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「直中伊佐六を協力者として迎えたみたいで何より。ちょっと早い気もするけどな」
すっかり日も落ちた午後六時半頃、神谷さんが自宅前で僕を待ち伏せしていた。
日中とは比べ物にならないくらい気温が下がっているからなのか、神谷さんはモッズコートのフードを被っていた。僕のマフラーよりも暖かそうだ。
「……神谷さん、いつからそこで待ってたんですか?」
「うん? いや、そんなに待ってないぞ。だって言っといたじゃん、私、七伍君のことずっと見張ってるって。だからちょーっと先回りしただけだよ」
「ああそうでしたね……」
というか本当に今日一日僕のことを監視、もとい見張っていたのか。暇があれば周囲を見てみたけれど、一度もその姿を視界に捉えることができなかったから、実を言うとサボってるんじゃないかと疑っていたがそうではないらしい。単に僕が未熟なだけで、神谷さんが幾段も上手なだけか。
神谷さんはポケットに突っ込んだ両手を動かしながら「さみーさみー!」と、
「そんなわけだから手短に済ますけど……明日はどうするんだ?」
「考えてません。全く」
「おい」
「しょうがないじゃないですか、考えてないものは考えてないんですから」
「悠長だな……まあしゃあないっちゃしゃあないけど」
あなたがせっかちなだけです、神谷さん。
見るからにせっかちだからな、この人。順番待ちとかすごく苦手そう。逆に僕は順番待ちとかは好きだ。あの待ち時間に、色々考え事して過ごすのが僕は結構好きだったりする。
神谷さんは一転して真剣な面持ちで口を開いた。
「そうだ七伍君、直中伊佐六のことを犯人じゃないと決めつけるのだけは絶対にするなよ」
そんな態度で何を言うのかと思えば、言った言葉はその態度に相応しい『警告』だった。
勿論そんな警告受けるまでもない――と言いたいところだったが正直に言おう。
可能性が低いからという理由から、可能性が全く無いからと考えていた自分が確かにいた。これは危ない。この二つの意識の違いは大きく異なる。
「これは今後にも言えることだが――疑うことは、絶対にやめるな。常に疑え。猜疑心を常備しろ。疑いはかけるだけかけろ。君がこっちの世界で一番すべき行為は疑いだよ。疑心暗鬼になるのも悪くないかもしれないな」
言い方に多少の難を感じたものの、感じつつ僕は納得していた。
こっちの世界の住民は、僕にとっちゃ皆他人。顔は知っている奴らばっかりだけど、全部偽物。偽物を疑うことに、何もおかしいところはない。
「となると、僕は神谷さんも疑うことになりますけど」
「いやそれはやめろよ」
「………………」
言葉に出来ないくらいの大きさで矛盾していた。
僕、あなたのこと疑っちゃ駄目なんですか。疑うの禁止なんですか……考えてみれば神谷さんは現段階で、僕の中の胡散臭いランキング堂々の一位じゃないか? 転校生も同等に胡散臭いし怪しいけれど、神様の使いとかいう明らかに非現実的な神谷さんには劣る。
もしかして神谷さん……?
「だから疑うなって。そんな目でみるなって」
「……その発言が自分の言葉の説得力をどんどん下げていることに気付くべきです。まあいくらなんでもないとは思いますけどね。大体あなた、僕が元々いた世界で何の関係も――あ、いやどうだろう。もしかしたら他の皆と同じく性格が変わっただけかもしれないし……まさか親戚とかか……?」
「すまん私が悪かった」
往生際が悪かった神谷さんが、いよいよ非を認めて頭を下げてきた。
「うん。私のことも疑っていい。疑え疑え。ほらどんどん疑え」
「昨日もそんなこと言ってませんでした?」
昨日は見ろ見ろだったと思う。癖なのだろうか。
神谷さんはボソッと「疑われるのすげぇ嫌いなんだけどなぁ……」と呟いてからこほんと咳払いをして気を取り直す。神谷さん、もしかしてミスター正義? だからそんなこと呟くのか、って神谷さんは女じゃないか。それならミス正義だ。
ミス正義。
響きがとにかくダサかった。
「とりあえず私は、明日は転校生辺りを当たることをおススメするよ。ほとぼりも冷める頃合いだろうしな――いっそ明日は一気に当たってみるのもいいかもしれないぜ」
「一気にですか」
転校生――嘉祥瀬鳥。
幼馴染――業天樹奈。
友人――阿知良忽。
中二病――十塔匁。
この四人に一気に当たるとなると、体力の消耗が激しくなることが予想される。主に、精神的に。特に、十塔匁。あの十四歳の相手をするのは疲れるのだ。というか今のところ変わったところのない樹奈以外は同じくらい疲れそうだ。そういえば匁についてはこっちに来てから一度も見ていないがどうなっているんだろう。良い方向に変わってくれていたら、ともすれば体力の激しい消耗は避けられるかもしれないが、あいつの濃密な中身が世界が変わったくらいで変化するのは思えない。
「ま、大変だろうけど頑張ってくれたまえー。じゃっ、私は帰るよ」
「え、そういえばどこに帰るんですか?」
「私にも家くらいあるよ……」
「意外だ」
「なんでだよ」
だって定住地を持たないイメージがあったんだもの。
神谷さんは苦笑しながら、
「じゃあな、また明日」
「はい、また明日」
僕の家の前から去っていった。
そんな感じで、僕のこっちでの生活・二日目は終了した。




