第78話 ゴーストと会敵する
夜になり、我らは泊まっている宿から再び浜辺へやってきた。宿は海の家の主人の知り合いが経営している宿屋で、ゴースト退治のことを聞き、無料で泊めてくれるという。
元々どこかに宿をとるつもりだから、手間も宿賃も省けた。マリルからもらった宿泊費は、お土産代にしよう。
そんなことを考えながら浜辺に到着し、ゴーストが出るという海岸端の洞窟へとやってくる。
夜の海も薄気味悪いが、夜の洞窟もさらに薄気味悪い。幸いヒカリゴケがびっしり生えていて、さほど暗さは感じないが、背後から聞こえてくる漣の音がとても不気味だった。
「海の家の話では、この洞窟は『魔物の口』って言われてて、入った人が2度と出てこない曰くがあるらしいんス」
「普段立ち入り禁止にしてるそうですね」
「ええ。娘を捜しに中に入った父親が出てこなくなって、さらに捜しにいった母親もでてこなくなったって。もう100人以上も行方不明になってるらしいッスよ」
「ちょっと怖いね」
洞窟の天井を見ながら、ハーちゃんが声を震わせる。我は当然問題ないのだが、年頃の娘にとっては薄気味悪い場所だ。
「大丈夫ッスよ。何かあっても、あたいと六郎丸が守るッス。な、六郎丸!」
というと、ネレムが連れてきた使い魔が、シャベルを掲げる。ネレムの使い魔はミニワーフだ。小さくとも力持ちで、どんな岩盤にも穴を掘ることができる。たとえ我らが生き埋めされても、ミニワーフがいれば安心というわけだ。
ちなみにミニワーフは鋭い瞳と、針金のようなひげ面をしていて、決して可愛いとは言えないのだが、ネレムは「六郎丸」と名前を付けて、可愛がっている。名前の由来は内緒だそうだ。
さすが、穴の中だけあって、六郎丸はテクテクと穴の奥へと向かっていく。心強い味方だ。
我もケルを連れてきたいところだが、昼からずっと寝入っていて、テコでも動かぬ。よっぽど何か疲れていたのだろう。もしや我に隠れて、秘密の特訓でもしているのかもしれぬ。ああ見えて、執念深い使い魔だからな。今もなお主人の寝首を狙っているのかもしれぬ。さすが我が使い魔だ。
ちなみにハーちゃんのペガサスは、身体が大きすぎて、洞窟に入らずお留守番となった。
「残念でしたね、ハーちゃん」
「仕方ないよ。……そういえば、エリアナさんを宿に置いてきたけど、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、エリアナなら」
エリアナは沖の方に流されながら、夕方には戻ってきた。こちらもよっぽど疲れたのだろう。そのまま爆睡し、今も宿のベッドで寝ているはずだ。
『お……。んん……』
「る、ルーちゃん! へ、変な声出さないでよ」
突然、ハーちゃんは叫ぶ。
「私じゃないですよ、ハーちゃん」
我は指差す。
すると、岩の隙間、あるいは壁、天井から何かぬらりと半透明の顔のようなものがあらわれる。それは尾を引きながら、空中を浮遊すると、あっという間に我らを取り囲んだ。
「こ、これがゴースト……! なんて数だよ」
「100、いやそれ以上いますね」
「ビビることはねぇ! やるぞ、六郎丸。………………六郎丸? 六郎丸どこだ?」
気勢を吐いたネレムだったが、当の使い魔――六郎丸の姿がない。振り返ると、六郎丸が地面に穴を掘って、隠れようとしている最中だった。
「六郎丸! 自分だけ逃げるな!」
「あれ??
「キャッ!」
ハーちゃんは悲鳴を上げながら、かろうじて襲ってきたゴーストを避ける。尻餅をついたところに、別のゴーストが襲いかかってきた。
「【浄火】!」
我は浄化魔術をゴーストにぶつける。
光る炎を浴びたゴーストは、バターのようにとけると、天に召されていった。
使えないことはないが、回復魔術と同様に聖女が使う神聖属性の魔術はどうも苦手だ。人間になっても、あまり出力が上がらないところを見ると、やはり宿業が大魔王であることが原因なのだろう。
「大丈夫ですか、ハーちゃん」
「うん。ありがとう」
ハーちゃんは嬉しそうに我の手を取り、立ち上がる。
それにしてもなかなか数だな。
海の家の主人が数まで把握していたとは思えぬが、ひよっこの聖女に任せるのはちょっと無理がないだろうか。ゴーストだから質量的な戦力差は感じないものの、これが100体の魔物だとしたら結構な戦力だぞ。……いや、もしかして本物の聖女は、この10倍、あるいは100倍ぐらいの数を相手取っているのかもしれぬ。
なんと人間の聖女は、大変なのだな。我がなかなかその高みに追いつけぬわけだ。
「相手は私たちと相性がいいゴーストです。怯むことはありません。落ち着いて、力を合わせれば私たちでも対処できるはずです」
「姐さん! わかりやした!」
「うん。頑張ろう!!」
ゴーストの群体を見て、怯んでいた2人の士気が戻る。我のアドバイス通り、2人は【浄火】を使って、ゴーストたちを駆逐していく。
ハーちゃんもネレムも、夏季休暇が始まるまでたっぷり実践訓練をこなしてきた。我ほどではないが、それなりに修羅場も超えている。3人で落ち着いてやれば、教官殿がいなくてもゴースト退治など目ではない。
「この調子です。2人とも油断だけはしないようにしてください」
「キャッ!」
言った矢先から、ハーちゃんの悲鳴が響く。
我は振り向きざまに、ハーちゃんの援護をしようと【浄火】を構える。しかし、立っていたのは3人組の男だった。
ん? あやつら、昼間に我をナンパした男たちではないか。どうしてこんなところに? もしやこやつらもゴースト退治にやってきたのか?
「ガアアアアアアアアアア!!」
およそ人の叫び声ではなかった。
まるで獣みたいに声を上げると、我らの方に襲いかかってくる。
「な、なんだ、こいつらの力……! なんかこいつら尋常じゃないですよ、姐さん!」
「もしかして取り憑かれてる?」
どうやらハーちゃんの言うとおりのようだ。力が強いのは、我の回復魔術のおかげだろうが、我は回復させただけで獣にしたわけではない。
何故こやつらが洞窟にいるのかはわからぬが、ゴーストに取り憑かれているのは間違いない。
「どうしよう。ゴーストを追い払う魔術なんて習ってないよ」
神聖属性には、【戒霊】という取り憑いた怨霊を取り払う魔術が存在する。しかし、これはまだ授業で習っていない魔術だ。回復魔術以外の術理を極めている我は使えるのだが、出力が大きすぎて、悪霊ごと男たちの魂まで払ってしまうかもしれない。
くっ。極めすぎた弊害がこんなところに出てくるとはな……。
しかし、このままでは我らがゴーストに乗っ取りかねない。かといって、このまま【浄火】を使い続ければ、取り憑いた人間の魂も傷付ける恐れがある。
む。どうする? 攻め手がなくなってしまった。
「いや、攻め手がないなら、守り手を使うしかない」
そうだ。我には圧倒的な守り手の力があったではないか。今、ゴーストに取り憑かれている男たちは、身体に損傷しているといっても過言ではない。ならば、我としてはやるべきことは1つ。
回復してやろう……。
カッと洞窟が白く光を帯びる。
眩い光に、男たちはおろか周りにいたゴーストすらかき消されていった。
暴力的な光に少々目がチカチカする。
だが、我は手応えを感じていた。
光はやがて止み、元の洞窟に戻る。
我が目を開けた時、男たちが洞窟の地面に倒れていた。ネレムとハーちゃんが意識を確かめる。
「寝てるだけッスね。どうやらゴーストが払われたらしいッス」
「良かった…………って!」
「どうしました、ハーちゃん?」
突然ハーちゃんが固まったので、我は後ろを振り返る。
そこにいたのは、沢山の人影だった。
いや、普通の人間ではない。よく見ると、半透明で透けてみえる。もしかして、こやつらは元ゴーストか。
ということは、これって我の回復魔術でゴーストが……。
「「「か、回復してるぅぅぅうううう!!」」」






