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獣と英雄のイクノス  作者: 樫谷 和樹
第一章 暖かさの欠片
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第一章 18話 『呼び覚まされる名』





 押しつけられた”記憶の手記”から記憶という情報が直接、脳へと流れ込まれていく。目を閉じているにもかかわらず、容赦なくクロアに記憶の断片が見せつけられる。


 「あああ!? ああっ、あアアぁあアあっっっ!!!??」


 その代わり、自分の記憶が侵食されていくのをクロアは感じ取っていた。しかしどうすることもできない、抗う術を持ち合わせていない。為されるがまま、このまま自分の記憶が他者の記憶に埋め尽くされ、そして――


 自分という境界線を見失う直前で――ブツン、と意識が闇の底へと引きずり込まれた。








 ―――――――――――――――――――――




 

 


 「やあ、危ないところだったね」


 見知らぬ男の声に、クロアは目を開ける。先ほどまでの暴力的なまでの記憶の侵食はすでになく、嘘だったかのように頭もスッキリしている。


 周りを見渡すと何もない黒い空間が広がっており、一見ストリーゴの空間異能、【不安定な夜の聖母(キス・キル・リラ)】にまた閉じ込められたのかと思ってしまうが、しかしクロアは違うと断言できた。


 なぜかこの場所に、安心感(・・・)があったから。


 「おーい、反応してくれないと悲しいよー」


 「っ! 誰!?」


 どこからか発せられた声の主も探すも、周りは漆黒が広がっているのみ、目に映るのは自身の体の身だった。


 そのクロアの反応に、声の主は自分が見えてないことに気づいたらしい。


 「ああっと、ごめん。人と話すのはずいぶん久しぶりだからね、姿を見せずに話すのは君に失礼というものだよね。ちょっと待ってねー」


 すると何もない空間から白い球が現れる。一つだけではなく、十、二十、いよいよ数え切れなくなるほどの白い球が漂い、そこから一つに集まり始める。眩いほどの輝きを放ち、思わず手で顔を覆ってしまうほどだ。


 そこに現れたのは柔和な笑みが似合う、少女とも見まちがえそうなほどの美男子がいた。

 白い長髪を一つにまとめ、腰にまで伸びている。肌も、血色が通っているのか心配になるほど白いが、それが逆に神秘性を高めていた。

 歳はクロアよりも上、二十代前半といったところか。しかし同い年と言われても驚かないだろう。

 それとは対照的に黒い服に身を包んでいるのが違和感があった。


 「おまたせ、……なんか、この場所も暗いな、明るいところにしよっか」


 パチンと指を鳴らせば、何もなかった周りの景色が黒から塗り替えられていく。まず目に入ったのは月明りでキラキラと輝く、青く、どこまでも広がる海だった。

 気づけばクロアが佇んでいる場所は小高い丘の上で、周りは一面、花畑に変わっており、色とりどりの花がクロアを囲んでいる。

 青年はその丘の先に立っていた。


 「じゃあ、改めましてクロア。危ないところだったけど大丈夫?」


 そこでクロアはようやく正気を取り戻す。色々なことがありすぎて頭が追いついておらず、目の前の青年に聞くしか現状を理解するしかなかった。


 「……あなたは? ここはどこなんですか?」


 「僕は、そうだな……――リーヴェ、そう呼んでくれ。ここは、君の中って言えばわかるかな。ようは心の中だよ。そして僕は君の心の中に住まわせてもらっている、居候さ」


 わけがわからない。

 急にここは自分の心の中だと言われ、目の前の青年はそこに住んでいるという事実、この青年――リーヴェとは初対面で、もちろん自分の心に住んでいいと許可を出した覚えもない。

 クロアの頭は余計こんがらがっていく。


 「ははは、深く考えなくていいよ。わからないと思うから事実として受け止めてくれ。……さて、本題に入るが、ここに君を呼んだのは他でもない僕なんだ」


 エッヘンと胸を張る姿にクロアは苦笑してしまう。してから気づく、今、彼に対して警戒していない(・・・・・・・)ということを。

 いかんとクロアは気を引き締める。リーヴェが何者か掴めない以上、油断は禁物だ。


 「そう警戒しないでよ、僕は君を助けたんだから。感謝してほしいぐらいなんだよ?」


 「たす……けた?」


 「そう、君が”記憶の手記”に自我が飲み込まれそうなのを、僕が強制的に意識だけをここに引っ張ったんだ。意識が無い者に記憶は流れていかないからね」


 ならリーヴェは自分の命の恩人ということだろう。その話が本当なら、だが、ここで嘘をつかれてもクロアにはそれを確認することは出来ない。ならばここはリーヴェの言うことを信じてみることにした。


 「そう、だったんですか。ありがとうざいます、リーヴェさん」


 頭を下げ感謝を伝えるクロアに、リーヴェは恥ずかしさからか体をクネクネさせる。


 「い、いいよいいよ。それに呼び捨てで構わないよ、なんだったら敬語もいらない」


 「うん、改めてありがとう、リーヴェ。……じゃあ、僕を現実にもどしてくれないか?」


 その一言にリーヴェの瞳がすっと細くなる。柔和な雰囲気は消え、ピりついた空気が辺りを漂う。


 「……”記憶の手記”は一度きりの使い捨てだ。今戻ってもさっきみたいな記憶の流入は無いだろう、その点は安心だ。だけど、その後に待ってるのはストリーゴに殺されるだけの運命だよ。戻ったところで意味が無い」


 その事実はクロアの胸に深く突き刺さる。確かにそうだろう、ストリーゴになす術なくあしらわれ、万が一の勝利も見込めない。実力差は明白で、だれがどう見てもクロアが勝つことは出来ないと言えるほどに。だが――

 グッと自分の拳を握りしめる。


 「このまま寝ておけば、仮死状態にすることができる。目覚めさせるのに半日はかかるが、それだけ経てば、奴も君が死んだと勘違いして、いなくなっ――」


 「セフィラとログが、死にそうなんだ。危険な状態で、半日じゃ間に合わないかもしれない」


 クロアは思い出す。セフィラとログが傷だらけで倒れており、少なからず出血もしていた。直ぐに助けなければ命に係わる。それにストリーゴが何もしないとも考えられない。だから――


 「だから、お願い今すぐ戻してくれ。もう誰も死なせたくないんだっ」


 母のように目の前で誰かを死なせるのはもう、見たくは無かった。

 その決意にリーヴェはさらに問いかける。クロアから視線を外さずに、何かを見極めるかのように。


 「君はストリーゴに勝つことは難しいだろう。今目覚めても奴の手で殺されるだけだ。それでも?」


 実力も経験も奴に劣っている、勝機はほとんど無い。それでも――


 「例え奴に敵わなくても、僕は少しでも、最後の最後まで抗いたい」


 「少し寝ているだけで自分の命は助かる。それでも?」


 セフィラとログを見捨てれば少なくとも自分だけは助かる可能性は高い。それでも――


 「二人を見殺しにするということは、きっと自分の心が痛いから、それほど僕にとって二人は、大事な人たちなんだ。だから諦めない、諦めたくない」


 それでも――クロアは逃げない。

 心にあるのは今も変わらず黒い獣への憎悪。しかしセフィラの夢に惹かれ、ログの優しさに触れたクロアは、二人をただの友達よりも家族のように意識している。自らの夢の為に何もかも犠牲にできるほどクロアは大人でも、外道でもなかった。

 

 「だから――僕を、現実に戻して」


 「……」


 リーヴェは目を閉じ、静かに息を吐く。直後に現れたのは最初に見た人を安心させる笑みだった。


 「本当は君を危険な目に遭わせたくないんだけど、君の心は頑固だ、我が儘と言ってもいい。だけど、嫌いじゃない」


 リーヴェはクロアに背を向け、ポツリと呟く。


 「……君は幼少期の記憶が無い。なぜだか知ってるかい?」


 「っ!?リーヴェは知っているの!?」


 正確には十歳までの記憶が無いのだが、その事を何故リーヴェが知っているのか。

 そういえばとクロアは思い出す。この男は自分の心に住んでいるのだと、そして今までの会話から外の状況もリーヴェには見えている。ならもしかしたら自分の知らない記憶があるのでは――


 「ああ、君の記憶は何者かに封印(・・)されているんだ。そして”記憶の手記”のおかげで封印に綻びができた。だから一つだけ君に思い出させてあげるよ」


 そこでクロアの体が揺れる。急な睡魔が襲い掛かってきたのだ。しかし眠った先に現実に戻れるのだとクロアは直感で理解する。


 「何、を……」


 「ストリーゴに勝つための方法を、その名前(・・)を――」


 そしてクロアは倒れる。睡魔に耐えられず、眠りへと、現実へと落ちてゆく。しかしその名前をしっかりと聞いた、もう忘れることは無いだろう。しかし、何故か最後に現実へ戻ってゆく瞬間にリーヴェが言ったことは覚えることは出来ないと、とても心が締め付けられる気持ちになった。


 「――が待ってる」















 ―――――――――――――――――――――










 「おや? 体がなんの反応もしない? 死にましたか? ……あっけない! あっけない! これだけ私を怒らせたくせにこれでもう終わり!? つまらない、つまらなさすぎるっ!!」


 ストリーゴは魔術で持ち上げていた”記憶の手記”を放り投げ、クロアの顔を覗き込む。しかしうなだれた顔からは生気を感じられなかった。

 こんなあっけなく死んでしまっては不完全燃焼だ、他の者で補おうとストリーゴは悪態をつきながら、セフィラとログの元へ近づいてゆく。


 そこでストリーゴは渇望していた音を確かに耳で拾い上げていた。


 「――待て」


 呟く声よりも小さなその声に、それでもストリーゴは聞き逃さない。待ち望んでいた声に狂人の心が歓喜の悲鳴を上げる。


 「……あああ、あああっっ!! やはりっ! 死んでいなかったですね、クロア君!! そうですよね、私の為に生き返ってくれたのですよね!?」


 クロアは四肢を拘束されながら、うなだれたままだ。しかしストリーゴはその言葉に、クロアの自我が崩壊していないことを悟る。


 「”記憶の手記”が自我を崩壊させるというのは、どうやらデマだったみたいですね。そこは残念ですが、あなたが生きてくれて私は本当っにうれしい!! なぜなら、これからもっといたぶれるから!」


 ストリーゴはクロアへ近づいてゆき、顎を掴み上げ無理やり視線を自分と合わせる。

 

 そこにはまだ何も諦めていない男の瞳があった。


 「……ストリーゴ、僕には夢が三つあるんだ」


 「……夢」


 また夢の話か、とストリーゴは呆れ果てる。しかしクロアは語るのをやめない。


 「一つは自分の記憶を取り戻すこと、二つ目はセフィラの夢を僕も手伝って一緒に叶えること、そして三つめは黒い獣を殺すこと、三つも叶えるなんて無理だと思うだろ? だけど、僕は我が儘なんだ。三つとも叶えるまで絶対諦めたくない。だから――」


 拘束されていたはず(・・・・・・・・・)の左腕がストリーゴの腕を掴む。見るとクロアの左腕を掴んでいた土の拘束は砂となり、地面へと落ちている。


 「あなた、どうやって私の魔術拘束を――」


 「だからっ! こんなところで立ち止まってるわけには行かないんだっ!!」


 そしてクロアは思い出す。リーヴェに教えられたその名前(・・)を、自らに眠る力の在り方を。ストリーゴの腕を掴んでいる左手が、強い輝きに包まれてゆく。


 そして言葉にして呼び起こす、自らのうちに眠る異能(・・)の名を――








 「【三首の煉獣(サーベラス)】」





 

 

 




 そして獣が目を覚ます――

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