第86話 聖クランソニア学院かちこまれる?
聖クランソニア学院の〝番長〟がルブルであると聞いた瞬間、リリスの目の前は真っ暗になった。
ルブルは王都に来て初めての友達。
リリスの唯一の希望……。
それ故に信じがたかった。
リリスの目から見て、ルブルは虫も殺せない――まさに聖女のような少女だった。
そんな人間が〝番長〟だなんて何かの間違いとしか思えなかった。
「ジャアク……」
ふとリリスはガルナから聞いたルブルの渾名に注目した。
先ほども言ったが、ルブルはこの世に降臨した聖女のような人間だ。
美しく、優しい。清らかという言葉を形にしたような神々しい姿をしている。
そんな人間を「ジャアク」と呼ぶのは何故か。
リリスからすれば、いじめられているとかし思えなかった。
聖クランソニア学院の生徒の多くは、貴族だと聞く。
ルブルも子爵であることは名前からしてリリスも認知していたが、下位の貴族でも人間扱いされないと噂で耳にしていた。
仮にルブルがそうした貴族から虐げられ、「ジャアク」という渾名を与えられて、〝番長〟なんて野蛮な役を押し付けられているとしたら……。自分に向けられたあの天使のような笑顔の裏に、そんな苦難を抱えているとしたら……。
そう思うと、少しゾッとした。
同時に、リリスの中に怒りと使命感が湧き上がる。
なぜなら、今抱えているルブルの心の痛みをわかってあげられるのは、自分しかいないと思ったからだ。
「ここにいましたか、〝番長〟」
声をかけたのは、ガルナと同じくリリスの親衛隊であるセスカ・リィン=ノクテルだった。
黒髪のボブに、丸眼鏡。
手には常に分厚い辞書のような魔導書を持ち歩いている。
頭にはもはやノクス・マギア魔女学院では形骸化している三角帽子を被り、紫色のアンニュイな瞳をリリスに向けていた。
セスカはノクス・マギア魔女学院では珍しい、真面目な委員長タイプの人間だ。
けど、持っている魔導書の中身はド下ネタで溢れ返っていることを、リリスは知っている。そのため、禁書扱いされていて、セスカ自身も界隈では有名な危険人物とレッテル張りされていた。
「ケケケ……。いたいた。探したよ、〝番長〟ちゃん」
他の親衛隊たちが敬語を使う中、同じくリリスの親衛隊の1人ミュリ・カラミティが気さくに話しかけてくる。
小柄な身体。白髪のツインテール。ちょっと眠そうな垂れ目と、幼児体型。
お人形さんのような可愛さは持つが、性格は残忍極まりない。
以前、ある学校と諍いがあったとき、負けて帰ってきた生徒を、死霊術で召喚したゾンビを使って、倒れるまで追いかけ回らせていたのを、リリスはこの目で見ている。単純な恐ろしさから考えれば、以前の〝番長〟よりも怖い生徒だった。
ぞろぞろとリリスを中心に生徒が集まってくる。
それまで聞く側だったリリスは、初めて質問した。
「ガルナ、そのルブル・キル・アレンティリっていう奴は、なんでジャアクなんて呼ばれているんだい?」
「え? そりゃあ、めちゃくちゃ怖いからじゃないですか? きっと悪魔のような生徒なんでしょうぜ。まあ、リリス〝番長〟ほどじゃねぇですけど」
「そんなことはない!!」
リリスはつい叫んでしまった。
自分のことはまだいい。
でも、友達のことを悪く言われるのは我慢できなかった。
それが王都で会った唯一の友達なら尚更だ。
リリスはキッとガルナを睨む。
〝番長〟の鋭い視線に、ガルナは冷や汗を流すしかなかった。
「それはお前の推測だろ。なんでちゃんと調べないんだ。相手は向こうの〝番長〟なんだろ!」
「へ、へい! すいやせん。……じゃあ、早速――――」
「いいわ。あたいが直々に確認するから」
瞬間、周りがざわついた。
思いも寄らぬ生徒たちの反応に、リリスは我に返る。
(あれ? リリス、何か悪いこと言った?)
目をしばたたいていると、ガルナがパンとリリスの肩を叩く。
今までの中で一番の衝撃のおかげで、肩が外れそうだった。
「さすがはリリス〝番長〟! 〝番長〟自ら、かちこみってわけですね」
「へっ? か、かちこみ????」
リリスは思わず目を点にする。
「このタイミングですか。我が輩の予想を裏切るとは……。さすが、〝番長〟です」
「やった! かちこみ! かちこみ!!」
セスカもミュリもノリノリだ。
他の生徒たちも、まるで戦争が始まることを喜ぶ戦士のように喜んでいる。
早速、手に持ったナイフ――もとい水晶玉を磨き始める生徒もいた。
みんなが盛り上がる中、1人取り残されたリリスは呆然とする。
「ガルナさ――ガルナ! かちこみって?」
たぶん、不良の用語だと思われるが、田舎娘のリリスには縁遠い言葉だ。
何より、その語音には不吉なものを感じる。
「やだなぁあ、リリス〝番長〟。そんなの決まってるじゃないですか。聖クランソニア学院に挨拶しに行くんすよ」
な、なんだ~。あいさつかぁ~。
リリスは安心したかったが、そのとき見せたガルナの凶悪な顔は、どう見ても挨拶以上のことが起こるとしか思えなかった。







