表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

2-(2)

4


 僕の知る直中伊佐六(ただなかいさろく)という秀才のクラスメイトは、一言で言えば嫌われ者だった。何せ性格がすこぶる悪いのだからしょうがない。

 基本的に他人を見下し、見え透いたことを言うのが大好きで(ほとんど的外れ)、そして自分のことを天才と勘違いしていたのだ。秀才であることは一同声を揃えて認めるものだが、人格が欠如しているからというよくある理不尽な理由を排除しても決して天才ではない。天才の基準なんて僕たち平々凡々族には知る由もないけれど、なんとなく、あるいは直感的に天才ではないと見做していて、恐らくそこに間違いはない。

 直中伊佐六は天才ではなく、秀才だ。

 そんな直中と僕の関係は『ただのクラスメイト』の一言に尽きる。仲が良いとか仲が悪いという次元に至っていない関係を、その一言意外にどう表現しようというのか。言うまでもなく僕が直中に抱く印象は最悪だし、彼が僕の人生のメイン登場人物になることは、主の僕が許さない。まあこの感情は僕の方からの一方通行で、直中の方は僕の事を何とも思っていないんだろうけど。そうに違いない。

 と、ここまでが僕の知る秀才の直中伊佐六で、これからは僕の知らない直中伊佐六になる。色々と良い意味での変更点がある中で、僕がかなり驚いたことが一つがあった。

 それは僕こと樫耶野七伍と直中伊佐六の関係である。

 どうしたことか、こっちの世界での僕と直中の関係は、にわかには信じがたいが、ただのクラスメイトを何段階も飛び越えた――親友の関係にまで昇格していたのだ。

「よー、七伍。おはようさん」

 教室に入るなり、僕の元々知る直中伊佐六では絶対に見ることが出来ない爽やかスマイルによる挨拶が、僕は珍しく大きい挙動でビクッと体を震わした。背筋に得体の知れない悪寒が走る。

 ……流石にこれは変わりすぎだろう。

 思えば、直中と挨拶を交したのはこれが初めてじゃないだろうか。あ、いや違う。昨日の朝もだ。そうなると通算二回目の挨拶になる。一緒にいる期間は絶対的にこっちの方が短いのに、挨拶の回数はこっちの方が多いのは滑稽とさえ言える。

「ああ、おはよう……」

「……? 顔色悪いな」

 間違いなくお前、直中のせいだった。

 しかし親友か。

 恐ろしく新鮮な響きだ。

 仲が良い友達はあっちの世界でもいたけれど、感情が膜のように薄い僕だから、周りからそう見られていても、僕の方から親友と認めることは一切無かった。別にそれを悲しいと思うことはなかったし、深い関係よりも浅い関係を好んでいた僕にしちゃ好都合だった。

 しかしどういうわけかこっちにいた僕は深い関係を築いていたらしい。僕としちゃやりにくいったらありゃしない。

「んー、急に黙り込むなんていつものお前らしくないな。昨日もそうだったけど、どうしてそんな目を点にして俺を見るんだよ? ちょっと悲しいぞ……」

「あ、いやっ」

 僕の沈黙のせいで、直中が乙女よろしくしおらしくなっていた。お前そんなキャラじゃねえだろと言いたいが、言っても意味がないのだと思うと歯がゆくて仕方がない。この思いをどこにぶつけたらいいのだろうか。捌け口がほしい。

 それにしても『いつものお前』ね。

 そうそう、僕をよく知っているってことは、こっちの僕と僕に相違点があったら今みたいにいち早くこいつが気付くということか。僕としてもこっちの僕がどのような人格をしているか気になるし(ほとんど違いはないんだろうけど)、直中のそういう反応は見落とさないように注意しよう。わずかな可能性だけど、もしかしたら僕が全く違う人格かもしれないし。

「昨日もそうだけど、寝不足なだけだよ」

「そうなのか、心配だな……添い寝しようか?」

 ………………。

「いや、冗談だけどな、流石に」

「………………そうかい」

 冗談をスカしたのに爽やかな表情を向けないで欲しい。それに冗談にしても大変危険極まりない言葉だった。こっちの僕はこいつとこんなやり取りをするのが日常茶飯事だったのかと思わず神経を疑う。

 性格の悪さが払拭されても尚、僕にとっては害悪な存在なのかもしれないが、しかし毒気が抜けたこの顔は客観的に見て悪くない。いや、それに限らず容姿全体が映えているように見える。幾らなんでも過言だろという感想を貰うかもしれないが、実際にそう見えるのだからしょうがない。元は良いのだが、性格の悪さがあまりに大き過ぎたんだろう。

 後ろ髪は首まで届く、男にしては長い黒髪。少しくねったもみあげも長い。黒縁眼鏡に端正な顔立ちはどちらかと言えば中性的で、体つきはこれと言って特徴のない細身をしている。運動が得意そうには見えないが、はてさて天才と呼ばれる所以はここにもあるのだろうか。因みに僕の親友ではない方の直中の運動能力は中の下と言ったところで、決して高くはなく、むしろ低かった。

 まあこの天才に対するコンプレックスがなくなった直中伊佐六に、仮に運動能力が欠如していても、人間としてはこっちの方が明確に優れているのは言うまでもないだろう。

 僕としちゃ、こっちの直中の方が断然好感が持てる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ