ヴェレフェーヌの光
テルクの国境を越えた瞬間、空気が変わった。
ずっと乾いていた。旅の間ずっと。埃の味がした。喉の奥に、ずっと残っていた。
それが、すっと抜けた。
代わりに来たのは、甘い風だった。草でも花でもない。もっと静かな匂い。街そのものが、匂いを持っているみたいだった。
「着いた」
グレンゼが前を向いたまま言った。その声に、珍しく何かが混じっていた。聞き取れるほどじゃない。でも、わかった。
私は窓から顔を出した。
白かった。
建物も、石畳も、壁も、全部が白かった。でも、白いだけじゃなかった。光の向きが揃っている。街全体が、同じ方向を向いて立っているみたいだった。
きれいだ、と思った。声には出さなかった。
「メルセミュ、顔出しすぎ」
ガジに肘で突かれる。
「見てるだけ」
「見てるだけって顔じゃないけど」
引っ込める気にはなれなかった。
坂を下りるにつれて、音が増えてくる。人の声。荷車の音。石畳を蹄が叩く、乾いた規則正しい音。
にぎやかなのに、うるさくない。この街には、何かそういう調子がある気がした。
石畳に入った瞬間、坂の上に目がいった。
丘があった。
何もない丘だった。建物も木も、何もない。ただ空に向かって、開いている。
あそこから見たら、何が見えるんだろう。
声にはならなかった。馬車が止まった。
「まず宿を取る。それから依頼所へ行く」
グレンゼが立ち上がる。フィロニィが頷く。ガジがあくびをかみ殺す。
私は窓から目を離して、荷物を掴んだ。
ヴェレフェーヌ。ここが、しばらくの拠点になる。
その時はまだ、「しばらく」がどれくらい続くのか、考えてもいなかった。




