35. デイジーとアレクのデート <完>
辺境女子たちがデートを楽しむ中、やっと国王夫妻が王都に戻ってきた。
スパイが吐いた情報に、リュベナー領地付近で国王夫妻の一行が橋を渡っているときに、橋を壊す計画があった。リュベナー領の戦士たちがスパイの仲間を捕え、無事に国王夫妻たちを救出したのだ。
リュベナー領の戦士に守られ、国王夫妻たちは命からがら王都にたどり着いた。一緒に父も来た。領地と国の今後を決めなきゃいけないし、私とアレク、マイルズ兄さんとフローレンス王女の婚約の細かい調整もしなきゃいけないから。親って大変ね。
父さまはヒゲもじゃで、眉毛も濃く、大きな目はギョロッとしていて、腕は私の太ももより太い。筋肉隆々の父さまは、いるだけで気温が上がりそうなぐらい圧がある。でも、中身は優しいんだ。
「父さま」
「デイジー。よくやった。誇りに思うぞ」
父さまに抱きしめられると、急に力が抜けた。もう何もかも大丈夫って思える。今まで、気を張ってたんだな。気づいてなかった。
父さまが手を広げて、後ろのアレクもまとめて抱きしめた。ちょっと苦しいんだけどー。でも幸せ。
「親父殿」
「ふっ、その呼び方。何度やめんかと言ってもやめなかったな、アレク。もうやめんかとは言わん。これからは本当の家族だ」
「はい、今まで長いこと押しかけ義理息子をさせてもらいました」
「アレクめ」
わーお、アレクってば父さまのこと、親父殿って呼んでたんだ。ウケるー。
父さまの腕から解き放たれ、雑談してるふたりを見る。仲良さそうで、本当の親子みたい。
そういえば、父さまがルークと会ったのは一度だけだな。二年前、私を王都に連れて来てくれて、一緒にルークに会ったんだっけ。今思えば、ルークは全然父さまのことを尊敬してなかったと思う。ただの辺境領主って見下してたような気がする。
よかった。アレクでよかったな。やっぱり婚約者には、自分の家族と仲良くしてもらいたいもん。私はアレクの家族と仲良くなれるかな。会いに行くんだろうか。緊張するなー。
父さまが私に静かに「デイジー、お前はルークをどうしたい?」と聞いた。
私は考えてきたことを伝える。
「私にしたこと、企んでたことはひどいし腹が立つ。ルークのせいで、色んな人がひどい目にあったと思う。でもまだ血は流れなかった。だから、命までは取りたくない。フローレンス王女が悲しむ。国王夫妻も心が壊れちゃう」
「分かった。お前の気持ちを尊重しよう。明日、陛下と話しをしてくる」
「私は行かなくていい?」
「デイジー。アレクも。お前たちはまだ若い。大人に頼っていい年だ。こういうことは親に丸投げして、お前たちはデートでもしておれ。今までがんばってきたんだから。ふたりとも、国を救ってくれてありがとう」
「父さま」「親父殿」私とアレクの声がかぶる。顔を見あわせて笑う。本当に、私たち家族になったんだね。
父さまのありがたい提案通り、私とアレクはまたデートに出かける。アレクの左側に立って、腕をからませるように手をつなぐ。これが一番落ち着くし歩きやすい。
「今日で十回目のデートだね、アレク」
「これから何万回もデートしよう、デイジー」
「最初のデートは緊張したよね」
初めてのデートは夜会の翌日。帝国の手の者がまだいるかもしれないから、安全な場所でってことで、城壁を一周したのだ。護衛は前方と後方で、離れて歩いてくれる。アレクの腕に手をかけるエスコート方式で歩いた。何を話せばいいんだろう、笑い方おかしくないかな、歩くの遅くないかしら、体が当たっちゃった。色んなことが気になって、舞い上がっていっぱいいっぱいだった。
南門の門塔でお昼ご飯食べたんだけど、咀嚼してるとこ見られるって恥ずかしいーってなっちゃって。食べた気がしなかったっけ。
「一回目のデートは、緊張しっぱなしで、歩き疲れたし、色々考えすぎちゃったな。ヘトヘトになったけど、城壁の上からアレクと見た夕日はずっと忘れないと思う」
「俺だって緊張したよ。歩くの速すぎないかとか、会話がつまんないって思われないかとかさ。でも、それもいい思い出」
「うん、そだね」
我ながら、初々しくて甘酸っぱい初デートだった。
二回目は、やっぱりまだ危ないってみんなが心配するので、屋敷近くの川で釣りをした。釣りに飽きたら石を投げて水切りした。どっちが多く石を跳ねさせるか本気で競い合ったっけ。
たき火で魚や野菜を焼いて食べた。おいしかったなー。
「あのとき、向かい合って食べるより、隣に座って食べる方がいいって分かったんだよね」
「魚にかじりついてるのはあんまり見られたくないし、隣だとデイジーにぴったりくっつけるから。俺もそっちのがいいかな」
少しずつ、ふたりの過ごしやすいやり方がみつかっていく。それが嬉しい。
三回目は雨だったので屋敷内を探検した。
「屋敷探検、楽しかったよね」
長い廊下を全力疾走したり、階段から飛び降りたり、飾ってある祖先の肖像画の顔真似をしたり、子どもみたいなことをして遊んだ。
「屋敷内だから、護衛がついてこなくてふたりきりでいられて最高だった」
そうだった。人のいないところではひっきりなしにキスしてた。
「また屋敷内デートしようね」
「早く雨が降らないかな」
アレクと空を見上げる。上を向いてる私に、アレクがすかさずキスする。
「素早い」
「ハヤブサっぽいだろ」
「四回目は屋敷近くの野原でピクニックだったね」
厚手の敷物の上にふたりで寝っ転がって、雲を見ながらおしゃべり。ただ雲を見るだけで、幸せなのってすごいことだ。花で輪っか作ってアレクの頭に載せたらかわいすぎて爆笑しちゃった。
「アレクは花輪が似合ってた」
「デイジーはブドウを口で受け止めるのがうまかった」
そうだった。ブドウを投げ合って、口で受け止める遊びもしたんだ。行儀悪いことばっかりしてる、私たち。
「五回目は屋敷の裏にある湖で小舟に乗ったね。楽しかった」
「デイジーがわざとらしく湖に落ちて泳ぐから焦ったよ」
「だって、気持ちよさそうだったんだもん」
「ずぶぬれで屋敷に帰ったらハーパーさんが悲鳴あげてたな。悪かった」
「あなたたち、いくつなの。風邪ひくわよ。子どもじゃないんだから、考えなさいって怒られちゃったね」
アレクは私がどんなバカなことしても笑ってくれる。
「六回目から街歩きが許されたんだよね」
「カフェで死ぬほどケーキ食べたな」
そんなに甘党じゃないのに、アレクはたくさんケーキ食べてくれた。物語で読んでいつかぜひやってみたいと密かに憧れていた、あーんもやらせてもらったし、やってもらった。甘いひとときだった。
「七回目と八回目も街歩きしたね。王都に二年も住んでたのに、知らないお店がいっぱいあって驚いたよ」
「デイジーはあんまり買わなかったね。なんでも買ってあげるのに」
「いやー、それは悪いよ。私だってちゃんとお小遣いもらってるからさ。欲しいものがあったら自分で買うよ。一緒に色々見るだけで楽しいしね」
「お金のかからないお姫さまだ。そういう地に足のついたところが好きだ」
「ありがとう。私もアレクの真面目で落ち着いてるところが好きだよ。あ、でも九回目のデートは贅沢だったし、王子さまとお姫さまっぽかったよね」
「ニコラスに泣いて頼まれたからな」
「舞台の上演内容変えちゃうって、すっごいよね。ああいうのって王子あるある?」
「いや、さすがにあんまり聞いたことない。とはいえ、チケットは全部売り切れて、劇団から感謝されたとニコラスが言っていた」
「そうなの? すごいじゃん」
「ファブフォーがお忍びデートするらしいという噂が王都を駆け巡って、おかげで売り切れたそうだ」
「知らなかった。エリカに見つからないように必死だったからあんまり周りを気にしてなかったけど。そういえばたまに視線を感じたような」
リコリスとペティーたちもカップルできたんだけど、視線を交わしてすぐそれぞれのボックス席に隠れたんだ。エリカがせっかく外デートする気になったんだもん。邪魔したくないじゃない。
「そういえば、今日のデートはアレクのオススメのところに行くんだよね? そろそろ着く?」
馬車から外を見ても、ここがどこかよく分からない。
「うん。そろそろ着く。お願いがあるんだけど、もう少しで着くからしばらく目をつぶってくれないかな」
「えー、いいよ。なんだろ、ドキドキする」
目をつぶると、アレクに抱きしめられた。アレクの匂いに包まれる。海みたいな爽やかな匂い。
「思い出した。前にもらったハンカチ。洗ったら匂いが取れちゃった。アレクって香水つけてる? ハンカチに香水つけてくれない?」
「いいよ。俺もデイジーの香水をハンカチにつけたい」
「ふふふ。分かった」
アレクの匂いに浸ってると、アレクが耳元でささやく。
「着いた。まだ目は開けないで」
「うん」
どうやって馬車から降りたらいいんだと思ったら、先に出たアレクに抱き上げられる。こ、これは再びのお姫さま抱っこ。ぎゃー、嬉しいけど恥ずかしーい。誰にも見られてませんように。
アレクに軽々と運ばれていく。
「デイジー、目を開けていいよ」
目を開けた途端、花びらと叫び声に包まれた。
「デイジー、おめでとー」
辺境女子と王子たち、グレン叔父さまとハーパーさんに屋敷の使用人一同と領地の精鋭部隊が見慣れた庭に集まってる。
「全員集合じゃん、え、これどういうこと?」
「ぐるっと回って屋敷に戻ってきた。デイジー、自分の誕生日忘れてない?」
「あ、忘れてた」
色々あったから、それどころじゃなかった。
「デイジー、十七歳の誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
木とガラスでできたジュエリーケースに羽根と貝殻が美しく並べられてる。
「デイジーを思って集めてきたんだ。やっと渡せて嬉しい」
「アレク」
顔も知らない、会ったこともない私のために、アレクが時間をかけて集めてくれたんだ。私への思いが詰まっている。とてつもなく尊い。
「アレク、嬉しい。本当にありがとう」
「実はまだあるんだ。これは、十六歳の誕生日用。はい、この前街歩いたときに、かわいいって手に取ってたから」
青い鳥のイヤリング。
「いつの間に買ったの?」
「店主に後で取りに来るからって耳打ちしたんだ」
「アレクってば」
「つけてもいい?」
アレクが耳に青い鳥のイヤリングをつけてくれる。ハーパーさんが手鏡を渡してくれた。
「かわいい。素敵。ありがとう」
「実はまだあるんだ。これは十五歳の誕生日用」
街で見た革張りの手帳。値段を聞いてびっくりしたんだった。
「こんな高いもの、いいの?」
「デイジー、王子の婚約者なら普通は宝石を欲しがるものだよ。革張りの手帳で遠慮しないで」
「ありがとう、アレク」
何を書こう。ワクワクする。柔らかな革を撫でると、自然と笑顔になってします。
「えー、ちょっと失礼。十七年分の誕生日プレゼントがあるみたいだけど、アレクさん。うちらも横入りしてプレゼント渡していいですかー?」
リコリスがにっこにこで割って入ってきた。
「あ、すまない。ふたりの世界に入ってしまっていた」
「ホントにね。はい、デイジー。誕生日おめでとう。馬毛の絵筆。これで好きなだけ絵を描いてね」
「リコちゃん、嬉しい。絵筆古くなってたんだ。ありがとう」
「デイジー、誕生日おめでとう。あたしからはこれ。吹けば魔狼が助けに来てくれる角笛」
「ペティー、そんな貴重なものを。ありがとう」
「デイジー、誕生日おめでとう。鳥の図鑑。取り寄せてたのが間に合ってよかった」
「エリカ、なんて素敵なプレゼント。ありがとう」
「じゃあ、うちらはあっちでチーズフォンデュ食べてるから。十七年分のプレゼントもらい終わったら合流してね」
三人がウィンクしてチーズフォンデュの方に行った。
「本当に十七年分も用意してくれたの?」
「ああ、どうしてもあげたくて。十八歳の誕生日は一緒に過ごそう、デイジー」
「私もアレクの誕生日にたくさん用意するね」
「デイジーがそばにいてくれるのが一番のプレゼントだよ」
「それは、私だってそうだけどさ。アレクが喜ぶ顔を想像しながら、色々探すのが楽しいんじゃない」
「そしたら、これからは買い物に行ったら、気に入ったものがあったら大げさに欲しそうにする」
「そうして」
アレクなら分かりやすく合図してくれるだろう。想像すると笑えてくる。
アレクから十七年分のプレゼントをもらい、他の人たちからももらったら、食べたり踊ったり、めいっぱい楽しむ。夜になると父さまが王宮から戻ってきた。
疲れた顔の父さまは、ビールを一気飲みすると皆を静かにさせる。
「国王陛下がご決断なさった。帝国のスパイと手を組み、辺境領地との関係を損ない、王国の安全と王家の威信を揺るがせた罪により、ルーク王子は廃嫡となる。次期女王はフローレンス王女、マイルズが王配になることが決まった」
よかった、私の希望通りの結末だ。
「国王陛下から案をいただいた。王国の危機を救ってくれた辺境女子四人と隣国四王子に、お礼の意を込めて領地巡回を王家の予算でどうかと」
「それはつまり、王家のお金で旅行できるってこと?」
「簡単に言うとそうだ。旅先で鳥を呼び、羽根で邪気を払い、王国の民に鳥への畏敬の念を再度呼び起こさせてもらいたいとのことだ」
「本音は、王都にずっと隣国の四王子がいるとやりにくくて仕方がないから、お金出すから旅に出て穏便に楽しく過ごしてということでは」
アレクが言うと、父さまのヒゲがピクピク動く。当たりだったみたい。
「国外もいいのかな? ザルツシュタイン王国に行って、アレクのご家族に挨拶したいな」
「四隣国への旅費は王家が持つとおっしゃっていたな」
「やったー、めっちゃ楽しそう。みんなで旅行できるなんて、夢みたい」
「枕投げしよう」
「夜通し怪談しよう」
「そこは恋バナじゃないんか」
女子四人が盛り上がっているけど、男子四人は微妙にそわそわしてる。
「親父殿、つかぬことを聞きますが。宿泊時は女子部屋なのか、カップルでいいのか」
アレクが聞きにくいことを堂々と聞いた。しかも、最も聞きにくいであろう義理の父親に。
「行きは女子部屋。帰りはまあ、カップルでもよいかもしれん。が、各自の両親とよく相談するように」
男子四人は喜びを隠し切れないでにやけてしまっている。私たち女子は赤くなってモジモジしている。
「まあ、普通に考えると、結婚前なのだから女子と男子は別部屋と親御さんは言うであろうがな」
「親父殿、最初の行き先はリュベナー領にするので、そこで結婚していいですか?」
「あ、アレク、ずるっ。抜け駆け」
「そこは決闘で決めるべきじゃないか」
「決闘は勘弁して。くじ引きにしよう」
男子が子どもみたいに騒いでいるのを、今度は女子が笑いながら見守る。
このメンバーなら、笑いが絶えない旅行になるだろう。楽しみだ。
***
アドラーベルグ王国には絶えず聖なる風が吹く。
四人の聖女と四人の勇者が国内を津々浦々巡り、鳥を呼び邪気を払うからだ。たまに魔狼と駿馬も現れ、突風を起こす。王国によどみはたまらない。
かつて、浅はかな王子が聖女を貶めようとしたことがあったそうな。
聖女は王子の企みを見抜き、鮮やかに王子を封じ込めたとか。
民をいたずらに怯えさせぬため、王子は真実の愛の相手をみつけ、円満に聖女との婚約を解消したとされた。王子は愛しの君と、バラの咲き誇る離宮で暮らしている。風の吹かぬその離宮では、バラの香りがこもり、よからぬことを考える余地もないと聞く。
他の聖女三人も、王子の側近と婚約していたが、こともあろうに彼らも浮気したので聖女たちに捨てられた。側近たちは、親から大目玉をくらい蟄居したのだとか。聖女たちをないがしろにした側近たちに、新しい婚約者ができることはなかったという。
もしもあの時、浮気をしなければ。
王子と側近たちは後悔したそうだが、時すでに遅しであった。
ああ、辺境女子。コケにしたらあきません。
王族から貴族の隅々まで、そのことを肝に銘じたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ポイントいいねブクマをつけていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




