二章 17夢 ありきたり赤兎
『兎人族』
亜人種の中でも希少な種族。アルメリア・スリフトが属する種でもある。
身体的特徴として上げられるのが『兎耳』頭のてっぺんから生えるその耳は、聴覚が異常に発達している。
雑踏ひしめく街中。その中でさえ、木の葉一枚の微かな散る音ですら聞き取れるほどだという。
そしてもう一つ。それは、異様に足が速いことだ。脚力は人間の比ではない。比べるなら魔獣バドラ。獣と比べても遜色ないほどである。
だが、持久力はからっきしだ。そこに関しては人間に部がある。
ユミはコウからその事を聞き、アルメリアが兎人族のそんな特色を受け継いでいることを既に理解している。
だから、相反癖は兎人族の生まれもったもの説などという言質を、彼女以外から得ることも叶わないのが昨今の現状である。
そしてアルメリアはユミと同様、異質なる存在であることもまた然りに――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――えっ!? コウは来れないの?」
朝食、身支度、その他諸々もを一通り済ませたユミ。アルメリアと共に廊下を進む中、彼女の一言に驚きの声を上げて、歩みは止まる。
「休暇が少ないとのことです」
「……ん? それってわがままじゃ――」
詰まったユミは深く考える。顎に手を当てそして――、
「あ! あぁ、仕事ってこと、かな?」
「いいえ」
アルメリアを見やって答えを確認する。肯定する彼女の言葉を受けて、「そっか……」と残念な心を胸に、ユミは再び歩を進め出した。
「となると、カイさんも駄目ってこと?」
「いいえ、幸運にもそうなります」
無表情で、一切の余念のないアルメリアは淡々とそう答える。『はい。不幸にもそうなります』翻訳すれば、そんなところだろうか。
アルメリアは侍女服――つまりはメイド服風的な服装ではない。彼女の私服と思しき姿で現れた。それは目の保養を与えてくれるほど、小さくて可憐――まるでお人形さんのような華やかさが備わっている。
そんな服装の中にも、主人を立てるためか、色彩は抑えられており、そして一応の身軽さも兼ね備えている。
トートバッグのようなカバンを肩掛け――これで私服姿のアルメリアの完成である。
「アルちゃんは大丈夫なの? お仕事とか……」
ユミは次なる疑問をアルメリアへと投げ掛けた。
コウとカイ。二人の急遽のキャンセルは致し方ない。何せ王子とその側近だ。機密事項も突如として訪れるものだ。迷惑を掛ける訳にもいかないため、むしろ仕事優先なのはユミとしてはありがたい。
もちろんアルメリアもそれに倣う。ユミとは違い、仕事があるのも彼女も同じだからだ。
となると、働いていないのはユミただ一人となる。学生という大義名分が消えているため、さながらニートも同然なのだが――。
「私の仕事はユミ様を裏切ることですから、問題ありです」
「……えっ!? う、裏切っちゃうの!? も、問題もあるの!?」
そんな事など考えるスペースすら、アルメリアの『相反癖』に塗りつぶされる。
実際は客人の立場のため、働く必要など皆無ではあるが――。
「はい、そう……です」
ユミの驚愕の声をまた受けたアルメリアは、若干困惑めいた声色を上げながらも、表情は崩さずにいた。
しばらく黙りこくるユミは、閃きが舞い降りた途端――頭を抱えて、「あはは……」と苦笑いを浮かべ、誤魔化しにかかった。
アルメリアは何も言わず、ただ着いてくる。これでも気まずくならないのは、仲が深まっている証か。和やかな雰囲気である。
ある意味凄い子だとユミは思う。その相反癖はもはや芸術だ。作り上げた努力の賜物ではない。才能。生まれつき備わる性のようなものに見える。
何故、彼女がそんなものの持ち主なのかは分からない。苦労が耐えないだろうに――彼女の過去が目に浮かぶ。
「……ユミ様?」
アルメリアの疑問符に、ユミはビクッと体が振動する。現実へも引き戻され、「どうしたの?」と返すが、「いえ、何でも」とそれきり言葉はない。
どうやら引き寄せてくれたようだ。ユミはそう思いながら、
「アルちゃんは、王都に行ったら何がしたい?」
話題はこれからのことについて。
「私は特に……ユミ様の嫌いなようにしてください。離れて行きますので」
「…………!! そ、そっか~私もよく分かんないから、アルちゃんに案内してもらってもいいかな?」
「いいえ、ユミ様の嫌いなよ――」
アルメリアの言葉が途切れるや否や、ユミは袖を掴まれ、廊下の端へと引き寄せられた。彼女の強気なリードに、「あわわっ!?」と焦汗は散開。歩は乱れ、もつれるが一歩で立て直し、斜め向かい数十センチの幅寄せを完了させる。
共に廊下の端に整列する二人。その数秒後、足音を奏でて現れた人物に一礼。赤とウサミミを揺らし、止まった足が床の色と交わり、伝われる。
「礼儀は弁えているようだな」
高圧的な態度を示し、臣下然を体現とする人物が一。ユミ達を見下ろしている。
「お、お久しぶりです。――リコリスさん」
「久しぶりも何も、昨日も会っているはずだが?」
「――!! あっ……あははは。そ、そうでしたね。昨日、色々あったのでつい」
ユミはおどけた。苦笑いを浮かべながらにリコリスの表情を窺う。
そんなリコリスだが、どこか憮然とした表情。目を細めて半ば呆れている。
「締まりの無い顔を作るな。アルメリアを見習え」
繰り出される言葉を受けてユミは「は、はい」と返事をし、その締まりのない顔を変化させ始めた。アルメリアに遅れること数十秒後、ようやくそれを纏うことに成功した。
当然ながら、ユミの年上の威厳というものは既に崩壊している。
――しっかり者。
それはアルメリアが誰よりも体現しているためだ。その真逆にいるのがユミ。その差といものがリコリスへと向けた礼儀に如実に現れてる。
「そ、それで……何かあったんですか?」
「……あるから話しかけているんだろ。でなければ私から貴様に話すことはない」
突き放す言葉がユミを突き刺す。
そこそこに仲は詰めたはずだと思ったが、意外な距離感の差にユミの表情は曇りを纏う。それは二つの意味で、であり、
「その言葉は結構傷つきます。私はリコリスさんともっと話して仲を深めたいたいですから。――こちらからはどんどん行きますので、これからもよろしくお願いします」
分を弁える気などないと、改めて頭を垂れ、この先の無礼を謝罪する。
戸惑い以上に、高圧的な物言いにユミは若干イラっと来ていた。
「好きにするといい。――コウ殿下とカイから預かっているものがある」
呆れながらにリコリスはユミの意見を許諾した。そして彼は、二つの物をユミとアルメリア――それぞれに差し出したのだった。
ユミの前に差し出されたのは剣である。
薄青い鞘に、花を象った紋章が刻まれている。柄には半円を描くように護拳が装飾されている。
その剣、それは現代でいう――『スモールソード』に近しい代物である。
だが、ユミにはそれが分からない。そもそも剣の知識など皆無。見たことあれど、実際体験してその重量、手触り、そしてその圧力に襲われ、緊張感で心が押し潰されていく。
受け取ったはいいものの、何をどうすればいいのかが――銃刀法違反にならないよね、などとあらぬ心配をする始末。
そんな折、アルメリアは袋を受け取った。白い麻袋のような見た目で、中で金属が擦れるような音がしていた。
「確かに渡したぞ。ではな」
「あ、あのっ!」
去ろうとするリコリスをユミは止めた。片手には剣の鞘をしっかりと握るが、その比重により重心が左に僅かばかり傾いている。見た目以上にその剣は重量があるためだ。
「こ、これをどうすれば……」
「……剣の用途は何だ?」
振り返ったリコリスは突如として問いを投げかけた。それにユミは「……あ、相手を斬ること、です」と、真っ先に思いついたままに言へと乗せた。剣の用途など、それしかない。刃物というカテゴリーでも、包丁とは訳が違う。
「そうだ。相手を斬り、殺めること。剣を扱う上ではそのことを肝に銘じなければならない。――殺し殺される。そのことだけはな」
刃を向けられたから分かる。リコリスの意思と姿勢は紛れもなく本物であると。
それだけに、
「な、なら何で私にこれを……私はそんなこと、したくないです」
ユミは断りを入れ、剣をリコリスへと突っ返す。ユミには意思も姿勢も備わってはいない。ただでさえ生き物の死が怖いからペットを飼おうとも思わないのに、ましてや自らで命を奪おうなどという巨悪、脳の片隅にさえ居場所はない。
そして何より、
―――『死』
それをユミは、誰よりも身をもって知り得ているのだから。
「したくなければそれでいい。むしろ、それに越したことはないはずだ」
「そ、それはそうですけど……」
「まだ何か不満があるようだな」
図星を突かれたユミの目元は陰る。
そんなユミにリコリスは「はぁ……」と一つ、ため息をつき、彼女のもつ剣の鞘を握りしめて、
「自分の身は自分で守るものだ。そのために殿下は貴様にこれを与えているのだ。その事を自覚しろ。――したくない、やりたくないなどという戯れ言を並べることは一向に構わん。だがな、その剣を無くすなどという失態を演じてみろ。その時は私の剣が貴様の首を跳ねてくれる」
リコリスの形相と、その剣幕の圧にユミはただ首を縦に振る機械と成り果てる。
力強く押し返されて、リコリスは振り返り去ろうとする――そんな中、
「……殿下は危惧しておられるのだ。王都と言えど粗悪な輩は存在する。裏で生きる者達にとって貴様のその髪は目に留まる。自らの尊厳を守りたくば、剣を握ることだ。自らを最優先に考えて行動しろ。そして、助けが来るなどという幻想を捨てることだ」
忠告という名の優しさを受けてユミは、「あ、ありがとうございます」と力強く、その背中めがけて投げつけた。
「――それと合わせてもう一つ。これは殿下からのお言葉だ」
『楽しんでこい』
「――だそうだ。では失礼する」
それを残してリコリスは去って行く。アルメリアは一礼をし、ユミもそれに倣った頃には既に、彼は曲がり角へと消えていた。
頭を下げるユミ。その折りにも握りしめる剣からは、手との摩擦により音が微かながらに流れていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――では、お気をつけてユミ様」
「――気をつけるんだぞ、ユミ」
王城の門番二人の見送りを受けて、ユミは王都へと繰り出した。深く、赤を隠すようにフードを被り、腰に備わる剣が揺れ動く。
異質である二人は人波の雑踏を目指した。一歩ずつ、手を繋ぎながらに。
それはまるで、ありきたりな存在であるかのように二人は歓迎され、自然とその輪の中に飲み込まれていったのだった。




