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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第五章 秋(二年目)

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第26話:指標の設計

――測定は裏切りか、防衛か


秋雨が、石畳を静かに濡らしていた。


学院の会議室には、黒板いっぱいの線と数字。

その中心に立つのは、リシャール。


几帳面な文字で、彼は書く。


継続指数(Continuance Index)試案


白い粉が、指先に残る。


「理念を守るためには、抽象のままでは不十分です」


振り返らずに言う。


「批判は、“曖昧さ”を突きます。

 ならば我々は、曖昧さを構造に変える」


王子は黙って聞いている。


黒板には四つの項目。


■ 離脱率

■ 再挑戦回数

■ 自己申告満足度

■ 成長遅延率


レディアナが静かに問う。


「“成長遅延率”とは?」


リシャールは説明する。


「想定成長曲線からの乖離値です。

 急激な伸びではなく、長期傾向を測る」


「伸びないことを、失敗と見なさないために?」


「ええ。

 伸びていないのではなく、“遅れているだけ”かもしれない」


会議室に、微かな息遣い。


アレクシスが椅子を軋ませる。


「数字は便利だ」


皮肉とも賛同とも取れない声。


「だが、測った瞬間、それは固定される」


視線が黒板へ向く。


「離脱率が低い。

 それは“残った”という事実だ」


「だが、残された者の疲労は?」


「再挑戦回数が多い。

 それは挑戦した証だ」


「だが、追い詰められた可能性は?」


静かな問いが、空気を揺らす。


「数値は、美しく整理する。

 だが整理された瞬間、そこから零れるものがある」


リシャールは反論しない。


ただ、チョークを握る手に力が入る。


レディアナが前に出る。


「では、測らなければ?」


アレクシスと視線が交差する。


「測らなければ、記録は残りません」


彼女は続ける。


「記録がなければ、批判に対抗できない」


「理念は言葉で守れます。

 けれど制度は、構造で守るものです」


窓の外では、雨脚が強まる。


「測定は裏切りではありません」


一拍。


「測定は、防壁です」


王子はまだ発言しない。


黒板の四項目を見つめている。


離脱率。


再挑戦回数。


満足度。


遅延率。


どれも完全ではない。

どれも真実の一部にすぎない。


「……指数化するのか」


ようやく口を開く。


リシャールがうなずく。


「四項目を加重平均。

 ただし絶対値ではなく、推移で評価します」


「一時的な低下は問題としない。

 傾向を見る」


アレクシスが眉を上げる。


「つまり、“固定しない数値”か」


「ええ。

 静止画ではなく、動画として扱う」


その瞬間、空気がわずかに変わる。


扉が叩かれる。


エドゥアルドが入室する。


「議論は進んでいますね」


黒板を一瞥。


「なるほど。揺らぎを“傾向”として記録する」


王子が問う。


「どう見る?」


エドゥアルドは少し考える。


「完璧ではありません」


全員が息を止める。


「ですが」


穏やかな声。


「理念を裏切らない数値設計です」


「固定しないための、動的指標」


リシャールの肩が、わずかに下がる。


その夜。


レディアナは生徒の区画を歩く。


再挑戦を重ねる生徒。

成果の見えない土壌。


彼女は尋ねる。


「あなたは、ここに残ったことを後悔していますか?」


生徒は少し考え、首を振る。


「結果はまだです。でも、ここで挑戦している自分は、嫌いじゃない」


レディアナは微笑む。


その言葉は、数値にならない。


だが、消してはならない。


会議室に戻る。


王子は黒板の前に立つ。


「測定は裏切りか、防衛か」


誰も答えない。


王子は続ける。


「裏切りになり得る。

 だが、防衛にもなり得る」


「ならば選ぶのは我々だ」


チョークを取り、四項目の上に書き加える。


※数値は結論としない


その一文。


「これは判決ではない」


「これは記録だ」


アレクシスが、初めてわずかに笑う。


「……ならば、まだ裏切りではないな」


雨は止んでいる。


秋の空は高い。


揺らぎは、初めて“設計”という形を持った。


だがそれは、まだ未完成。


測定は刃にも盾にもなる。


その刃を、どう握るか。


それが秋の課題だった。

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