第一章 8話 『月下の誓い』
――色々なものを失った。
顔を打ち付ける雨が心を冷たくさせる。ディア村を失った、村の人を失った、母を目の前で失ってしまった。何でこうなったのだろうか。『黒い獣』がディア村を襲っているから助けに来たというのに、誰一人死なせないと誓ったはずなのに、一番大事な人を死なせてしまった。
どこかでうぬぼれていたのだろう。ワイバーンを倒した自分はすごいんだと、自分でも把握しきれていない力でもこれだけ強いのであれば『黒い獣』なんかも倒せるだろうと。だが、実際はどうだ、目の前で母が喰われているのをただ見ていることしかできなかったのは誰だ。自分以外にいなかった。
「セフィラ、クロア君、これは……」
カイヴェルが駆け付け、周りの状況を確認する。セフィラは泣きそうな目でカイヴェルのほうを向き、報告を始める。
「『黒い獣』が……現れました。その際クロアの母親が……犠牲になり、『黒い獣』は逃亡しました」
「そうか……、こちらも村をくまなく探したが、生存者は発見できなかった。少し……遅かったようだ……」
生存者無し。ディア村は一日で壊滅した。
「これより帰還する。皆準備を」
カイヴェルも声を落とし、坂を下り馬のあるところまで歩いてゆく。周りの団員もそれに続き、セフィラはクロアが立ち上がるまで待ち続ける。ここで慰めの言葉をかけることもできる。セフィラ自身、クロアのように目の前で母を失っている。だから気持ちは分かるつもりだ。
だから気持ちが分かる分、ここで慰めても意味がないことも痛いほどにわかっていた。こういうときいくら綺麗ごとを並べたところで傷ついたのは彼だ。彼がその事実を受け入れ、自分で乗り越えるしかない。
やがてクロアは立ち上がり生気のない目をしながらセフィラの横を通り過ぎ、坂を下って行った。
セフィラは先ほどの戦闘を思い出し、一つの決意をする。
「彼なら、もしかしたら……」
ディア村を出た一行はエイビンズの街に戻ってくる。どうやら魔獣は退治したらしくところところで街の人と騎士団が復興作業をしていた。
「オルフェ! 状況を説明してくれ」
カイヴェルはこの街の指揮を託したオルフェという人物に声をかける。
「うっす。団長がここを出た後冒険者の皆さんも駆けつけてくれたので、比較的早く魔獣の掃討は終わったっす。それからは怪我人の治療を優先的に初めてるっす」
「そうか、ご苦労。引き続き進めてくれ。私は報告のため一旦王都に戻る」
「了解っす」
「セフィラ、君はクロア君を責任もって送り届けること。いいね?」
クロアはあれから一言も喋らず、ずっとうつむいてばかりでカイヴェルもそんなクロアを心配していた。
「はい、お任せください」
では、とカイヴェルは転移石のほうに歩いていく。それを見送ったセフィラはクロアのほうを向く。そして決意した気持ちをクロアに伝える。
「クロア、会ってほしい人がいるの」
「……」
しかしクロアはなんの反応を示さない。だが、それは想定の範囲内だ。だからクロアが興味を示す、少しずるい言葉をセフィラは告げる。
「……『黒い獣』を倒したくない?」
「っ……」
クロアは顔を上げる。まだその瞳に力は戻っていないがはっきりとセフィラの目を見つめ返してきた。このやり方は昔自分にも使われた方法だ。ある人が自分に示してくれた一つの道を次は自分が示している。
「どうしても会ってほしい人がいるの。もしその気があるなら、私についてきて」
セフィラは転移石まで歩いていく。後ろを確認するとちゃんとクロアはついてきてくれた。転移石の元まで歩いていった彼女はクロアの手を取り、もう片方の手を転移石に触れる。
「いい? ここから先のことは誰にも言わないで。ばれたら結構まずいことになるから」
「……誰に、会うの?」
「ここじゃ言えないから転移しちゃうわよ」
そう言ってセフィラは転移石に触れている手から魔力を流す。
「天に在らざる御座、その御方へ」
セフィラは本来、目的地の名称を言って転移するはずのものに詠唱のようなものを唱える。すると初めて転移石を使った時と同じように光り輝き一瞬の浮遊感の後どこかの建物の中にクロア達はいた。石造りの部屋で薄暗い。光源はランプと転移石がほのかに輝いている程度だ。
「ここは?」
「いいからついてきて」
セフィラは何も言ってくれないがクロアはついていくしかなかった。誰が待っているというのだろう、疑問が膨らむばかりだった。
クロア達は転移石がある部屋をでる。すると真っすぐの一本道が続いており淡く輝くランプが等間隔で壁に掛けられている。その道をひたすら歩いていく。
どれだけ歩いていたのだろう。大きな鉄の扉が見えてくる。その扉の前に一人の騎士が立っていた。全身を黒い鎧で包み、頭でさえもヘルムを被って顔は分からない。ロングソードを両手で持ち下に突き刺すようにして立っていた。
「ゼニアス、そこを通して。『可能性』を連れてきた」
ゼニアスと呼ばれた鎧の騎士は五秒ほどこちらを見た後、体を横にずらしクロア達を通れるようにした。
ありがと、とセフィラは鎧の騎士に礼を告げ鉄の扉を開け放つ。鎧の騎士の横を通り抜ける際にクロアはこの騎士から視線を感じた。しかし何も言わない。若干の不気味さを感じながらクロアはセフィラの後をついていった。
中に入ったクロアはその光景に息をのむ。全面ガラス張りで外の景色が見える。とても高く、家屋がとても小さく見える。向こうのほうを見るとクロアが通ったことのある立派な門が見えた。それを見たクロアはやっと自分がいる場所が分かった。
「ここは……王都。しかも王城の……最上階……」
「ようこそ、おいでくださいました」
綺麗な澄んだ声が聞こえてくる。前を見ると豪華な椅子に座る女性が目に入る。透き通るような白い肌、白い髪から白い祭服とどこも白い女性で、その容貌は人間離れしていると言っても過言ではないくらい整っていた。その秀麗な容姿とは異なり、その顔にはなにも感じていないかのように無表情だった。
しかしその佇まい、雰囲気、そしてこの場所からクロアはこの人物が誰であるか予想はできていた。
「初めまして、私はイグナーツ王国女王、マレイシャ・シィル・イグナーツです」
この王国を統治している女王その人だった。しかしなぜ女王のもとへセフィラは連れてきたのだろうか?緊張のあまり体が強張る。
「えっと、クロア・クロフォードです」
「聞いてください! このクロアが『黒い獣』に傷を負わせ、撃退に成功したんです!」
セフィラが興奮気味に説明する。そういえばディア村に着くまでの道中『黒い獣』には一切の攻撃が通用しないと説明されていたことを思い出す。しかしクロアは『黒い獣』に傷を負わせた。今思えば、なぜそんなことができたのだろうか?
「知っています。全部見てましたから」
全部見ていた?どういうことなんだろうとクロアは考えたがマレイシャに声をかけられ、思考中断する。
「クロアさん、突然こんなところに連れてこられて困惑していると思いますが、どうしてもあなたにやってもらいたいことがあります。」
マレイシャはクロアの目をじっと見つめ、目をそらすことを許さない、そんな思いが伝わってくるほどの緊迫とした雰囲気があった。
「やってもらいたいこと?」
「はい、……『黒い獣』の討伐。これをあなたに依頼したい」
女王から直々に申し渡されたその依頼にクロアは疑問を覚える。
「なぜ、僕なんですか? 国を挙げてやればきっと討伐することだって……」
「理由は二つ。一つ目は聞いていると思いますが『黒い獣』に攻撃は一切通用しないこと。異能は多少効くようですが、いくら強力な異能をもってしても討伐することできない。これは過去の実績があります」
そういえばセフィラが言っていた。異能所有者百人で挑んだ結果、片目しか潰せず、すぐ再生してしまう、だから実質『黒い獣』は無敵なのだ。
「でも、あの時確かに僕はやつに傷を負わせました。しかも再生する様子もなかった……」
「そう、あなたには特別な力がある。私は『黒い獣』を倒せる可能性をずっと探してきました。セフィラにその可能性のある者を密かに探してもらっていましたが、やっと見つけた。それが、あなたです」
「あの時、クロアの力を見てこの人しかいないと私は思ったの」
クロア自身この力について全く把握できていない状態であるにも関わらず、さらに『黒い獣』を倒せる可能性を秘めているとは夢にも思わなかった。
「なぜあなたの攻撃だけが通用するのか、私にはわかりません。ですが今まで誰もが成しえなかったことをあなたはやってのけた。期待するには十分な結果です」
思わず自らの手を見つめる。
――この力ならやつを……
「そして、二つ目の理由は、『黒い獣』をある組織が使役しようと画策しているのです」
「使役? そんなことができるのですか?」
「あの破壊の化身ともいえる『黒い獣』を使役するなど普通は無理ですが、恐らくそういう異能を持っている者がいるのでしょう。あまり現実的ではないですがそれに命を賭けているもの達がいるのです。その者たちは自らを『クリフォト』と名乗り、幾度となく我々の『黒い獣』討伐を邪魔してきました」
「クリフォトの目的は分かってないの。でも使役したところで悪い結果になるのは目に見えているから何としてもクリフォトよりも先に『黒い獣』を倒さないといけない」
「そしてこの国にもクリフォトのものが紛れ込んでいる可能性があります。王国騎士団や冒険者、もしかしたら王城にもいるかもしれません。そのものに『黒い獣』を倒せる力を持った貴方の存在が知られたら、クリフォトはどんな手を使ってでも貴方を消そうとするでしょう」
要は暗殺されるかもしれないということだ。他人になるべくこの力を教えないほうが身の安全を保障できるが……
「なので、表立っての支援はできず、なるべく極秘裏に動いてもらいたいのです」
なるべくばれずに討伐しろということだった。危険すぎると素直に思ってしまった。でも――
「こんな厳しい条件なんですが、『黒い獣』の討伐依頼……受けてくれませんか?」
「僕に……」
セフィラとマレイシャがクロアに期待と不安の眼差しを向ける。クロアは俯き、己にできることなのか?到底無理なことなのではないかと、不安で押しつぶされるかのような錯覚に陥る。そんなクロアにマレイシャが選択を迫る。
「――クロア・クロフォード、あなたに覚悟を問います」
先ほどの慈母の様な優しい雰囲気は消え、女王としての気迫を纏い、こちらが圧倒されるような態度で問を投げかける
「自らに敵を倒す力があるのを知りながらもそれを使わず、悲しみに暮れながらただ生きていく愚者に成り下がるのか。それとも、その力で敵を倒し、これ以上あなたのような被害者を出さず、悲しみを断ち切る英雄となるのか」
愚者と英雄。大層な表現だが、要は逃げるか、立ち向かうのか、どちらかを選べと言われているのだ。そしてこの問いにクロアは既に答えを持っていた。
「――やります。だけど、英雄なんて大層なものじゃない。僕はただ復讐するだけ、その事実から逃げたくないっ……」
クロアは拳を握りしめ、決意を秘めた瞳を前方の二人に向ける。やり遂げて見せるとその瞳ははっきりと語っていた。その様子を見たマレイシャは安堵と哀しみの表情を浮かべる。
「ありがとう、ございます。……詳細は明日伝えます。今日は疲れたでしょう、部屋を用意したので今日は休んでください」
セフィラはこっちよとクロアを案内する。二人が部屋から出るのを見送ったマレイシャはふうとため息をついた。そして二人が出て行った扉から誰かが入ってくる。この部屋の入口を守っている、セフィラにゼニアスと呼ばれていた全身鎧姿の騎士だった。
「本当に、よかったのか?」
野太い声がその騎士から発せられる。その声をきいたマレイシャはそっと目を閉じ、哀愁をこめた返答をする。
「約束、ですから……」
クロアは部屋に案内され、セフィラと別れた。今日は色々な事がありすぎたからもう寝ようとベッドに潜り込むが眠れない。心も体も疲れ果てているというのに眠気が一切やってこなかった。
「……眠れない」
クロアは気分を紛らわせようと部屋を出る。王城の中の部屋だが転移石でしかいけないセフィラ曰く特別来賓室で見回りの騎士およびメイドさえもいない秘密の部屋だった。
転移石がある部屋から来賓室までの廊下の途中にバルコニーがあるのを思い出し夜風に当たろうとバルコニーに出る。
「……」
風が頬をなでる。あたりはすっかり暗闇につつまれ下を見ると城下町の明かりがまだ輝いていた。その時後ろから誰かが近づいてくることにクロアは気づいた。
「眠れないの?」
セフィラが風で揺れる髪を手で押さえながら聞いてくる。クロアは振り向かず手すりに腕を乗せた状態で返事する。
「……うん。そういうセフィラも?」
「ううん、私は多分クロアがここにいるんだろうなーと思って来てみたの。そしたらほんとにいるんだもん」
そう言ったセフィラは軽く笑う。
「……なんでわかったの?」
「私も家族を失ったときここにきたから。私もここで思いっきり泣いて、マレイシャ様に抱きしめられたっけ」
彼女も獣の被害者だ。自分と同じ境遇だから来てくれたんだろう。同情なんかじゃない、彼女の優しさにクロアは泣きそうになる。
「僕には『黒い獣』を倒せる力があるんだって。子供のころの記憶を取り戻すために王都に来たのに目的が変わっちゃったよ」
「依頼を受けたこと、後悔してる?」
「ううん、まあ、見ててよ僕がセフィラの家族、死んでいった人たちの仇をとるから……」
「うん」
「黒い獣をっ、殺してっ、君の世界平和の夢を叶えて見せるからっ」
「うん」
「ぜったいっ! 『黒い獣』をっ!殺して、みせるからぁっ!」
この涙は誓いだ。決して綺麗ではない、必ず殺して見せるという誓いをセフィラに聞いてもらった。後戻りはできるわけがない。必ず、必ず殺して見せる。『黒い獣』を、弱い自分を。
だから今は泣こう。この涙が枯れるころにはきっと前に歩き出せると信じて。
「うん、そうだね。私も手伝うよ……」
セフィラは自分の背中をクロアの背中に預ける。そんな二人を満月が、淡く輝く月明りが照らしていた。月下の誓いが、ここで交わされた。
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