14. おいしいものを食べる②
翌日、デイジーは早速交渉してみた。
じゃがいも料理が豊富なレストランの店主は、唐突な申し出に困惑を隠せない。
「王宮で、貴族の方々に、じゃがいもチーズを? あの、かなり庶民的な料理ですが」
「あら、でもおいしいもの。じゃがいもとチーズ、嫌いな人はいないわよね。きっと」
「は、はあ、そうですね」
「大丈夫、あたしたち貴族だけど、おいしいよ」
もりもり食べているペティーが保証すると、店主は青ざめた。
「お貴族様であらせられたとは。とんだご無礼を」
「気にしないで。今日はお忍びだから」
まったく忍んでいないし、自らバラしたペティーではあるが、おいしそうに食べる表情にウソはない。
チーズのようにとろけきった目をしている。
「あ、そうだ。じゃがいもチーズより、チーズフォンデュの方が一般受けするかもね」
「チーズフォンデュ、それいいかも。ペティー天才」
「ふははは、ひれ伏せ」
「ははー。って、ふざけてる場合じゃない。チーズフォンデュはできるかしら? 護衛向けよりは、王宮の侍女向けがいいかもしれないわね」
「は、はい。できます。あのう、どれぐらいの人員を揃えたらよろしいでしょうか。場合によっては、レストランを閉めなければいけないかと思いまして、その」
店主は額に汗をびっしりかいてそわそわしている。
「そうね、それは迷惑をかけてしまうわね。もちろん、レストランを営業できない場合は、売上補填をするわ。そうならないように、こちらから助っ人を出すこともできると思うわ」
「それは、誠にありがたいです」
「詳細を考えて、また相談にくるわ。とにかく、なにがあっても、こちらのレストランの名を汚さないよう、全ての責任はリュベナー家がとりますからね」
デイジーは貴族令嬢らしい堂々とした態度で念を押す。店主はようやく安心したようで、額をハンカチで拭きながら笑みを浮かべた。
「デイジーってば、自分で自分のハードル上げてくタイプ」
「課題が積み上がってくー」
「大丈夫?」
三人が心配そうにデイジーの顔を覗き込む。
「うーん、いけると思う。頭の中に漠然と全体像は見えてるんだ。細部がまだだけど。言葉にしようとすると、絵がかき消えちゃいそうだから、なんか言語化しづらいんだ」
「それ分かるよ。なんも言わんでいいよ」
「あたしらはデイジーを信じてるからさ」
「うんうん。できることはなんでもするから、言ってね」
「ありがと」
デイジーは四人と抱き合う。目の前に広がる若い少女の友情に、店主はよくわからないながらも感動し、そっとハンカチを額から目元に動かした。
そして翌日、四人は貴族御用達の高級レストランに来ている。
「エリカちゃんの希望を叶えるために、今日は貸し切りにしてみました」
「かっけー」
「尊敬しちゃう」
「デイジー、マジで? お金大丈夫? アタシも払うよ」
エリカがうるうるした目でデイジーを見つめる。
「兄が軍資金をたっぷり持ってきてくれたので大丈夫。みんなの士気が、夜会の成功に直結するじゃない。兄がじゃんじゃん使えって」
デイジーは財布を出そうとするエリカの手を止める。
「それに今日は領地の精鋭部隊の慰労会と、ちゃんとした貴族の使用人に化ける練習も兼ねてるから」
大きなレストランの向こうの端っこにいかつい男たちがビシッと姿勢を正して座っている。
「堅いな」
「カチコチやね」
「見てるこっちまで緊張しちゃう」
「アレクはどれ?」
エリカの問いに、席に腰かけてメニューを眺めていたリコリスとペティーが色めき立つ。
「どこー?」
「えー、あんま若者いなくね?」
「アレクは私の新しい男を連れてくるために領地に戻ってるんだって」
「ほほー。なるほど。デイジーちゃんがちょい寂しそうに見えるのは気のせいかね」
リコリスがデイジーの顔をじろじろと見る。
「え、いやーそりゃあ。なんだろ。屋敷に帰るとなんかアレクが庭でブラブラしててさ、私に今日どうだったか聞いてくれてさ。あんなことがあって、こんなことがあってとか話すとさ、アレクはじっと聞いてくれてさ。そういうのって、なんかさー」
「よき」
「デイジーがなんかかわいいんですけど」
「それは何かの始まりじゃないんですかねえ。ってアタシも詳しくないんだけどさ」
三人に冷やかされて、デイジーは真っ赤になった顔をメニューで隠す。
「ちがうもん。恋なんて始まってないもん。だって」
「アレクはデイジーの新しい男を連れてくるんだもんね。ちょっと切ない」
「デイジーがかわいい」
「アタシは、恋なんて言わなかったけども」
「はいはい、うるさいな。注文するよ。エリカ、食べたいパスタはどれなの」
「えー、そうだな。まずはね、トマトソースとミートボールのスパゲッティ」
エリカの希望通り、大盛りのスパゲッティが運ばれてきた。
「では、これをふた口分ぐらい取り分けて、残りはあちらの席にお願いします」
デイジーが落ち着いた口調で言うと、エリカが目を丸くする。
「え、いいの? そんな贅沢な食べ方あり?」
「だって、エリカは色んなパスタを少しずつ食べたいんでしょう。大盛りは食べたいけど、ずっと同じ味だと飽きちゃうんでしょう」
「そうなの。でも、そんなワガママはダメじゃん、普通」
「今日はいいのよエリカ。ごらんなさい、あそこに腹ペコ男子たちがいてよ」
男子たちはフォークとナイフを持って準備万端だ。
「なんか、残飯をおしつけるみたいで気がひける」
「大丈夫、そういうの気にしない人たちだから」
遠くの席から猛者男たちがウィンクする。みんな、耳がいいので聞こえているのだ。
「意外にのりがいい」
「さあ、食べよう」
三人はエリカが食べ始めるのをじっと見る。
「おいしい。それで、すっごく物足りないところで終わっちゃった」
「そりゃあ、ふた口だもん。さあ、次々頼んで」
「えー、そしたらメニューの上から順番に持ってきていただけるかしら」
「かしこまりました」
エリカの適当な注文に、よくできた給仕は的確に応える。エリカと猛者男子たちの食べるペースを見ながら、パスタを持ってきてくれる。
「カルボナーラ最高級のベーコンたっぷりのせでございます」
「絶対おいしいやつ」
「間違いない」
「ベーコンの塩気がいいね」
「最高」
「キャビアの冷製パスタでございます」
「レモンがきいてて、さっぱりしてる」
「熟成芋のニョッキ、トマトとフルーツ添えでございます」
「わー色鮮やかで素敵」
「子羊煮込みのほっこりパスタでございます」
「なんだか落ち着く味。あ、でももうそろそろ、お腹いっぱいかも」
「お口直しのデザートはいかがでしょう」
「デザート、いいですね。デザートなら入りそう」
苦しそうな顔をしていたエリカが、華麗に手のひらを返した。
「デザート盛り合わせをお持ちいたしますね」
「デザート盛り合わせ。なんて甘美な響き」
「お待たせいたしました。デザート十種盛り合わせでございます。濃厚ながらも甘さひかえめチョコムース。バニラクリームとチョコソースをクッキーで挟みキャラメリゼしたケーキ。アーモンドとヘーゼルナッツたっぷりタルト──」
宝石箱のような輝きを放つデザート盛り合わせを、四人は無言で味わった。
甘味と酸味がほどよく配置され、温かいのと冷たいのもある。幸せがてんこ盛り。
「あれ、今まで大騒ぎしてたから気づかなかったけど、音楽が流れてるね」
艶やかなイチゴを噛みしめながら、デイジーはふと気がついた。
「はい。会話のお邪魔にならないよう、別室にて演奏しております」
「わーそうなのね。せっかくなので、近くで聞きたいわ」
デイジーがそう言うと、音楽が止み、バイオリンやフルートを抱えた人たちが入ってきた。
デイジーたちは盛大な拍手で迎える。
「なにかリクエストなどございましたらぜひ」
「気分がぱーっと晴れるような元気の出る音楽をお願いします」
演奏家たちは二三言葉を交わし、軽快な音楽を始める。思わず踊りたくなるようなウキウキしたリズムにデイジーたちも足踏みと手拍子で応えた。
パチンパチンパチン、ピーン。
「これだわ。最後のピースがはまった」
デイジーは霧が晴れたように夜会のイベントが見える。居並ぶ貴族の前でデイジーを罵倒するルーク。甘えるフィービー。毅然としてやり返す辺境女子たち。その場の雰囲気を効果的に醸成する音楽。
「皆さんにお願いがございますの。今度の夜会で、わたくし専用の音楽隊として婚約破棄イベントを一緒に盛り上げてくださいませんか?」
戸惑う演奏家たちをデイジーは熱心に口説いた。
「あの、演奏したことで罰せられたりは」
「リュベナー家の名に懸けて、皆さんの名誉と命をお守りいたします」
「命がけで守るぜ」
奥の方から野太い声が上がった。
「そういうことであれば、喜んでお受けいたします」
「よかったわ。楽しみましょうね」
デイジーは演奏家一人ひとりと固い握手を交わした。




