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もう終わったこと  作者: ミカン♬


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3/9

3 離婚

 ──ニーナの誕生日パーティの日。


 朝から屋敷は喧騒に包まれていた。

 指示が飛び交い、靴音が絶えず響くその空間に、私の居場所はない。


 私は忙しく立ち回るセバスを呼び止めた。


「部屋に閉じ籠っていると気が滅入るの。しばらく外で過ごすわ」


「外って……どこに行かれるのですか?」


「とりあえず、セシリーを訪ねるわ。赤ちゃんに会いたいの」


 そう口にした時だった。


「メイベル! 何をしているんだ。部屋にいるように命じてあったはずだ」


 夫の大きな声。

 使用人たちの動きがぴたりと止まる。


 ……これは。


 彼は意図している。

 私を、皆の前で貶めるために。


 これで私は完全に、レリアーナより下の存在として刻まれた。


 ……けれど、もういい。

 一刻も早くここを離れたい。


「申し訳ありません。セバスに用があったので」


「メイドに言い付ければいいだろう」


 私はただ静かに頭を下げる。

 怒気を含んだ夫の視線が、肌に刺さる。


 ……ふふ。

 思わず、心の中で笑ってしまった。

 そんなにも、私の存在が不快なのかしら。



「パパ? この人だれ?」


 ああ……また、この声。


「関係ない人だよ。ママの所で待っていなさい」


 その一言で、すべてが終わる。

 彼はニーナを抱き上げ、迷いなくレリアーナのもとへ向かっていった。


 残された私は何事もなかったように、セバスへ向き直った。


「外出の件は、パーティが終わってから、彼に伝えてちょうだい」


 すぐには返事が返ってこない。

 セバスは何かを考えるように視線を落とした。


 私は、無理に微笑みを作る。


「旦那様には余計な心配をかけたくないの。パーティを楽しんで欲しいのよ」


「……承知致しました」


 ようやく頷いたその言葉に、安堵する。

 ――もっとも、カミーユが私のことを心配するはずもないけど。


 義父母が戻れば、この侯爵家にはきっと嵐が吹き荒れる。

 義父母は間違いなく、私を引き留めるだろう。


 だから。

 決心が鈍らないよう、私は今のうちに去るのだ。



 ◇



 屋敷を抜け出し、馬車へトランクを積み込ませていた、その時。


「奥様、申し訳ございません」


 背後から届いた声。


 ――分かっている。セバスね。

 そして、その謝罪の意味も。


 ゆっくりと振り返ると、そこには正装に身を包んだ夫が立っていた。

 その美しい姿に今更ながら、私は夫に相応しくないのだと思い知らされる。


 きっとこの後、彼は指輪を掲げてレリアーナに求婚する。

 そして、ニーナの“父親”になる。


 それが、夫の望む形なのだから。


「何か御用ですか?」

「あ……メイベル。セシリーに会いに行くんだって?」


 なぜか彼の声は、不安げに揺れている。


「ええ。この機会に思い切って会いに行こうと思います」


「そうか。私も近いうちに会いに行くと伝えて欲しい」


「分かりました」


 それ以上、言葉を重ねることはしなかった。

 私は真っ直ぐ、馬車へ乗り込む。


 扉が閉まる、その刹那――

 窓の外に映ったのは、レリアーナとニーナの姿。


 ――もう、聞きたくない。


 あの声を……


「パパ!」


 思わず耳を塞ぐ。


 やがて、馬車はゆっくりと動き出した。


 遠ざかっていく屋敷。


 ――さようなら。


 あの場所に、お飾りの妻だった私はもういない。



 ◇



 神殿で、離縁証明書を二通受け取った。


 一通はイベール侯爵家へ届けてもらうよう頼み、寄付金を差し出す。


 これで、本当に終わった。


 悩んでいたのが嘘みたいに、簡単なことだった。



 ……次は実家。


 離婚の報告を避けることはできない。

 気が重いまま馬車に揺られ、久しぶりの屋敷へ向かった。



 1時間後。


 予想通り。

 私の離婚は、家族にとって許されるものではなかった。


「白い婚姻生活による離婚だと?」


 居間に響いた父の怒声に、肩がびくりと震える。


 長兄のキリウスも、冷たい目で私を見下ろした。


「最初から止めておくべきだったんですよ!」

「あの時、カミーユはまともな思考では無かった。もともとメイベルなど、彼の妹の友人という存在にしか過ぎなかった。愛されるはずもない」


 胸が痛む。


 分かっていた。

 そんなこと、誰より私自身が分かっていた。


「カミーユはお前に出て行くよう指示したのか?」


 父の問いに、私は小さく首を振る。


 すると父は眉を吊り上げた。


「なら、なぜ早まったマネをした! 子連れのレリアーナなど愛人に据えて置けば済むことだ。早く戻りなさい!」


 思わず体が震えた。


 あの屋敷へ戻れと?


 あの息苦しい場所へ?



「でも、もう離婚してしまったのですから……」


 おずおずと母が口を挟む。


 けれど父は、遮るように激しくテーブルを叩いた。


「メイベル、お前には尊厳がないのか! 負け犬のように実家に戻るなど、恥を知れ!」



 私はきつく唇を噛む。


 それでも。


「お父さま、戻っても、待っているのは監禁生活です。決心して逃げて来たんです。どうか分かって下さい」


 必死に訴えた。


 けれど母は俯いたままで。

 父と兄は私を睨むだけだった。


 何を言っても無駄。


「分かりました。戻ります」


「それでいい」


 父は安堵したように息を吐き、兄は鼻を鳴らす。


「ふん、さっさと戻れ!」


 私は静かに立ち上がる。


 口の中は鉄の味がした。



読んでいただいて、ありがとうございました。

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