2 決意
翌日、カミーユは商人たちを屋敷へ呼び寄せた。
――レリアーナとニーナのために、ドレスや装飾品を揃えるのだと。
報告に来たセバスの言葉を、私は静かに聞き流す。
「若旦那様が『好きなだけ選びなさい』と伝えると、あの方は喜んで、高級な品々を思う存分に買い求められました」
「そう。……いちいち報告に来なくてもいいわよ」
わざと冷たく言い放つと、セバスは困ったように「しかし……」と口ごもり、深く頭を下げた。
彼の言いたいことは分かる。
私に対して、そのような夫からの気遣いは、一度もないのだから。
「本来であれば、彼女がここの女主人になっていたのですもの。その程度は安い買い物だわ」
そう口にしたものの、気持ちは追いついてこない。
私が贈り物を受け取る時は、いつも義母からだった。
夫とは違い、義父母は私を大切にしてくださる。
――そのお二人は今、遠方へ。
嫁いだセシリーの出産祝いのために。
もしここにいらしたなら、レリアーナなど門前払いだったはずだ。
……いいえ。
だからこそ、彼女はこの時期を選んだのかもしれない。
義父母のいない、この隙を狙って。
尽きる事のない、カミーユの愛情を信じて。
◇
――その夜。
珍しく、カミーユが私の部屋を訪れた。
けれど彼は、何も言わない。
黙ってソファーに腰を落とす。
こういう場合は空気を読んで、私から声を掛けなければならない。
「どうされました? 何かお手伝い致しましょうか?」
「いいや……実は、先週ニーナの誕生日だったらしいのだが、お金が無くて何もしてやれなかったそうだ」
「それはお気の毒ですね。それはそうと、彼女は離婚したのですか?」
「先月別れたそうだ。その前から夫婦仲は破綻していたらしい」
そう言って、カミーユはわずかに笑みを浮かべた。
「だからニーナの誕生日パーティーを開こうと思う。ローグ伯爵夫妻も招いて盛大にね。あの愛らしいニーナを見れば、きっとローグ伯爵夫妻も、レリアーナの過去を許し、和解するだろう」
……なるほど。
すべては、レリアーナのため。
「そうですね。早急に行わないとお母様たちが戻ってきますよ?」
カミーユの顔色が変わる。
やはり、同じことを考えていたのね。
──義父母はレリアーナ親子を歓迎しないと。
「明後日にパーティを行う。君は顔を出さないで欲しい」
そうね、あの親子が悲しむものね。
「承知致しました。このような話はセバスを通してお願いします」
「ああ、今後はそうしよう」
それで会話は終わった。
――皮肉なものだ。
こんなにも長く、夫と話したのは初めてかもしれない。
しかも話題は、意図して避け続けてきたレリアーナのこと。
……では、この四年間は、一体何だったのか。
レリアーナと再会した瞬間。
彼はまるで別人のように、生気を取り戻していた。
――愛の力とは、なんと残酷で、そして尊いものなのだろう。
◇
窓から差し込むやわらかな日差し。
その光の下から、楽しげな声が聞こえてくる。
「パパ、抱っこして!」
――無邪気に弾む、子どもの声。
本を読むのを止めて、窓辺に近づいた。
視線を落とせば、庭先でじゃれ合う二人の姿が見える。
ニーナは、カミーユの子ではない。
それなのに――
夫の瞳には、深い愛情が宿っていた。
……ああ。
胸が締めつけられる。
その光景は、私がずっと――ずっと、憧れていたものだから。
カミーユはイベール侯爵家の嫡男。
本来なら、この屋敷にも、次代を担う子どもの笑い声が響いていたはず。
――でも、私が妻である限り、そんな日は来ない。
義妹のセシリーは、すでに第一子を授かり、幸せのただ中にいるというのに。
私は、ここにいないセシリーへと、語りかける。
「ねえセシリー、私だって幸せになりたいわ。我が子を、この手に抱いてみたい。それって、望んではいけない事かしら? 貴女の願いで私はこの4年間をカミーユに捧げた。でも、もういいよね?」
返事など、あるはずもない。
部屋には、ただ静寂だけが残り、
庭園では──
「パパ、パパ」
何度も何度も、夫に呼びかけるニーナの声だけが、やけに鮮明に響いていた。
耳を塞ぐと、窓越しに、レリアーナと目が合った気がした。
次の瞬間、彼女はするりとカミーユに身を寄せる。
そして夫は――微笑んで、その肩を抱き寄せた。
……ああ。
胸の奥に、じわじわと満ちていく敗北感。
窓辺から静かに離れ、部屋を見渡す。
見慣れたはずのこの場所が、他人のもののように感じられた。
──同時に。
目の端に、扉の下に差し込まれた紙が映った。
拾い上げると、そこに書かれていた。
<奥様、カミーユを返してください。今でも彼の心を占めているのは私だけです>
卑怯にも、差出人の名は無い。
きつく紙を握りしめる。
次の瞬間、ふっと、力が抜けた。
……もういい、終わりにしよう。
夫の愛する人は戻って来た。
今が、決意の時だ。
どんなに愛しても、一方通行では届かない。
私はゆっくりと、身の回りの整理に手をつけた。
読んでいただいて、ありがとうございました。




