第四章 カムロの末裔 #5
途中、何度か初島と塩崎の反応を窺いつつ、二三香の報告は無事終わった。
「どうします? 私は竹平部長の言うことも一理あると思うんですけど」
二三香の問いに、先に口を開いたのは初島だった。
「子供に化けるのは俺もいいアイディアだと思う。たしかに今のままだと、服が手がかりになって足が付く可能性もなくはない」
変身の自由度を考えれば、逆に60歳くらいに設定するという手もあるが、自分の老いた姿を目の当たりにするのは若干抵抗がある。それに、体が小さい方が何かと小回りも利くし、若さというメリットは何物にも代え難い。
「そうね。妹尾さんたちはともかく、私と初島先生は子供に戻る方がカムフラージュとしては確実だし……。誰がどんな姿に化けるかは、また夜にでも話し合いましょ」
塩崎も同じ考えのようだ。
「よし! そうと決まれば、次はいよいよ部室の下調べだな」
「さっそくですけど、私はどういうルートで行けばいいんでしょうか? 私、部室棟に入るのも初めてなんです」
「心配いらないよ。職員棟と部室棟は2階が渡り廊下で繋がってるから、とりあえず普通に歩いて行けばいい。ちなみに新聞部の部室は3階の一番奥。今すぐ直行してもらえるかな?」
「え、でも授業は……」
「教頭先生に急な雑用を頼まれて少し遅れるってことにでもしとくよ。それで変な詮索をする奴は、うちのクラスにはいない、といいんだけどな」
「分かりました。それでは行ってきます」
二三香はそう言い残すと、ロボットのようにぎこちない足取りで去って行った。
後ろ姿を見送りながら、塩崎がたずねる。
「そう言えば、初島先生の透視能力って有効範囲どのくらいでしたっけ?」
「たぶん100メートルくらいは行けると思いますよ」
実際、初島は学園の敷地内に戦時中の防空壕跡や不発弾などが埋まっていないか、すぐ後ろの窓から何度か透視を試みたことがある。もっとも、それらしい物は何ひとつ確認できなかったが。
「有効範囲がどうかしたんですか?」
「妹尾さんの動きを念のため見ててあげてほしいんです。授業しながらだと大変かも知れませんけど」
「もちろん心得てますよ」
言われるまでもないことだ。二三香の瞬間移動はトラブルへの対処はできても、防止や予測まではできない。仮に部室まで順調に行けたとして、中に移動した瞬間にセキュリティが作動する可能性もある。あるいは監視カメラが回っていたり。
その手の物騒な機械がないか、初島も休み時間を使って調べるには調べた。だが、そういった方面に特別詳しいわけでもない素人の見立てがアテになるかと言えば、答えはノーだ。
(たとえ収穫がゼロでも構わん。とにかく無事に帰ってきてくれよ)
心の中で祈りながらメガネを外し、視線と意識を部室棟に向ける。初島の網膜に映し出されたのは、周囲を警戒しながら無人の階段を昇る二三香の姿だった。