくてもいいですよ、ハーちゃん。すぐに済みますから)
我はハーちゃんの姿が消えるまで、笑顔で見送った後、くるりと振り返った。
ゴーストもいなくなった洞窟の中心で、周囲を窺いつつ、叫んだ。
「いるのはわかっていますよ」
直後だった。
洞窟全体が震えた瞬間、突如地面に穴が空く。その数は12。さらに穴から現れたのは、足だった。人間の足でも、まして肉球のついた動物の足でもない。足は足でも、それは触手に近いものだった。
触手は我に襲いかかると、あっという間に縛り上げる。我が細い肢体は、ギリギリと悲鳴を上げた。
「ぐっ!」
『ぐはははははははは!!』
笑い声が響くと、地面に大穴が開く。
現れたのは、巨大は烏賊だ。
「魔王イカか……」
『久しぶりだな、大魔王ルヴルヴィム』
「ほう。我が大魔王だとわかるのか?」
『噂は聞いている。人間に転生したとな。馬鹿なヤツだ。魔王を辞めて、そんな脆弱な身体に身をやつすとはな。転生などせず、玉座でふんぞり返っていれば、今も魔王として君臨できたものを』
「まったくユーリといい、お前といい。何故、魔王の玉座を欲しがる。そんなに欲しければ、力尽くで奪えば良かったのだ」
魔王イカは「海の覇者」という異名を持ち、海の魔物界の中では名の通った魔物の1匹だ。我は眼中になかったが、魔族とは総じて不仲でよく海の覇権を巡って相争ってきた。
よもやまだ1000年経った今でも、こんな洞窟で生きていたとはな。
『それができれば苦労しねぇよ。だが、今は違う。てめぇの身体は人間だ。あの時の借りを返させてもらう』
魔王イカの片方の目には、大きな傷がついていた。1000年以上前、1度我が海にいった際に、魔王イカにつけた傷だ。
『死ね! ルヴルヴィム!!』
魔王イカは口を開けると、そこから最後の触手を解き放つ。1本のスピアのように飛び出し、我の方に向かって行った。
ズザッ!!
その音は我を縛っていた魔王イカの触手を破った音だった。さらに我は魔王イカから解き放たれたスピアのような触手を受け止める。
「魔王イカよ。1つ質問させよ。洞窟に入った娘――人間たちを殺し、ゴーストにしたのはお前か?」
『誰がてめぇなんかの質問に――――げぇぇええええええええ!!』
我は魔王イカから伸びた舌を踏んづける。
「今日の我は機嫌が悪い。答えろ」
『あはははははは! もしかしてお前、人間たちに同情してるのか? 元大魔王のお前が……!』
「それがお前の答えなんだな?」
『はっ! お前だって散々人間をもてあそんできた口じゃねぇか!』
「黙れ。質問は1つだけだ。さあ――――」
回復してやろう……!
我は千切り飛ばした魔王イカの触手を回復させる。我の回復魔術は魔王イカの力を肥大化させた。
『な、なんだ。この力は……。すげぇ! すげぇぞ! これならお前を……いや、1000年前のお前だって殺せるるるるるるるる!!』
そして、魔王イカは当然の如く、我の命を奪いに来た。
ゴスッ!!
我の拳が魔王イカの触手をかいくぐり、その身にヒットさせる。次の瞬間、魔王イカの身体は吹き飛んでいった。
「お前と我を一緒にするな。我は人間を玩具にしたことは1度もない。我はいつもヤツらを戦う相手として接してきたつもりだ」
魔王イカの肉片がついた拳を見ながら、我は呟く。
◆◇◆◇◆
ドン!
爆音とともに光が筋を描いて、空へと上っていく。一瞬の静寂の後、空に大輪の華が咲いた。賑やかな歓声が上がり、拍手が送られる。
我らの顔にも、赤、白、緑の光が映った。
「綺麗ですね」
「そうだね」
「やっぱ夏は花火に限るッスね」
お面を被り、手に林檎飴を握って夏を難詰しているネレムが嬉しそうに声を上げる。
しばし夜空に浮かぶ花火を見つめていると、海の家の店主がやって来た。
「お嬢ちゃんたちのおかげで、花火大会を開催できたよ。ありがとよ」
我らに礼を言うと、また海の家に戻っていった。今夜も大盛況のようだ。
「よかったね、ルーちゃん」
「ええ」
我は再び空で花開く花火を見つめる。
一瞬、光に映り込んだ時、あの親子の姿が見えたような気がした。







