第五話
ワ―――――――――――――!!
「3A+1Tに成功したぞ!! 」
「すごい! ジュニアの ブロック予選で見られるなんて!! 」
会場に歓声が出る。
シニアでも出来る人の少ない3Aを真珠が成功させたからだ!!
真珠は無事全ての演技を終え曲に合わせ、フィニッシュのポーズをとった。
パチパチパチパチ・・・・
関係者など、他のクラブのコーチから拍手まで起こった。
真珠は息を切らしながらも、晴れ晴れとした笑顔をしながら帰還する。
『やった・・・・・・・・やった!! 』
松山コーチの姿が近づく。
『見た? 先生・・・私の才能!! 』
リンクの際につく松山がスケート靴のブレードカバーを渡した。
急いでカバーをつけ、息を整え満面の笑みで松山の顔を見た。
「に・・・」
松山が第一声を出す。真珠の瞳はキラキラと輝いていた。
「二度とあんな3Aやっちゃだめ!! 」
「!」
完全に予想外のコメントに凍りつく真珠。
理由が全くわからない。拍手も歓声も、あんなにもらって・・・なんといっても
トリプルアクセルをやったのだ。
松山は振り返り、キス&クライ(得点結果をコーチと待つ会場)の方に向かう。
会場はまだざわめき、やりにくそうに次の選手がウォーミングアップをしている。
『やっと跳べたのに・・・・』
真珠の拳は震えていた。
『なんで認めてくれないの?! 』
やっと一歩を踏み出す。
体が重い。まるで空気のゼリーの中を歩いているようだ。
悲しさより怒りの方が先立って沸き立ってくる。
理不尽としか考えようがない。努力も認めず、才能を見せても認めない。
まるで、自分だから、鈴原真珠だから、認めてくれないのではないのかという考えがよぎる。
キス&クライには椅子が2脚用意され、正面に電光掲示板が見える場所だ。
松山はすでにその左側の椅子に座っていた。
真珠は大きなため息をつきながら、もう一脚の椅子に座った。
小さい頃からずっとこの松山コーチの元でスケートをしてきた。毎朝の練習もかかさず見てきてくれた。自分の事を嫌いなわけが、理不尽に自分を傷つけたりするわけがない。
・・・・それにしても・・・・
真珠は必死に松山の言葉の意味を良い様に理解しようとした。だが、どうしてもいじめられているような感覚で、松山へのふつふつとした怒りが沸いてくるばかりだった。
{ただいまの演技の結果・・・・鈴原真珠・・・・}
電光掲示板に得点が出る。
技術点 20.48
構成点 19,73
合計 40.21
歓声がざわめきに変わる・・・
「そんな! 」
思わず声を出した。
真珠は茫然とその掲示板を何度も見直した。
「 ”巻き足”だよ・・・」
後ろから声が聞こえる。 蒼井だ。
「”巻き足”・・・私が?」
蒼井は腕を組み壁に寄りかかっていた。
「無意識だろうけど、右足を軸にするためにアンタの左足は極端に曲がり、美観がかなり損なわれたアクセルになってしまった。おそらくGOE(要素のできばえ)、ファイブコンポーネンツ(構成点)共にマイナスになっている。着地もぐらつきが見られ あれでは、ただ跳んだだけ、認定はされても得点には結びつかない。 もっといえばこの”巻き足”に関しては外国の審判はもっと厳しくマイナス点にするものもいる。」
真珠は立ち上がり蒼井の方に向かった。松山コーチはなぜ蒼井と真珠がそんな会話のやりとりをするのかが理解出来なかったが一応、真珠と共にキス&クライから出る。
「なんで、さっき言ってくれなかったんですか・・・」
「すまん、言いそびれた。それに・・・言っていれば軸の意識が薄れジャンプそのものが失敗に終わっていただろう・・」
松山はやっと事の成り行きが見えた。
「まさか・・あなたが、あのアクセルを・・・」
松山の問いに蒼井は一瞬、目を合わせたがやはり視線を外して答えた。
「ああ、この子が跳びたがっていたからね・・・」
松山は歯を食いしばり思い切り蒼井をにらみつけた。
「この子の成長過程も知らないのに、勝手なことをしないでください!! それも大会中に演技内容を変えさせるようなことを・・・・!!! 」
真珠は松山がこれほど怒っているところを見た事がなかった。驚いて何も言えない。
だが蒼井はその言葉に逆ギレしたように目を細め眉をひそめた。
「気にいらないね・・・」
松山は怒りの表情のまま蒼井をにらんでいる。
「何を悠長なことを言ってるんだ・・・・コーチなら、この子に時間がないことくらい解っているはずだろ・・・・」
蒼井は松山にガンをとばし返し静かに言い放つ。
その言葉に松山は急に顔色を変えた。
「え? 何? 何の話ですか・・・私、別に病気とか怪我とかありませんよ? 」
蒼井は一瞬、真珠を見てすぐに視線を松山に戻した。
「やっぱり何も言ってないのか・・・」
「蒼井さん! 」
松山が蒼井を制止する。
「だから、いったい・・・・」
蒼井は真珠を見つめて言った
「あんたは もうすぐジャンプが跳べなくなるんだ。」
次の選手の演技は始まり、きれいな音楽がかかっている。
だが真珠には蒼井のその言葉以外なにも聞こえず、マネキンのように立ち尽くしているだけだった。
「蒼井さん!!!!!! 」
松山が大きな声を出した。 一瞬関係者が、みんな真珠たちを見る。
蒼井は松山を無視し話し続けた。
「女としての発育が早すぎるんだよ。 14才のフィギュア選手にいては胸もお尻もかなり大きい・・・大きすぎる・・・」
真珠はやはり凍りついたように動かず聞き続ける。
松山は両目を閉じ眉間にしわを寄せうつむき唇をかみしめ、そして両の拳をにぎりしめた。
「おそらく近いうちに体重も一気に増加する。それでも身長が伸びればバランスが良くなることもあるが・・・たぶん身長もそれほど伸びないだろう・・・大抵の子は身長の方が先に伸びるから・・・」
真珠はまるで顔はゴムになったのではないかと思うほど固くなった重い口を開いた。
声はかすれている。
「それで・・なんで跳べなくなるんですか・・・」
蒼井はその痛々しい心痛を察しながらもその問いに答える。
「重心が変わってしまうんだ。 それがどういう事かわかるかい? 体の感覚そのものが変わってしまうのさ。さっきの練習をみて思ったよ。あんたは、頭もいいし勘も悪くないが体で覚えるタイプだ。そんな人間の体が短い期間で入れ替わればどうなると思う?
今まで覚えてきたことがまるで嘘のように出来なくなるんだよ。 当然、今出来ないことはこの先出来るわけがない・・・」
真珠の次に滑った選手の演技が終了した。まばらば拍手が会場から出ていた。
だが、いま三人にはまったく別の世界にいるようにその拍手は聞こえない。
「女子選手には必ずやってくる壁だ。あんたはそれが普通より早い。」
松山はあきらめたように肩の力を抜いた。だが顔はうつむいたままだ。
「それがフィギュアスケートさ。 華やかな”氷上の美”の舞台の裏側・・・」
蒼井の表情は冷たく感情を消していた。
「才能の淘汰。」
そう言うと、蒼井はだまった。どれほどキツク、痛い言葉なのか、よくわかっていた。
だがこの鈴原真珠という選手はとてつもなく粘り強くそして努力家であることは、ひと目見てわかっていた。だからこそ・・・その”才能”を他で発揮すれば・・・そういう気持ちだった。そしてそれを言わなかったこの松山というコーチを恨んだ。
三人の間にしばし沈黙が流れる。だがその沈黙をやぶったのは真珠だった。
「ふ・・」
蒼井と松山は同時に真珠を見た。
「ふふふ・・・」
真珠の肩は笑いで大きく揺れていた
「なるほどね。 やっと謎がとけた・・・」
笑顔。
「なんだ、それで昔から引退ばっかり勧めてたんですね・・もう先生も早く言ってくれればいいのに・・・」
真珠は寒そうに自分の肩を抱いた。
「あの・・じゃ・・私寒いから先に控え室行ってますね。 そっかー ふーん」
真珠はそのまま控え室の方へ向かう薄暗い廊下へ向かった。
松山は動かない。
バンッ!
蒼井は近くの壁を思い切り平手で叩いた。
「だから嫌なんだよ・・・コーチなんて・・・」
真珠の次に演技した選手の得点が掲示板に出る。
その得点はやはり、真珠の予想とほぼ同じ点数だった。
★
控え室には弁当を食べすぎで演技中に吐いてしまいグッタリした楓がベンチで横になっていて、それ以外に人はいなかった。まだ気持ちが悪くてお腹に意識がいっている。
そんな風に楓がボーっとしていると控え室のドアを開けて誰かが入ってきた。楓がゴロっとドアに具合の悪そうな顔を向けると、それは真珠だった。
「あ・・・コブタちゃん・・・」
楓は起き上がろうとせずそのまま喋った。
「ゴメン・・・気持ち悪くて、コブタちゃんの演技見られなかった・・上手く滑れ・・・」
楓は言葉を止めた。
水滴が落ちるのを見たからだ。
真珠は泣いていた。
慌てて楓は起き上がった。
「コブタちゃん・・・?」
なぜ泣いているのか・・・楓には全然わからない・・・
「どうしたの? 失敗しちゃったの? 」
楓の問いには答えず真珠は涙を拭いながら、自分のロッカーの方に向かった。
「あの・・・えっと・・・」
楓は、あまり使わない脳をフル回転させて考えた。
「あっ わかった☆ お腹が減ってるんだ! そうでしょ!」
楓はさっと自分のバッグから何かが入ったビニール袋をとりだし真珠に差し出した。
「お弁当、すっごく美味しかったよ! これ、コブタちゃんの分・・・ちゃんと残しといたんだよ えへへ・・」
ニッコリと楓が笑ってみせた。
だが、真珠はそれを奪うように取り床に投げつけるのか、振りかぶった!
・・・だが、途中で止め、楓の手に突っ返した。
「蒼井さんにあげて・・・」
「え・・・う・うん・・・」
真珠は急いでロッカーからバッグを出し肩に担いだ。
「先に帰るから・・・」
真珠は楓を横切りカツカツとスケート靴のままドアに向かう。
「ちょ・・・ちょっと コブタちゃん・・・着替えは? 」
真珠はかまわず、ドアを開け出て行く。
楓は真珠の後をドアまで追った。
だが真珠は走るような速さで出口の方に向かっていった。
楓は控え室のドアの前で立ち尽くした。
「うっきゃっきゅきゃきゅーきゃ? (※サル語 ”何があったの?)」
真珠を心配するあまり、ついサル語で呟いてしまう楓だった。
「コブタの真珠」第五話をお読みいただきありがとうございます。
この物語は全11話で完結します。
是非また読みに来てくださいね!!




