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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
50/63

二章 21夢 拒絶

「――――」


 誰かが呼んでる。

 気がするじゃない。多分じゃない。確かに誰かが呼んでいる声がする。


 ――――誰だろう。お父さん?

 違う。女の声に思える。

 ――――お母さん?

 違う。もっと若い。高い声。


 ――――あっ……耳が聞こえてる。

 当たり前のことが当たり前であること。遅ればせながら気がついた。

 聴覚が生きていることを、『ユミ・ヒイラギ』は気がついた。


 ユミは残りの四感を確認する。

 うっすらと開けた先に、見覚えのある景色。視覚からは天井が覗けた。

 ――――ここは……『寝室』、かな。

 揺さぶられている。触覚は様々を伝えてくれる。

 ――――ベッドの上……間違いない。

 ふかふかな感覚と太陽の香り。臭覚から抜けて詳細が知れた。

 ――――……うへぇ。

 独特な口内の違和感。味覚は敏感にも苦しめる。


「――――様」


 ――――この口調……。

 指し示す場所と敬称。

 そしてユミは確信する。『リダイアル』させられたことを。させられた元凶の元凶がすぐ近くにいることを――。


「――様。ユミ――」

「――やめてっ!!!!」

「――――!!」


 ユミは突き放した。強い言葉と共に、意識は覚醒した。

 目を見開き、見据えた先の『兎』をこれでもかという勢いで、両腕を使って押し飛ばした。その勢いのまま、一目散にベッドから飛び出す。拒絶反応のように距離を取る。足がもつれながらも何とか壁にたどり着き、壁を背にし、跳ね上がっている生きてる証――心の臓がうねり狂う脈動を、手で押さえ込む。

 だが、落ち着けない。どんなに呼吸を整えようとしても、乱調は止まらなかった。抑えようにも抑えきれない。吐き気がする。えずきが繰り返される。

 鼓動が聴覚を支配する。視覚が揺れて視野を狭める。

 心身共々疲弊しきった状態のユミ。それでも兎――アルメリアに向ける拒絶だけは、抑えることなく放たれていた。


「……ゆ、ユミ様? どうされました?」


 あまりにも突然のことで、アルメリアは驚いている。表情はどことなく崩れていた。

 ユミに押された勢いのままに、床を転げたアルメリアだが、華奢な体を見事に使い、受け身を取っていた。ダメージは皆無。

 身を案じてか、ゆっくりと近づいてくる彼女に対して、


「……こ、こないで……こないでよ」


 ユミは悲痛な声を上げながら、次に手当たり次第にものを投げつけ始めた。

 飛び出した物々が不協和音を奏で、辺りを散乱する。

 ――割れる。

 ――壊れる。


 ――――死ぬ。


「いや……いやだ」


 物がなくなると、次は震える足を動かし始める。

 力が入らない。思うように言うことが聞かず、前のめりで倒れ込む。それでもそれなら腕だと――這いずって、後退りになって、壁にぶち当たって、壁に助けを求めて――そんな逃走するユミの姿は滑稽で、あまりにも無様であった。


「ユミ様。()()……ですか?」


 手が差しのべられた。ユミの目の前にアルメリアの手が差し向けられた。


 まるで悪夢だ。逃げても、逃げても、迫り来る。こっちの気持ちも知らずに、無表情と、かわいいの象徴と、優しい語りかけ――いつものアルメリアであるはずなのに、その全てが恐怖の象徴にしか見えない。そんな彼女の手を取ることなど出来やしない。その奥はまさに悪。悪兎(あっと)と呼べる。

 ユミはそんな悪兎を必死に追い払うように手を弾き飛ばして、また逃げた。


 ようやくたどり着いた寝室のドアノブ。ガチャガチャと必死に回して部屋を出る。


 ――舞台は客間へと移る。


『ユミ様ー! 一体、どうされたのですか! ()()()()()理由を()わせてくれませんか? 私はユミ様の侍女です。あなた様のためにいるのです』


 ドンドンと、ドアを叩く音が鳴り止まない。耳を塞ぎ、体を丸く使ってドアを封じこめる。それでも「ユミ様ー!」と何度も、何度も、悪兎の声が体に、心に響く。いつまでも――。


 アルメリアの全てが怖い。怖くてたまらない。彼女の奥にある魂胆を知ってしまった。もう彼女を全うには見れなくなっていた。

 アルちゃんが悪い。私は悪くないと、ユミは震える体を必死に止めようとするが――駄目だった。襲い来る魔の手が迫る現実が待っていること。そんな穏やかで、些細な日常が更なる恐怖を運んできていた。


 現実が目の前に広がっている。生きてる。生きている実感が沸いてくる。思えば思うほど、命がある現実を着手させられる。

 目を閉じても、そこもまた生きてる闇で覆われているだけ。開けばまた続きが待っている。

 ここは夢ではない。また別の世界。異世界。異世界の現実。現実の異世界。

 何のためにいるのか。何故いるのか。何でこんな目に合わされているのか。


「……わかんない。わたしはどうすれば……」


 何も分からない。何をどうすればいいのかが分からない。次への手立てが思いつかない。

 ただ、命がある真実と死ねない現実。それがユミを待っている。その先に何があるとも知れず、まるで時計の針のように、真実の時は今もなお刻み続けて――。


「……死にたい」


 ――――自殺。

 ユミの思いと想いが交錯して導き出された一つの答え。それが自殺。

 思い立ったが吉日。身体中をくまなく探すも、死を描いた道具はない。それならばと舌を噛み切ろうとする。

 だが、思いとは裏腹にそんな勇気さえ持ち合わせていないのが現実。舌にのしかかった痛みに目を覚ます。


「……バカだよ、わたし……」


 ユミの体は再び丸くなる。

 思い立っても、言葉を羅列しても、それを実行する心が足りていない。それで抜け出せるのならいい。だが実際、そうはならないだろうと思う。何故なら、『リダイアル』の条件が『死』だからだ。

 今までの『リダイアル』に合致する条件を照らし合わせ、導き出される共通項。それが『死』だ。死ぬことで発動する。たとえ自殺と言えどそれは同じだと悟る。

 たどり着いた道でさえも、真実の針が巻き戻るだけの儚い想い。逃げ道がないと思った矢先、


『ユミ、アル。何かあったの?』


 塞ぐ扉とはまた別の扉の向こうから声がした。

 その声に釣られるように、ユミはその場所へと向かう。


 安心する声だった。

 助かる。助けてくれる。そんな気がする。

 足が無意識に前へと進んでいた。

 信頼している人物。信用してる人物がそこにいる。

 手はいつの間にかドアノブを握っていた。

 名前。名前はそう――、


「カイ……さぁん」


 ユミは扉の向こうにいたのはカイ。そんな彼女に身を預けるように倒れこむ。

 体はしっかりと受け止められ、カイの温もりがひとときの安らぎを与えてくれる。


 ――――助けは来た。

 今度こそ本当に来てくれた。今はただ誰かに甘えていたい。何も考えたくない。死にたくない。


「ゆ、ユミ!? どうしたの? そんなに怯えて――」


 カイの視線はユミから部屋の中へと自然と移っていた。

 扉はもう一つ開かれていた。

 当然、ユミが移動したのだからつっかえがなくなったわけで、


「――――! ユミ様! カイ様!」


 アルメリアはまた姿を現した。


「……やめて。わたしのなまえ、よばないでよぉ……」


「……何があったのアル。教えて。ユミのこの怯え方、尋常じゃないと思うけど」


 ユミの悲痛な叫びがカイを味方につける。


「……私には()()()()()()がた、ユミ様を()()()ましたところ、()()な判断を()()()()()ご様子でした……」


「分からないじゃ通らない。二人の間で何があったのかは分からないけど、ユミがアルに怯えているのだけは分かる。昨日あれから何があったのか教えなさい!」


「……()()。それは()()()()


「……どういうこと? 説明できない何かがあったってことなの?」


「それはユミ様との約束を()()ことになります」


 ――――何のこと、言ってるの……。

 ユミにはアルメリアの真意が分からなかった。

 分かりたくもない。

 考えたくもない。

 早く消えて欲しい。

 ユミの震えはアルメリア出現以降、より一層にも増している。


「……アルのそういうところは正しいと思う。だけど今はことがこと。忠実なのは結構だけど、ユミは殿下にとっても、私にとっても大事な恩人なの。――あなたから逃げてるように見える。こんな状況が普通であるはずがない。私の誤解というのならアル。弁明して見せて。する気がないのなら、今すぐ自分の部屋に戻りなさい」


「……っ、()()()


 カイの見解にアルメリアは弁明することはなかった。うつむきながらユミ達、もとい扉へと向かうために歩を進めだした。

 すれ違うことを嫌うユミ。それを察したのか、カイは彼女を後ろにかくまう。

 会釈一つだけを残してアルメリアは部屋を去って行った。


 客間は今、ユミとカイの二人だけとなった。


「大丈夫よ、ユミ。私はあなたの味方。何があっても守ってあげるから」


 強い包容がユミを襲う。

 とても優しく。とても心地よく。とても嬉しい。

 言葉の本質が態度と共に紛れもない。相反していない。だけど、


「なんで……」

「ユミ?」


「じゃあなんで。なんで……たすけてくれなかったんですかぁ……」


 カイの服がユミの圧力に屈する。握りしめられた箇所がシワを作り、そこに込められた真の意味合いはきっと伝わることはない。何しろそれは、ユミの八つ当たりにすぎないのだから。

 当たられる所以などカイは知らない。知るよしもないだろう。思いもしないことだろう。


 ――裏切られた。

 ――死んだ。

 ――戻った。


 あまりにも現実離れした事実が、ユミを押し潰さんとしていることなど――。


 慟哭混じりに当たり散らし、「なんで!」と何度も狂ったように繰り返し続けるユミの様に、カイはうろたえていた。これでもかというくらいに一人でそれを受け続けた。

 それでもユミの背をさすって、「大丈夫。大丈夫だから」何度も落ち着かせるように言葉をかける。かけ続けていた。

 慟哭声が掠れ行き、幾分か力が静まった頃合いを見計らってか、


「ゆっくりでいいからね。全部じゃなくていいからね。話せるだけでいいから、アルとの間に何があったのか教えて欲しい。一人で抱え込んでいては駄目。それがつらくて、苦しいことを私に教えてくれたのはユミ――あなたよ? 忘れた?」


 カイの言葉がユミに突き刺さる。

 抱え込んでいる自分が今、あの時一人もがき苦しんでいたカイと同じことをしている。だからこそ、彼女は気づいたのだろうか。

 誰にも頼らず、誰にも打ち明けず、誰にも話さない。

 だけどそれでは駄目だと、自分がそれを一番理解していたはずなのに、身勝手にも理解を得られないと勝手に思い込んでしまっていた。

 始まりの日も、もがいて、足掻いて、抗って――魔女のことも、自分が何者なのかも、全て打ち明けていれば、もっと違う未来へと続いていたのだろうか。

 ただ一つ。不変しないはずの過去の功績は確かにあって今、


 ――恩が返ってきていた。


「あ、アル……ちゃんが、わたしを、わたしを――」


 ユミは掠れた声色でもお構いなしに、必死に紡ぐ。ありのまま起こったことを正直に伝えようと――アルメリアが悪者だと喉が震えた矢先、


「――――ぁ」


 ユミから言葉が上がった。

 だが、上げられたのは言葉ではない。

 例えるのなら、息を吐く際に生じる自然な言葉。

 けれども、誰よりもユミに近いはずのカイはその言葉を聞いてはいないだろう。

 それどころではないのだから。


 ――銃声のような、轟いた一閃が客間を支配した。


 解放を心待ちにしていたのか、弾けて、流れて――それでもそのほとんどがその場に残留。辺り一帯に広がりつつある勢力図は拡大の一途をたどる真っ只中、


「ユミ!! ユミ!!」


 その中心で必死に呼びかけるカイの言葉に、ユミからの反応はいつまで経っても返っては来なかった。

 虚空を眺める光ない眼。

 光を失ったユミの目には最後、真っ赤に染まったカイの可憐で悲痛なまでの表情が映し出されていた。

 

 ――死はまた新たな始まりの合図。

年内最後の更新です。

来年度も『夢戻リダイアル』をよろしくお願いします。

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