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最終章 チエシャネコ

とうとう、キツネの像が割れたらしい。パキンと小さな音がする。

『うらめしや』

 風に乗って、声が届いた。老若男女、たくさんの人間が少しの狂いもなく、いっぺんにしゃべった不思議な響きだった。

 セミが耳が痛いほど大声で鳴いてどこかへ飛んでいく。

『憎い憎い、あの方を奪った女』

 若い女の声をした枝その一が言った。

『あんな若造に大事な土地を奪われてたまるか! 先祖に申し訳がたたんわ!』

 枝その二はしわがれた老人の声で呪った。

「なんと、今までこの木に釘をうちつけた者の呪いの記憶か」

 ユキの毛はいがぐりのように逆立っていた。

 ミズキはペタンと座り込んだ。まじりっけなし、純度百パーセントの恨みを叩きつけられて、足が震える。息が苦しい。背中が寒い。おなかに力をいれて、手を握り締めないと、魂を抉り取られてしまいそうだ。

『呪われよ、呪われよ、呪われよ』

 葉がこすれあう、ガサガサとした声は、御神木その物の声。

『我が身に恨みの杭を打ちつけた人間ども。夜な夜な我が身をさいなむ人間ども。呪われよ、呪われよ、呪われよ』

「なるほど」

 ユキがかすれた声で言った。

「それはそうだろう。毎晩毎晩、呪いの言葉とともにドテッ腹に釘を打たれては狂いもする」

 か細い笛のような悲鳴が聞こえた。枝に貫かれた小鳥がぼとっと地面に落ちる。

 枝からは、まだしつこく声が聞こえてきた。

『あの侍、よくもかかあを無礼討ちに…… この恨み、きっと晴らして……』

『よくも、あたいを二束三文で売り払ってくれたねえ! 実の親がさあ!』

 いったい、何百年分の恨みがここに溜まっているのだろう。

『くそ、僕のカブトキングのカード返せ!』

「うお、現代っ子恨みチッさ!」

「くだらないことを言っている場合かミズキ! 霧崎、何とかしろ!」

 霧崎は応えるかわりになにやら呪文を唱え始めた。早口だし、昔の言葉使いらしく、『フツ何とかの御霊』とか、『何とかしたまえ』とか、所々聞き取れるけれどミズキにはよく分からなかった。

 御神木は、苦しんでいるように幹を揺さぶっている。緑色の紙ふぶきのように葉っぱが散った。

「オオオオオオオ……」

 冬の木枯らしのような悲鳴が幹からにじみでる。

「すごい、タダの足手まといじゃなかったのね」

 ミズキは、目に見えない力が霧崎の言葉に応えて流れ出るのを皮膚で感じた。静電気が混じった温い風のような、見えない霧の流れのようなその力は、御神木の幹に絡みつき、締めつけていた。

「今のうちだ。逃げるぞミズキ!」

 うなずいて、立ち上がろうとする。なんだか笑っちゃうくらい足が震えていた。

「イワイヌシノミコト、カグミチハ……」

 霧崎の呪文が、悔しいけれど心強い。

「立て!」

 ユキが梨理を励ましているのが聞こえた。

「死にたくなければ動け!」

「……ノミタマ、イザナ……」

 いきなり、突然、唐突に、霧崎の呪文が途切れた。

「へ?」

 ミズキは、地面に置きっぱなしだった携帯をちらっと振り返った。


「へ?」

 霧崎は、いきなり耳にそばでブツッという音を聞いて、つい祈りの言葉を途切れさせた。

「あの、もしもし、もしもし?」

 とりあえず、ぶんぶん携帯を振って見る。もう一度耳に当てるけれど、ツー・ツー、という発信音すらしない。

「ブッ壊れやがったーッ! うお、画面のライトまで消えて!」

 充電はたっぷりしてあるはず。心当たりは一つしかない。

「しまった…… 子ネコに関節技を決められたダメージが今来たか!」

 冗談じゃない。このままでは本当にミズキが殺される!

(何か手はないか。何か)

 霧崎は、周りを見渡した。


 エモノに襲い掛かるコブラのように、枝が伸びた。ミズキの足首がズキッと痛んだ瞬間、世界がシャッフルされた。頭上に並ぶ灯篭が、コウモリのようにぶら下がっている。

「きゃああ!」

 逆さづりになっているミズキは悲鳴を上げた。頭に血が溜まって、ズキズキと痛む。脳の真中が熱い。線香花火のような火花が、まぶたの裏にきらめいた。

「ミズキ!」

 叫んだユキの声が、妙ににじんで聞こえた。

 冷たい枝が、ミズキの首にまわった。枝が皮膚を傷つける。生暖かい血が、頬をたれた。

「は……」

 息を吸い込もうとして、ミズキは焦った。

 出来ない。吸えない。吐けない。やばい。

 目に浮かんだチカチカがまぶしくなっていった。そのくせ、視界の隅が暗くなった。ヤバイ。

 黒い霧が目の前を覆い尽くされたときが、自分が死ぬ時だ。なんだか、はっきりそれが分かった。パソコンで、データを消すときの画面が頭に浮かぶ。少しづづ、右に伸びて行く青いバー。百パーセントになったらもうお仕舞い。

 五十パーセントほどミズキが死んだ時だった。

「うわああああ!」

 梨理の雄叫びが、神社の境内に響き渡った。

 真っ暗になったミズキの視界を切り裂く雷のように、鈴が響き渡った。

 ニセミズキの体を縛り付けていた縄が、パスタか何かのようにちぎれた。

「ニセミズキ! 力を貸して! ミズキを助けて!」

 ニセ者は、カギ爪のように指を曲げた。裸足の足が、呪いの木にむかって駆け出す。

「な、な、な」

 ユキが珍しく驚いた声を上げる。

「そうか。呪いの人形は梨理の強い感情で撃つ敵を決める。あの木を敵とみなしたか」

 長い枝がムチのようにしなった。

 ニセ者は右に跳んだ。

 枝が、土を舞い上げる勢いで地面に振り下ろされる。ニセミズキは足元に広がる葉のうえに飛び乗ると、細い枝を駆け登った。

 体を踏みつける失礼な生き物に気がついた御神木は、ニセミズキを振り落とそうと体を揺する。しかし、それより一瞬早く、ミズキは枝を踏み台に飛び上がっていた。

 偽者は、ミズキの首を捕えている枝の根元に手を振り下ろした。歯の奥がカユくなるような、生木がちぎれる痛々しい音。

 重力にひかれて、ミズキの体は落っこちた。

 空っぽになった肺は、スポイトのように空気を強制的に吸い込んで、ゼイッと音をたてる。ノドが痛くなる。

 ミズキは、涙が浮かんだ目を薄く開けた。まだチラチラしている視界の隅で、梨理が真っ黒な瞳をキッと御神木をにらみつけている。

「私は……  ミズキを殺そうとしたのよ」

 梨理は、一度唇をかみしめた。

「だから、今度は私が!」

 胴をつかもうとした枝をくぐりぬけ、ニセミズキは地面に降り立った。枝がしなり、ニセミズキを貫こうとする。

「呪いの人形! ミズキを助けて! 今私が憎いのは、その木!」

 ニセミズキは身をかがめた。だが、よけ切れない。肩が貫かれる。ブツッと糸が切れる音がして、血の代わりに、ワラが風に乗って広がった。

 手刀で枝を切り離すと、残像を残しそうな勢いでニセ者は跳び上がった。細い右手を握り締める。御神木の幹に細い拳がめり込んだ。まるでカニカマのように幹が大きく縦に裂ける。

「オオオオオオオオ!」

 メリメリと木が裂ける音は、御神木の悲鳴にかき消された。

 御神木が、地面を揺らす勢いで倒れた。まな板の上で縦切りされたブロッコリーのように、真っ二つになって。

 ぐらっとニセミズキの体が揺らめいた。

「あ、あたし! しっかりしろ!」

 糸を切られた操り人形のようにがっくりとニセ者は崩れ落ちた。

 もうもうと舞い上がる土煙の中で、ニセ者のミズキは、解けるように縮んでいく。そしてチョコンと小さいワラ人形の姿になった。

 御神木の悲鳴が、細くなってついに途切れた。

「終った、の?」

 恐る恐る。ミズキが呟く。

「たぶんな」

 ユキが呟く。

 今まで大暴れしていたツケがきたのだろう。ワラ人形は、糸があちこちちぎれていた。風に飛ばされて、タダのワラになってどこかへ飛んでいく。

「ミズキ……」

 雷に打たれたように裂けた御神木の横で、梨理はうずくまっていた。判決を待つ罪人のような目で、ミズキを見上げてくる。

 ミズキは、無言で歩き始めた。梨理の前で立ち止まる。

 パンッ!

 平手打ちが見事梨理のほっぺたに決まった。次に。パンチがミゾオチに。

「平手はともかく、怒り狂っているとはいえ、ボディーはいかがな物か」

「うるさいわ、ユキ」

 痛みというよりはショックでまだうずくまっている梨理の横を、ミズキは通り過ぎた。

「あ、そうだ梨理」

 振り返ってミズキはにっこりと笑って見せる。

「命、救ってくれてありがとね~」

 梨理が憎んでいたのは、ミズキじゃなくて、梨理自身。だったらそれはミズキがどうこう言うべき事ではないわけで。

(ニセ者に襲われたのは怖かったけど、結局殺されなかったしね。それに、死にたくなるほど反省してるんじゃ、しょうがないわ)

「早く帰ろ! とっくに休み時間終ってる」

 ミズキは梨理に手を伸ばした。

「うん!」

 梨理は、ミズキの手をつかんで立ち上がろうとした。その時だった。

「待て! まだだ!」

 ミズキ達にとって、もう危険を知らせるサイレン代わりになったユキの声。

 境内に、スロー再生された音声のように、低くくぐもったうめき声が響く。

「え」

 無数のコウモリの羽ばたきのような音を立てて、真っ二つにされた御神木の片方が揺れ出した。梢が波立った。葉の一枚一枚が虫のようにうごめいている。

「ヒッ」

 梨理は、小さく息を吸い込む。

 突然、二人に覆いかぶさるように、枝が広がった。太陽の光が遮られて、二人は影に呑み込まれた。遠くから見れば、ちょうど幹が腕、枝が手の平にみえて、巨大な手が二人を叩き潰そうとしているように見えただろう。のろまな蚊を殺そうとでもするように。

 頭上を覆う枝の網から、何かが落ちてきてミズキの背中に当る。たぶんセミの死体か折れた小枝だろうけど、つい目をつぶってしまったせいで見えなかった。

(セミだったらやだな。あ、でもどうせ死ぬんだから関係な)

 ドン!

 その瞬間、間違いなくミズキは衝撃で数センチ飛び上がった。ザザーッと大きな何かが土の上をすべる気配。ヒステリーを起こしたサルみたいなブレーキ音。タイヤの焦げるくさい匂い。

「無事か?」

 どっかで聞いたような声に、ミズキは目を開けた。

 御神木は、社殿まで吹き飛ばされていた。

 朱い扉に御神木の右半分を縫いとめているのは、主婦の買い物にちょうどよさそうなツードアの小さい車だった。この車が幹に突進したおかげで、枝がミズキ達の真上からそれたのだ。

 尖った枝は、クモの巣状のヒビを入らせ、フロントガラスを貫いている。先端がシートの表面に銃弾みたいな穴を開けていた。助手席ウサギのぬいぐるみが、不安そうにこっちを見ている。

 運転手側の黄色いドアが大きく開け放たれている。その傍の地面に転がっていた男が、よろよろ立ち上がった。

「霧崎! あんたムチャするわね」

「大人として、少しぐらいはいいとこ見せないとな」

 霧崎の不器用なウインクが合図になったように、車が火を噴いた。爆発するような勢いで、炎は車を呑み込んでいった。

『オオオオオオオオ……』

 悲鳴を上げながら、木は炎に呑まれていく。真っ赤な火の中で、御神木はのた打ち回った。沸騰した樹液が、透明な血のように切り口からボタボタ滴っている。

「ここまでやりゃあ、もう大丈夫だろ。炎ってのは清めの効果があるっていうしな。あとで、もう半分焼いとかないと」

「豪快な除霊だこと。あの車、いくらかかったの?」

「さあ。無断で借りてきたからわからない」

「ふうん、無断で…… って、ちょっと待てぇ!」

 ミズキはバッと霧崎の方に振り返った。

「盗んだって事よね? どうやって?」

「車のしかるべき所をいじれば、カギがなくてもエンジンはかかるのだよ、ワトソン君」

「あんた泥棒してどうする、ホームズ先生!」

「大丈夫、後で弁償するから。税金で」

 御神木の悲鳴が、細くなって消えた。

 三人と一匹は、じっと焦げた御神木の半身をみつめていた。

「もう…… もう復活したりしないでしょうね」

 ぼそっとミズキは言った。

「どうやら、完全にやっつけたみたいだな」

 と霧崎。

 梨理が、炎の熱さに耐えかねて一歩さがる。

「わからないわ。ホラー映画でよくあるじゃない。やっつけたと思った瞬間、ガアッ! って怪物が動くの」

「ゾンビに追われている時に限ってエンジンがかからないのと同じくらい、ありがちね。ていうか梨理、怖がりなんだからホラーなんて見るのやめればいいのに」

 そこでまた、会話が途絶えた。逃げ出していたセミが戻ってきて、ミンミン鳴き始める。

「どうやら、本当にやっつけたみたいだわ」

 ミズキは梨理と霧崎の手を握って、高く掲げた。

「ウィー・ウィン!」


 それからの話。ミズキの住む花園町に、一つの都市伝説が生まれた。その名もチェシャネコならぬ『チエシャネコ様』。

 夜中の十二時、神社近くの十字路に鮭を供える。そして『知恵者ネコ様、知恵者ネコ様、愚かな私をお導きください』と呪文を唱える。そうすると、どこからかしゃべるネコがやってくるらしい。そのネコは、ささげ物の鮭が気にいると、二、三日家に居つくようになって、その間、勉強を教えてくれたり、悩みを聞いてくれたりするという。

 ただし、そのネコの機嫌をそこねたり、他の人にネコがしゃべることがばらしたりすると、そのしゃべるネコは仲間を呼び、無礼を働いた人間を八つ裂きにするという。そして、その知恵者ネコ様、右耳がちょっと切れているそうな。


「で、霧崎」

 目の前で目を吊り上げている上司から、霧崎は気まずく顔をそらした。四十すぎた親父のしかめっ面なんて、見て楽しい物ではないし。

「なんだって、呪いの浄化に行ったついでに、都市伝説を増やしているんだ?」

「は、はあ」

 非科学技術省といっても、使い魔がうろついているわけでも、壁に怪しい呪符が貼ってあるわけではない。机やパソコンが並んでいる普通の役所だ。当然、プライバシーを守る結界なんて張られているわけではなく、怒られる霧崎は同僚達に丸見えだ。時々クスクス笑いが聞こえるのが悲しい。

「大丈夫ですよ、ボス。機嫌が悪くなったって、しゃべることがバレたって、アイツは人間を八つ裂きにしたりしませんから」

「そんな事は当たり前だ! そんな危ないネコをほったらかして帰ってきたら、私がお前を八つに裂いている!」

 怒鳴り声に、思わず耳を塞ぎたくなったけれど、霧崎はなんとかガマンした。そんなことをしたらまたこの上司を余計に怒らすだけだ。

「おまけに、御神木まで焼きおって。ごまかすのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!」

 これにはさすがの霧崎もムッとした。

「御神木? ありゃそんな神聖な物じゃなかった。タダのバケモノに成り下がってましたよ。それに、映画の撮影だとかなんとか、ごまかす方法はたくさんあるでしょう」

「燃やした事をどうこう言っているわけではない。真昼に目立つ事をするなと言っているだけだ。先に神社の者と話をつけるなり、あらかじめ住人に言い訳をするなり、もっとやりようがあっただろう!」

「そんな余裕ありませんでしたよ!」

「それに、民間人の車を燃やすとはどういうことだ!」

「ですから、他に手がなかったんですって!」

 身を乗り出していた上司は、そこで背もたれによりかかってふうっと息を吐いた。

「霧崎。たしか、お前は春園町の出身だったな」

「ええ、まあ」

「実は、ウチの娘は春園町に嫁いでいてね」

「はあ」

 いきなり何をいいだすんだ? と霧崎は思った。

「旦那は骨のある男だし、子供も産まれた」

「そりゃ、何より」

「つい最近も、車を買ったと電話があったよ」

「へえ、そりゃ…… って、え?」

「その車、黄色の小さい奴でな。ツードアの奴らしい」

「ま、まさか……」

「お前が焼いたのも、同じ車種ではなかったか?」

「は、はい、その通りですが……」

「で、中にぬいぐるみがあったろ、ウサギの」

「……」

 だらだらと霧崎のこめかみに汗が浮かんだ。

「も、申し訳ありませんでしたあ!」

 これぞあいさつの見本、というような角度で、霧崎は頭を下げた。


 ユキは、図書館の窓に張られたビニールシートを眺めていた。

 神社で繰り広げられた戦いは、当然やじうま達に目撃されていた。その他にも、町を大行進したネコ、動いたあげく燃えた御神木、突っ込んだ車とちょっとした怪異のオンパレード。花園町がほんらいの静けさを取り戻すのはまだ先のことのようだ。

 神社の息子が女の子を手ひどくフッたから神様が怒ったんだとか、どこかのリアクション芸人をターゲットにしたドッキリの撮影がナイショで行われたんだとか、様々な噂が乱れ飛んだ物の、当然本当の事を言い当てた者はいなかった。

 けれど、その大騒ぎも地元だけの物だった。決定的瞬間をVTRに捕えたものがいなかったのか、はたまた非科学技術省が手を回したのか、テレビカメラやら、霊能力者やら、新しい猫の生態を調べようとする動物学者やらが外から押しかけて来ないが不幸中の幸い。

「まあ、退屈はしなかったな、色々と」

 ユキは呟いた。

「いいんですかい、ユキ姫」

 いつの間にか、隣にブービーが歩み寄って来ていた。

「まだ、しばらくノラを続けるおつもりで? あたしゃてっきり霧崎と一緒にこの街を出ていくのかと思いやしたよ」

 ユキはブシュッと鼻を鳴らした。

「まさか。もう子猫ではないのだ。いまさら飼ってもらいたいとは思わないよ」

 だけど、あと数十年たったら一度会って見るのもおもしろいかも知れない。今でも長生きの方だけど、その頃まで生きていられるだろうか? 

 体がちゃんと動くかどうか確かめるように、ユキはシッポを動かした。たぶん大丈夫だ。その頃にはこのシッポも二本になっている事だろう。知恵の鮭があるくらいだ。自分が猫又になったって、おかしくない。

「そうそう、そういえば一つ、言う事を忘れていたぞ、ブービー」

 その言葉に冷たい物を感じたのか、ブワッとブービーの毛が逆立つ。

「じゃ、あっしはこれで」

「逃さん。」

 ブービーのシッポを、ユキは前足で挟んでしっかり捕まえた。

「神社に仕掛けられた罠に、お前の毛が付いていたのを見つけてなあ」

 ブービーの目に映ったユキの目が、スウッと細くなった。

「ふ、ふふふ、不思議な事もあるもんでやんすね」

「しらばっくれるな!」

 その時、図書館にいた人達は、『二ギャア!』 というネコの悲鳴にびっくりして、呼んでいた本から顔を上げた。


 数学のテストが壊滅的に悪かった事から始まった今回の騒動は、こうして幕を下ろした。かといって、ミズキの学校生活はすぐに終るわけもなく。

「う~む」

 机の上のプリントをにらみつけながら、ミズキは小さくうめいた。

「進路希望、進路希望……」

「ミズキ、まだ書いてなかったの?それ。次の時間でしょ、集めるの」

「うう、わかってるわよ、梨理。でもさ、あさっての予定だって立てられないのに、行きたい高校と将来尽きたい職業? そんなのわかるわけないじゃないの!」

「『明日? そんな先のことはわからない』なんて名ゼリフがありましたね。なんだっけ、映画?」

「出たな静馬。どうせ真っ先に書き上げたんでしょ、あんた」

「もちろん」

「いいわね、夢のある人は!」

 ミズキはシャーペンで頭をかいた。

「そんなに悩まなくてもいいわよ。なにも書いた通りに人生が進むわけじゃないんだから」

「そ、そうね」

 ミズキはようやくシャーペンを動かし始めた。

『公務員』

「どうよ」

 聞いてみると、静馬はなぜか困った顔をした。

「どうよ、と聞かれても。ミズキちゃんにしちゃずいぶんおかたいというか、ジミというか」

「お堅い? そうかなあ。結構どたばたバイオレンスな事になると思うけど」

 梨理が口元を押さえてクスクス笑う。

「バイオレンス? 暴力的な公務員ですか。なんだか、七三ワケに黒縁メガネっていう典型的なお役人が血にまみれている所を思い切り頭に浮かべてしまいましたけど」

(うん。本物はもっとヤンキーみたいだったけどね。トンファー持った)

 今回の事件は、ミズキと梨理だけの秘密だ。

(そういえば梨理、今度静馬に告白するって言ってたけど…… どうなったのかしら)

 なんでも、静馬には好きな人がいるらしい。ミズキがいくら聞いても、それが誰なのか梨理は教えてくれなかった。けれど、それが誰であれ、彼女の敵ではないだろう。なにせ、梨理は狂ってしまうほど静馬が好きなのだから。

 今度、十字路にサケを供えてみるのもいいかも知れない。しゃべるネコが、色々教えてくれるかも知れない。あたし達の、これからの未来を!


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