表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう終わったこと  作者: ミカン♬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

2 決意

  翌日、カミーユは商人たちを屋敷へ呼び寄せた。

 ――レリアーナとニーナのために、ドレスや装飾品を揃えるのだと。


 報告に来たセバスの言葉を、私は静かに聞き流す。


「若旦那様が『好きなだけ選びなさい』と伝えると、あの方は喜んで、高級な品々を思う存分に買い求められました」


「そう。……いちいち報告に来なくてもいいわよ」


 わざと冷たく言い放つと、セバスは困ったように「しかし……」と口ごもり、深く頭を下げた。


 彼の言いたいことは分かる。

 私に対して、そのような夫からの気遣いは、一度もないのだから。


「本来であれば、彼女がここの女主人になっていたのですもの。その程度は安い買い物だわ」


 そう口にしたものの、気持ちは追いついてこない。


 私が贈り物を受け取る時は、いつも義母からだった。

 夫とは違い、義父母は私を大切にしてくださる。


 ――そのお二人は今、遠方へ。

 嫁いだセシリーの出産祝いのために。


 もしここにいらしたなら、レリアーナなど門前払いだったはずだ。


 ……いいえ。

 だからこそ、彼女はこの時期を選んだのかもしれない。


 義父母のいない、この隙を狙って。


 尽きる事のない、カミーユの愛情を信じて。



 ◇


 ――その夜。


 珍しく、カミーユが私の部屋を訪れた。


 けれど彼は、何も言わない。

 黙ってソファーに腰を落とす。


 こういう場合は空気を読んで、私から声を掛けなければならない。


「どうされました? 何かお手伝い致しましょうか?」


「いいや……実は、先週ニーナの誕生日だったらしいのだが、お金が無くて何もしてやれなかったそうだ」


「それはお気の毒ですね。それはそうと、彼女は離婚したのですか?」


「先月別れたそうだ。その前から夫婦仲は破綻していたらしい」


 そう言って、カミーユはわずかに笑みを浮かべた。


「だからニーナの誕生日パーティーを開こうと思う。ローグ伯爵夫妻も招いて盛大にね。あの愛らしいニーナを見れば、きっとローグ伯爵夫妻も、レリアーナの過去を許し、和解するだろう」


 ……なるほど。

 すべては、レリアーナのため。


「そうですね。早急に行わないとお母様たちが戻ってきますよ?」


 カミーユの顔色が変わる。


 やはり、同じことを考えていたのね。

 ──義父母はレリアーナ親子を歓迎しないと。


「明後日にパーティを行う。君は顔を出さないで欲しい」


 そうね、あの親子が悲しむものね。


「承知致しました。このような話はセバスを通してお願いします」

「ああ、今後はそうしよう」


 それで会話は終わった。


 ――皮肉なものだ。


 こんなにも長く、夫と話したのは初めてかもしれない。

 しかも話題は、意図して避け続けてきたレリアーナのこと。


 ……では、この四年間は、一体何だったのか。


 レリアーナと再会した瞬間。

 彼はまるで別人のように、生気を取り戻していた。


 ――愛の力とは、なんと残酷で、そして尊いものなのだろう。



 ◇



 窓から差し込むやわらかな日差し。

 その光の下から、楽しげな声が聞こえてくる。


「パパ、抱っこして!」


 ――無邪気に弾む、子どもの声。


 本を読むのを止めて、窓辺に近づいた。

 視線を落とせば、庭先でじゃれ合う二人の姿が見える。


 ニーナは、カミーユの子ではない。

 それなのに――

 夫の瞳には、深い愛情が宿っていた。


 ……ああ。


 胸が締めつけられる。

 その光景は、私がずっと――ずっと、憧れていたものだから。


 カミーユはイベール侯爵家の嫡男。

 本来なら、この屋敷にも、次代を担う子どもの笑い声が響いていたはず。


 ――でも、私が妻である限り、そんな日は来ない。


 義妹のセシリーは、すでに第一子を授かり、幸せのただ中にいるというのに。


 私は、ここにいないセシリーへと、語りかける。


「ねえセシリー、私だって幸せになりたいわ。我が子を、この手に抱いてみたい。それって、望んではいけない事かしら? 貴女の願いで私はこの4年間をカミーユに捧げた。でも、もういいよね?」


 返事など、あるはずもない。


 部屋には、ただ静寂だけが残り、


 庭園では──


「パパ、パパ」


 何度も何度も、夫に呼びかけるニーナの声だけが、やけに鮮明に響いていた。


 耳を塞ぐと、窓越しに、レリアーナと目が合った気がした。


 次の瞬間、彼女はするりとカミーユに身を寄せる。

 そして夫は――微笑んで、その肩を抱き寄せた。


 ……ああ。

 胸の奥に、じわじわと満ちていく敗北感。


 窓辺から静かに離れ、部屋を見渡す。

 見慣れたはずのこの場所が、他人のもののように感じられた。


 ──同時に。


 目の端に、扉の下に差し込まれた紙が映った。


 拾い上げると、そこに書かれていた。


 <奥様、カミーユを返してください。今でも彼の心を占めているのは私だけです>


 卑怯にも、差出人の名は無い。


 きつく紙を握りしめる。


 次の瞬間、ふっと、力が抜けた。


 ……もういい、終わりにしよう。


 夫の愛する人は戻って来た。


 今が、決意の時だ。


 どんなに愛しても、一方通行では届かない。


 私はゆっくりと、身の回りの整理に手をつけた。




読んでいただいて、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ