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同じ天の下  作者: コトリ
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第27話『別離』-4




 メレイが剣でニースを指した。暗闇の中でも、メレイからは、ニースが唇を噛んだのがわかった。しかしメレイにとって、そんなものに躊躇ちゅうちょする気はさらさらなかった。

足を踏み込み、メレイが再びニースに斬りかかった。

 激しく、剣の合わさる音が大きく響いた。

 メレイの振り下ろした剣を、ニースが自分の剣で止めたのだ。降りそそぐ雨が肌を伝っても、ニースもメレイも一瞬たりとも互いから目を離さなかった。

 メレイの口元が、わずかに笑みを見せた。

「そういえば、あんたと剣を交えたことはなかったわね」

「……できるならばこんな事はしたくはない! お前に剣を向けるなど……!」

 歯をくいしばるニースと違い、メレイは濡れた地面を蹴って剣をはじき、横から再び打ち込んだ。ニースがまた、それを剣で止める。次々と降り注ぐ刃を、ニースは的確に防いだ。

「なぜだ! 今まで何にも執着など見せなかったお前が……なんでそこまで!」

「執着ですって?! 今の私には、これが生きる理由だわ!」

 メレイが、強く剣を振り下ろす。大きな刃のぶつかり合う音と共に、ニースは目の前でそれを受け止めた。鋭い眼光で自分を睨みおろすメレイとの距離は、わずか数センチだった。

「……復讐か?!」

「珍しく勘がいいじゃない。そんなところね」

 剣をはじき、メレイが構えたままニースと距離をとった。ニースは目を細めた。

「今度ばかりは聞かせてもらう。どういうことなんだ……!」

 ニースの言葉に、メレイが表情もなく剣先を地面に落とした。「いいわ」顔につく雨を拭いもせずに、わずかにあごを上げる。

「特別に教えてあげる。どうせもう、さっしはついてるんでしょ」

 頷きもしないニースに、メレイが続けた。

「私の本当の名はギャレット。……メレイ=ギャレット」

「ギャレット……」

「前にあんたが聞いたでしょ。ゴーグス=ギャレットは私の父よ」

 ニースは目を見開いた。「ギャレットの娘……!」――予想はあった。しかし、まさか娘だとは。

 ゴーグス=ギャレットについては、ニースは無知というわけではなかった。十数年前、東の大陸中心部で名を馳せた、その首に一千万ゴールドの賞金をかけられた盗賊団のリーダー。――そう、生前に関しては。

 メレイの目が、再び鋭く光った。

「家族同然だった皆を殺したあの男……! 私が生き残ったのは、ほんの偶然がかさなっただけ……」

 メレイが左腕の付け根に巻いたリボンをほどいた。同時に、ニースは目を見開いた。――その下にあった、肌の一部が褐色かっしょくに変化するほどの傷跡に。

 手のひらほどのそれは、既に痛みをともなっていないであろう古傷だ。今まで気にも留めていなかったが、確かにメレイは、その腕にいつもリボンを巻いていた。――おそらく、その痛々しい傷跡を隠す為に。

「その時の傷よ。父を亡くしてから、この名を名乗ったのはあんたが初めて」

「……敵討ちか」

 メレイの視線に、ニースは喉を締め付けられるような感覚を覚えた。今まで、メレイのそんな目を見た事が無かった。いや、戦いの最中であれば、見たことがあるかもしれない。しかしそれが、今は自分に向けられている。

「十二で身内を亡くして、この街にたどり着いた。それからはずっと、あの男を殺す事だけを考えて生きてきたわ。十年以上探し続けてやっと見つけた尻尾よ。……絶対に逃がさない」

 メレイの眼光に、ニースの頭で、何かが繋がった。「……ルジューエル賊団」ニースは目を細めた。

「俺達と一緒に居たのは、俺が奴らの情報を掴むために役立ったからか……!」

 自分が、彼らに狙われている事は、全員が知っていた。――もちろん、メレイも。自分と彼らに接点があったから、メレイは今まで一緒にいた――。

「悪く言えば、そういうことね。そろそろ通す気になった?」

 メレイには、まったく悪びれた雰囲気はない。――少なからず、ニースの心には動揺が走った。

 目の前の女は、自分を利用したのだ。今まで共に歩み、笑い、旅をしていた、この女は。――しかし。

 一つだけ、ふに落ちないことがあった。

「お前は……俺が奴らに狙われていると、いつから知っていた」

 ルジューエルの一味の正体がわかったのは風の王国を出国する直前だ。メレイが同行を決めたのは、もっと前――。砂漠で、シャルロットが誘拐された時だ。

「……砂漠。あそこで、サンガーナの手下を見た時から知ってたわ」

「どうして……」

 ――黙っていたんだ。そう続く前に、「奴らはね」と、メレイが遮った。「体のどこかに、団員のあかしがあるの。片翼の、竜の刺青。すぐに分かったわ」そう語るメレイは、何かを思い出すように目を伏せた。

「だからあんたについていく事にした。あんたといれば、必ずあいつらとの接点になる。……でも、それももう終わり。もっといい情報があるの」

 その目を、再びニースに向ける。「そろそろ通す気になった?」その口の端が、わずかに上がった。まるで、こちらをあざ笑うかのように。

「……悪いが、気が変わる事はない」

 どれだけそれを見せつけられようと、メレイを放っておくわけにはいかない。冷めた言葉で、ニースは再び剣を構えた。「じゃあ、やっぱり力ずくで行くしかないわね」

 それに合わせ、再びメレイが斬り込んだ。暗闇に、裂けるような大きな剣の音が響く。

「復讐なんて……亡くなった父上殿も喜んだりはしないだろう!」

「そんなのわかってるわよ!」

 ニースの言葉に、雨音に混ざったメレイの声が一瞬揺れた。

「だったら……! 少しは自分のことを考えたらどうだ! 皆、お前の事が心配なんだ!」

 目を細めたメレイが剣をはじき、ニースと距離をとって顔を背けた。今までと違うその顔は、あまりに歪んでいる。

「……私は! 私は今さら幸せになんかなれない……! あの日……、父上が死んだ日……。あの日で全てが変わった……!」

 肌に伝う雨が、一層強くなった。

「あんたには分らないでしょ……。私がどんな風に生きてきたか……。十二の小娘が、知らない街で生きていくのがどんなに大変か……!」

 ――その憎しみを全て込めるかのように。メレイがニースを睨みつけた。

「やれる仕事は何でもやった……! それでも食べる物もすら買えない……寝る場所だって! 私はね! 自分の体を売った金で生き延びたのよ!」

 ニースは返す言葉などなかった。しかし、あの店を見たときから、心のどこかでは予測していた事だ。

「だから私はあの男を許せない! 私を地獄に落としたあの男をこの手で殺すまでは!」

 メレイが足を踏み込み、再び打ち込んできた。

 それを受け、ニースは目を細めた。唇を噛み、強く剣を握り締める。

 ギッ――

 メレイが気がついた時には、遅かった。ニースが下から振り上げた剣が、メレイの手元を弾いた。そこから離れた剣が、大きく弧を描くように回転しながら宙を飛ぶ。

 鼻先をかすめたニースの剣先を身を引いて避けると、メレイは濡れた地面に足をとられた。

 雨水が、跳ね上がった。

 離れた地面に剣が突き刺さるのと、メレイが尻餅をついて地面に倒れるのは同時だった。メレイが顔を上げると、その目の前にはニースの白銀の刃があった。

 ニースの顔は、歪んでいた。――唇を噛み、何かに耐えているかのように。「今のお前は冷静な判断力にかけている」表情もなく自分を見上げるメレイに、ニースが言った。

「俺にすら勝てないのにルジューエルの一味にかなうわけがない。……頼むから、今は言う事を聞いてくれ……」

 歪めた顔から、メレイは一瞬も目をそらさなかった。静かになった荒野で、雨音が、いやにうるさく感じた。

 目の前に剣を突き出されても、そこにまったく殺意が無いことは、メレイには分かっていた。自分を、一閃たりとも傷つける気はないのだと。

「……あんたには負けるわ」

 うつむき、メレイは小さく息をついた。その声には、先程までの張り詰めた空気は無かった。

 その顔を上げ、表情もなくニースを見上げる。

「……わかった。わかったわよ……。今日のところは引くわ」

 メレイが言っても、ニースは聞こえているのかいないのか、動かなかった。「聞いてるの? どいてくれない? 立てないわ」メレイの声に、ニースはやっと我に返ったようだ。

「……あ、ああ」

 突然意思を変えたメレイに驚きつつも、ニースは剣をおろし、腰におさめた。メレイが片手を伸ばすので、その手を取る。メレイを引き起こすと、メレイはそのままニースに寄りかかった。

「……痛い……」

 顔を歪め、メレイが小さく呟いた。

「今のでか……?」

「そう……かしらね」

 怪我を負わせる気は無かったが――。メレイを気遣い、ニースは顔を覗いた。

「すまない、力を入れすぎた……どの辺に……」

 言葉の途中で、それは遮断された。口が、メレイの唇に塞がれたからだ。

 頭が真っ白になる、というのはこういう事をいうのだろう。目の前の出来事に、思考がまったくまわらなかった。

 我に返ったのは、一瞬だろうか、数秒後だっただろうか。ニースはメレイの両肩を掴んで体を離させた。

「な、何を……!」

「あんたは優しいから……」

 一瞬、メレイが笑った。

「心が、痛むのよ」

 同時に、低く鈍い音が聞こえた。違和感を感じたのは、一瞬だけだった。同時に、吐き気のような痛みが、腹を突き抜けた。メレイの固めたこぶしが、ニースの腹に入ったのだ。

 ――油断した。気を抜いた体に入ったこぶしは、腹にのめり込んだ。

「メ……」

 言葉を発するには、遅すぎた。何も考える前に、視界がせばまり、表情も無く自分を見つめるメレイの顔も、すぐに暗転していった。

 倒れかけたニースを、メレイは体で支えた。それでも、自分より体の大きいニースは、一人では支えられない。その体重に従うように、メレイはその場にニースを寝かせた。降り注ぐ雨が、目を閉じたままのニースに当たっている。

 メレイの頬にも、雨が伝っていた。

「……さよなら」

 意識の無いニースの耳元に囁き、メレイは立ち上がり、そのまま走り去った。






いつもお付き合いいただきましてありがとうございます<(_ _)>

無事、27話まで、終了しました。

以降もこのまま続けていきますので宜しくお願いいたします。



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