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第六話



ショートプログラムが全ての選手が終了し観客達が順番に帰っていく。

明日のフリープログラムに向け、ほとんどの選手達は早々に帰った後だ。最終グループの者達は自分の順位が気になり最後まで他の選手の演技を見ていたようでリンクから更衣室までの廊下を足早に戻っていった。


その一群がゆっくりと歩いていた蒼井を追い抜いていく。

中には元オリンピック銀メダリストの蒼井に気づく者もいたが、その不機嫌な顔を見ると誰も声をかけられずに、更衣室に入っていった。


「関係のない子にあんな事を・・・私の出る幕じゃなかったのに・・・」


蒼井は握った拳でまた壁を叩いた。その痛みでまた腹がたつ。

猛烈な後悔が蒼井を襲っていた。

”ジャンプが跳べなくなる” ”才能の淘汰”

真珠のためを思ってのことだった。だが事実を知れば何かが変わるという話ではない。

松山に怒鳴られたことで、熱くなっただけなのは自分がよくわかっていた。

まして、その前に松山を見かけた時、彼女は泣いていた。二人の間に深い絆のある証拠だったのだ。 それを・・・・


★


更衣室に入ると、まだ着替えの終わっていない選手がいた。一斉に蒼井に注目する。

楓は着替えどころか、ベンチに座り口をとんがらせて珍しく落ち込んでいた。

蒼井は楓の背後に回ると、いきなり頭をはたいた。


「まだ着替えてないのか・・・あんまり手間かけさすなよ・・・」

「先生・・・」


楓が振り返ると蒼井は更衣室を見渡していた。


「コブタは?」

「先、帰ったよ。 これ先生にって・・・」


真珠のためにとっておいた弁当の残りがビニールに入っている。楓はそれを蒼井に差し出すと、蒼井は目を細めてそのビニールを見つめた。

おむすび一個と玉子焼、唐揚が二個がグチャグチャになっていた。


「・・・・・」


蒼井はそのビニールを大事に受け取った。


「お前、コブタん家、知ってるよな?」

「ウキ?(※サル語 『はい?』」


★

「いらっしゃいませー」


土曜のファミレス、夜七時すぎ。店内は家族連れや学生などで混雑していた。

窓側の四人がけのテーブルに一人で真珠は座っていた。さすがに着替えは済んでいた。

過ぎ行く車をボーっと眺めている。


「お待たせしましたー」


ウエイトレスが運んできたのは特大のショートケーキだった。

今月は秋のスウィーツフェアでショートケーキ、モンブラン、ミルフィーユなどの特大サイズが500円でコーヒー付きなのだ。

何を隠そうショートケーキは大好物。

真珠は生唾を飲み込んだ。


「いつぶりだろう・・・ケーキ」


食器ケースからフォークを取り出し先っぽの生クリームをたっぷりとすくった。


『今まで太るのを気にして一個まるごと食べたことなんて何年もなかった』


口の中に入れる。

瞳が輝く。口の中に広がる甘みが何とも言えない幸せをかもしだす。


『でも、もうそれも終わり・・・』


一気に飲み込むのはもったいない・・真珠はその一口目をまだ味わっている。


『フィギュア辞めちゃえば・・・全部終わり』


おかわり自由のホットコーヒーがゆったりと湯気を出している。


『朝早く起きる事も・・・・友達の遊びの誘いを断る事も・・・全部から開放されるんだ』


真珠は二口目を刺した。今度はスポンジケーキを通り皿の底までフォークがついた。



”もうすぐ、あんたはジャンプが跳べなくなるんだ”


蒼井の言葉を思い出す。



「・・・・・・」


真珠の手はその二口目を刺したまま、止まっている。



「もうすぐ・・・」


 『”もうすぐ”って いつだろう・・・? 』


真珠は今日の自分の演技を思い出した。


『曲りなりにも私は今日、3A(トリプルアクセル)を成功させた・・・

もしその”もうすぐ”の間にもう一つ3回転ジャンプが降りられるようになったら・・・』


ガタッ! 突然、立ち上がった真珠を数人の客が見た。


『いや・・難易度の低いトゥループなら、たぶんイケる・・・ということは

3回転ジャンプを二つ・・・7級の合格が圏内・・・・』


そのまま請求書と荷物を持っていそいそと真珠はレジに向かう。


『シニアの出場資格は15歳以上。 ということは、私の成長があと一年持てば・・・』


真珠は思い切りファミレスのドアを開いた。


『あの目標だった世界のトップの舞台もまだ可能性がある・・・・』


「ありがとうございましたー」


ウエイトレスがテーブルを片付けにくる。

そこにはフォークが刺さったままのショートケーキとまだ口をつけてない暖かいコーヒーが残されていた。


★


自宅にたどり着いた。 玄関には明かりがついている。

真珠は玄関を開けるのをためらった。

会場から松山コーチたちに何の挨拶もしないまま出てきてしまった。コーチが心配して連絡をしているかもしれない・・・・もしかしたら怒られるかもしれない・・・・

そう思ったのだ。

一息、深呼吸してから勢いよくドアを開けた。


「ただいまー 」


玄関に見知らぬ靴と、朝、楓に貸した靴があった。

どういうことか解らぬまま靴をぬぎ廊下からリビングのドアをあけた。


♪チャン チャン チャカ チャカ ♪

リビングでは父、正則と母と、そして蒼井桜が酒盛りをしていた。

蒼井はどれだけ飲んだのか、箸で茶碗を叩きながら笑っている。

正則もそれを見て大うけだ。母も顔を赤くしてつまみを運んでいた。

あこがれの選手、蒼井桜とは思えない


「な・・・何してんですか! 」


人が深刻に帰ってきてるのに大人は酒盛りだ、真珠はムショウに腹がたった。


「おお 真珠! あの蒼井選手だぞ! 本物だぞ本物!! 」


正則はハイテンションで蒼井を指差した。

蒼井は酒で赤くなった顔を真珠に近づけた。あまりの酒臭さに真珠は鼻を手でおおった。


「どーも はじべばして 蒼井ですぅ」

「いやぁ本物は美人だよねー。」

「あらやだん もう お父様ったらお上手・・・、どうぞ、どうぞ♪」


そういうと蒼井は父の隣で手酌した。

まったく成り行きが見えない真珠が立ち尽くしていると足元から声がした。


「コブタちゃん・・・おかえりなさい」

「・・?! 楓? なにしてんの? 」


楓は布団でぐるぐる巻きにされ床に放置されていた。


「ぐ・・・ぐるぐる巻きの刑・・・先生が罰だって・・・」


きゅるるる・・・楓のお腹のあたりから空腹の音がなっている。


「先生ー お・・お腹が空きました」

「あーはーん? ゲロ娘が空腹? 」


蒼井は出されているマグロの刺身を一切れ端で掴み楓の口元まで持ってくるb。


「よし! あーんしてみ・・あーん」


楓が雛のように大きく開け、刺身が口の中に入ったと思った瞬間、蒼井はさっと引っ込自分の口の中に刺身を入れた。


「おほほほほほ」

「ぜんぜぇぇ・・・・」


楓は子犬のような顔をして泣いた。

真珠はあきれはて言葉もなかった。 だがこんなバカ騒ぎに付き合ってられない。


「あの私、明日も早いので、お風呂入って先に寝ます。」

「あ、ついでにこのゲロ娘も連れてって・・・」

「メシ! メシ! メシ! 」


真珠は仕方なく布団に包まれ楓をそのまま引きずった。


「あ、そんな・・・せめて、一口~・・・」


楓が引きずられた跡にヨダレの線が出来ていた。


バタン! とリビングのドアが閉まる。

その瞬間、蒼井と真珠の両親は一斉にため息をついた。

蒼井は、ドスンと椅子に腰掛けた。


「すみません・・・一言誤りに来たのに・・・言いづらくて・・・」


蒼井はグラスに入ったビールを一口のんだ。


「いえ・・・そういう事はハッキリ言って頂いた方がありがたい。」


正則は目線をテーブルに向けピーナッツをいじりながら答えた。


「本当に・・・情操教育と思ってやらせただけだったんですよ・・・本当に・・・」


ピーナッツが、パキッと音を立てて割れる。


「本当に・・・あの子はよく頑張った・・・」


正則の後ろで真珠の母が正則の肩にやさしく手をかけていた。

その手を正則は握った


「母さん、明日の仕事はなんとか休むよ。一緒に真珠を観に行こう。」

「ええ」


2人の納得した笑顔に覇気は無い。


「すみませんでした・・・」


蒼井は残っているビールを一気に飲み込んだ。


★


チッ チッ チッ チッ・・・・


真っ暗な客室の時計は11時を過ぎていた。結局、蒼井も鈴原宅に泊めてもらっていた。

真珠の両親も酒が入ったせいか早めに就寝したようだ。


静かな夜の時間。

酒のせい寝つきが良かったはずの蒼井だったが、小さな音が気になって目が覚めた。


「カチャ カチャ カチャ カチャ・・・・」


時計の音かと思っていたら聞こえてくるのは部屋の外からだ・・・

気になった蒼井はトイレに行くふりをして様子を観にいこうと決心し布団から出た。

真珠の母にブカブカのスウェットを借りて来ていたが、寝ているうちに下は脱げてしまって下半身は生足だ。


戸を開け音の方に向かう。 その音は二階から聞こえる・・・・

家族がどこに寝ているかは当然知らないが、おそらく二階は家族の寝室だ。

蒼井はためらったが、ゆっくりと階段を上がった。


★


二階にあがると、かすかに灯りが洩れている部屋がある。


「カチャ カチャ カチャ・・・」


蒼井は恐る恐るその部屋をのぞいた。

そこには学習机のパソコンに向かって必死に何か作業している真珠がいた。

机の隣のベッドでは楓がぐっすりと眠っている。


ギイィィィ・・・ 蒼井の不注意で少しドアが開き音が出た。

その音に真珠は気づき振り向いた。


「あ・・・起こしちゃいました? 」

「いや・・・」


見つかった蒼井は、覗き見していたせいか、申し訳なさそうな顔して部屋に入った。


「蒼井さん・・・」


真珠は使っているパソコンの画像を嬉しそうに見せた。



「あの元祖 3A(トリプルアクセル)の伊藤みどりさんは身長が145cmしかなかったのに、体重は45キロもあったんですよ! 身長の割合からしたら、今の私よりも5キロも重かった・・・」



真珠は自分が成長し体重が増えたあと、同じような身長と体重の割合で成功した選手の記録を探していたのだ。 

蒼井は遠目にパソコンの画像を見ながらため息をついた。いくら身長と体重の割合が未来を想定した真珠の体と同じ選手を探した所で、成長過程違う以上、やってくる壁の大きさ・・・つまり、体の重心が変わってしまうという度合いはかなり違うからだ。

それを真珠に駄目押しして言うことは簡単だ。しかし、蒼井はそれを今日、強烈に後悔したばかりだった。そして明日はまだフリーが残っている。




「それは・・・・」



適当にお茶をにごそうとパソコンから目をそらした。

薄暗い部屋の壁が目に入る。そこには何かメモが貼ってあった。


《スピン時の足の角度165度》

スピンでレベル4を獲得している選手の美しいスピンの写真が添えられ、赤ペンで角度が測られている。


 その横にはジャンプの種類別の点数表がある。 そこにジャンプごとにチェックがしてある。おそらく真珠の出来るジャンプだろう。

その上にはステップの点数表。その横にはGOEの評価の基準がこと細かに書かれている。その横には・・・・

蒼井は薄暗い部屋の中を見渡した。


そこには、無数のメモと資料、写真と図。フィギュアスケートのあらゆる角度からの情報が、張られていたのだ。

そのオビタダシイ数に不気味ささえも感じる。

蒼井は一歩下がった。 

・・・・・・たじろいだのだ。


(な・・・なんなの・・・この部屋・・・全部フィギュアスケートの資料・・・)


蒼井は改めてパソコンに向かう真珠の後ろ姿を見つめた。


「”まだ”・・・」


蒼井は一瞬、震えた。

後ろから一瞬口の形が見えた。 

笑ってる・・・


「私・・・”まだ”イケますよ・・・」



蒼井は真珠のコーチ松山が真実を言わなかったわけが解るような気がした。


(なんて・・・しぶとい子なの・・・)


急に本当の寒気が襲ってくる。

そういえば蒼井は下着だけで、下半身になにもつけてなかった。

季節は秋、もう初冬といってもいい季節だった。



「コブタの真珠」第六話を読んで頂きありがとうございます。

この物語は全11話で完結します。

よっかたらまた読みにきてくださいね!

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