嵐の直前
2016年12月24日。
あの日から一年。僕は、五歳の誕生日を迎えた。
リビングにはきらびやかなライトが点滅し、テーブルの上には純白のクリームに彩られたケーキが置かれている。両親は、兄上がいなくなった穴を埋めるかのように、例年以上に熱心に僕を祝おうとしていた。
けれど、僕の視線は部屋の隅に置かれたスマートフォンの画面に張り付いていた。
あの日、兄上と交わした約束。「来年の誕生日に、必ずビデオ通話をかける」という言葉。
画面は暗いままで、僕の期待を無慈悲に拒絶している。
「やっぱり……兄上は、忘れてしまったんだね」
独り言は、暖炉の爆ぜる音にかき消された。
胸を刺すような痛み。けれど、この一年で僕は、感情を殺して「仮面」を被る術を身につけてしまった。期待は毒だ。僕はそっと息を吐き出し、鏡の前で完璧な笑顔を作った。
「白、ケーキを食べよう。美味しそうだね」
僕は軽やかな、子供らしい声で妹に話しかける。一歳になった白は、無邪気な声を上げてフォークを握った。
僕が完璧な息子であり、完璧な兄である限り、この家は「幸せな家族」でいられる。父上の穏やかな言葉も、母上の柔らかな抱擁も、僕が演じ続けることで保たれる脆い平和だ。
僕は一切れのケーキを口に運ぶ。甘い。ひどく甘くて、吐き気がした。
笑い声が響き、銀の食器が触れ合う音が心地よいリズムを刻む。
けれど、僕の神経は、家の外を支配する冷たい闇に向かって研ぎ澄まされていた。
何かが、近づいている。
それは理屈ではなく、僕の血に刻まれた本能が告げていた。
両親の耳には届かない、雪を踏みしめる微かな、けれど確かな足音。
この壊れやすい平和の薄氷を、無惨に踏み砕きに来る「何か」の気配。
僕は笑顔を崩さない。白の頬についたクリームを指で拭い、優しく微笑みかける。
けれど、僕の心はすでに、目の前の平穏を切り捨てていた。
世界のすべてが永遠に変わる、その瞬間。
嵐は、すぐそこまで来ていた。
――この時、あとに続く惨劇を、誰もまだ知る術はなかった。




