5:とある騎士の終わりと、ある冒険者の旅出
本日三度目の投稿です。
やってみるものですね。書き終えられました。
これにて一区切りです。
では、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。
「くっ!」
苦鳴を漏らす騎士マジェロ。
彼は敵を攻め立てていた。騎士団の秘密を暴き、同僚のアーウェンを言葉で遣り込めた、王国の繁栄のために犠牲となるべき男。
騙されてこの場に呼び出された愚かな冒険者。
それを斬るべくマジェロは剣を振るっていた。
攻めているのはマジェロの方だ。しかし、剣を当てているのは敵である冒険者なのだ。
それがマジェロを苦しめた。
彼はこのセイゲル騎士団の中でも十指に入る精鋭だ。
セイゲル騎士団は、貴族の次男や三男から平民まで幅広い人員が所属する王国第二位にして最大の騎士団である。
第一位の騎士団が近衛であることを考えれば、実質最強の騎士団であるとマジェロは考えていた。そしてそれは強ち間違いでもなかった。
平民を守るために魔獣を駆除する度に、町を守るために犯罪者を斬る度にその思いは募った。
その騎士団を構成する一員であり、かつ実力者として称えられる己れが誇りであった。
騎士マジェロが剣を振るう。鋭き剣閃が瞬きのうちに、三つ四つと重ねて繰り出される。
これを受けられるのは騎士団の中でもそう多くない。
だというのに、敵はまるで風に吹かれる木の葉のようにゆらりと揺れて躱していく。
あまつさえ、反撃すらしてくる。手首に、肘に、木剣を叩き込んでくる。
これだ。
これなのだ。
どれだけ斬り込もうと当たらない。当たらないのに当てられる。
自分では勝てないのでは、と思わされる。
己れの力不足を見せつけられる屈辱、全身が燃え上がるのではないかと思うほど怒りが滾った。
しかし今もまた、避けられた。
彼は己れに誇りを持っていた。騎士団にではない。己れ自身を誇っていた。
あるいはそれが逆であったならば、騎士団の不正に手を貸さなかったやもしれぬ。
彼が手を貸したのは主に二つ、不都合な人間の殺害と暴力による脅迫だ。
彼は新年祭での騒ぎにも関わっていた。
彼と他数名で、騎士団に対して反抗的な勇者六名を神殿近くの建物に集めて拷問を行ったのだ。
しかし隙を見て抵抗をされたため、五名はその場で殺害。もう一名は逃げ出して神殿に裏から入ったところで、騎士マジェロが追いつき斬り殺した。
その際に勇者の放った魔法によって火事が起きたというのが真相である。
マジェロはこれを後悔していない。
予言がどうのというが、勇者の能力は素人に毛が生えた程度、これなら自分が勇者を名乗った方がよほど説得力があると常々思っていたからだ。
またしても、マジェロの剣は空を切る。
この自分が、冒険者風情にいいようにあしらわれている。
その事実に気が狂いそうだった。
アーウェンが何やら叫んでいるが、そんなものも聞こえない程にマジェロの頭には血が上っていた。
「何なんだてめえは!」
叫びながらマジェロは敵目掛けて剣を振り下ろす。
踏み込みの力を余すことなく剣に伝えた渾身の一撃だった。
殺ったと思った。
それほどに速く、鋭く、重い一撃だった。
果たして、地面に倒れているのはマジェロの方だった。
意識は刹那の間だが確かに絶たれていた。
仰向けに転がされ、気づけば冒険者を見上げていた。
見開いた目に映るのは木剣の鋒。
練武場の天井と木剣、そして名も知らぬ冒険者、これがマジェロの見た最期の光景だった。
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騎士マジェロを地面に転がした時、目が合った。
何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのかを理解できていない。そんな目をしていた。
木剣をその右目に突き込む。
上から体重を乗せて突き下ろされた木剣は、眼球を裂き割り、容易く眼窩を貫いた。コツっと、後頭部の頭蓋骨に当たる感触があった。
━━━━『剣に生き、剣に死ね』
ふと、爺さんの言葉が思い浮かぶ。
騎士マジェロには出来たのだろうか。
騎士マジェロを突き殺して、それからは大騒ぎだった。
まず喚き散らすアーウェンを静かにさせてから、勇者や末の王子、ベルジャーミル殿下と共にセイゲル騎士団の本部を脱出した。道中何人か気絶させたが許容範囲だろう。
そしてそのまま王城にカチコミだ。
いや、そんな物騒なものではなかったが、気分としてはそんな感じだったのだ。
勇者の集団に返り血を浴びた冒険者と末の王子、そのトンチキな組み合わせに城の兵士も戸惑っていた。
王城に入ってからは内務卿や軍務卿といった国家の要人達への報告会だ。
しがない冒険者だというのに、大貴族の当主を相手に騎士マジェロを殺した話をするのは肝が冷えた。
悪事に荷担したとはいえ、国の騎士を殺したのだ。何か処罰が下るかと心配したが、そのようなことはなかったので安心した。
基本は部外者である私の負担はそんなもので済んだが、当事者である勇者と王子の負担はそんなものでは済まなかった。
報告書を嫌というほど書いて、検証や尋問に立ち会い、これからセイゲル騎士団をどうしていくか運営会議にまで出席するのだと聞いた。
最後のはあまり関係無い気もしたが、沈黙は金、私は何も口を挟まなかった。
そういったことがあって解放された時には、騎士団本部で騎士マジェロを殺してから5日が経っていた。
ギルドへと向かう。
ギルドに着いてみるとやけに静かであった。
既に夕方であるため普段なら喧騒が辺りに満ちているはずである。
妙だと思いながら中を覗く。
ギルドの中は閑散としていた。冒険者はいない。
隣接する酒場も覗いてみた。こちらには冒険者がいたが、普段の三割にも届かないだろう。
どちらも重苦しい沈黙が支配していた。
ギルドの中へ踏み入る。
受付嬢たちは人が入ってきたことに驚いているようだった。
「ギルドマスターはいるか?」
そう問うても返事がない。
受付嬢たちは戸惑うばかりだ。互いに目配せし合っている。
再び同じことを問う。すると今度は返答があった。
一人の若い受付嬢がこちらをしっかりと見据えて言う。
「今、マスターは王城に召喚されており、こちらにはいません。何かご用でしょうか。」
「すれ違いになったか。用件は理解されているはずだ。落とし前をつけに来た。」
「……ギルド内での私刑は規則で禁じられています。」
「お前たちを相手にするわけないだろう。
それに自分たちは規則を破るのに被害者の私はダメなのか?」
「その件につきましてはこちらも申し訳なく思っております。」
「だったら「ですがダメなのです。」む……。」
この受付嬢、一歩も引かないな。
今回の一件について知っているのに譲らない。
融通の利かないやつだ。
こちらが黙ったのを見計らい、一気に畳み掛けてくる。
「規則ですから、ということもありますが、貴方の評判をわざわざ落とす必要もないでしょう。
王国の冒険者ギルドは今崩壊の危機です。信用を失い冒険者が離れていっています。仕方のないことです。こんな組織では命を預けられませんもの。
……どうせ放っておいても終わるのです。
貴方が手を汚す必要はないでしょう。
マスターだって、恐らく王城から生きて出ることは叶わないでしょうから。」
「……だが、騙されて死んだ冒険者の無念はどうなる?誰が晴らすのだ!」
多くの冒険者が死んでいた。この薄汚い企み事のせいで。
ギルドが知っているからと、騎士団の持ってきた話だからと、信用したばかりに殺されたのだ。
許せるはずがなかった。
そう吠える。怒りを込めて言葉を叩きつける。
だが、彼女は引かなかった。
「貴方が晴らさずとも、きっとベルジャーミル殿下が晴らしてくださいます。」
だから無理に背負わないでください。受付嬢はそう続けた。
そうだ、確かに王子は約束してくれた。必ず全てを明らかにすると。
陛下を説得し、貴族を説得し、尊き身分からすれば取るに足らぬ命のために動いてくださっていた。
この方になら任せられると、そう思って城を出た。
ハッとして受付嬢の瞳を覗き込む。
涙が浮かんでいた。恐れではない。怒りでもない。
悲しみと慈しみの涙だ。
誰に向けてのものだ?
決まっている、我等冒険者に向けての涙だ。
今、私は何をしている?
親しかった冒険者仲間を騙し討ちで失い、それを免罪符に八つ当たりをしているだけではないか。
━━━━『正義で剣を振るな、周りが見えなくなる』
爺さんの言葉が思い出された。
これこそさっきの私ではないか。自分でないことに理由を求めて暴力を振るおうとしていた。
それをこの人は気づかせてくれた。
私が、やろうとする必要はなかったのだな。
「……失礼しました。正しいのは貴女だ。」
自然と言葉が口から出てきた。
この人物は敬意を払うに値する。そう思えた。
アーウェンの時のように打算込みで持ち上げてよい気持ちにさせるのではなく、高潔なこの人を大切にしたいと感じていた。
「王国の冒険者界隈は荒れることでしょう。
貴方もきっと良い思いをされないはず。帝国の方へ行かれることをお勧めします。」
彼女はそう言った。力なく微笑みながら。
他の受付嬢たちも皆彼女を見ていた。その中には彼女より年長の受付嬢や事務員もいた。
今この瞬間、ギルドの主は彼女だった。
「どうか息災で冒険者オーガスト。」
「……あなたは、貴女はどうするのです?」
「決まっています。最後まで冒険者とともに働くのです。このギルドがなくなるまで。冒険者がいなくなるまで。」
そう言い切った彼女の瞳には強い力が宿っていた。
その灰色の瞳から目が離せなかった。しばし見つめ合う。他の受付嬢など視界から消え失せていた。
今この世で最も大切なことは、この冒険者にとっての聖女の姿を、しかと記憶に刻むことだった。
その後いくらか事務処理をしてからギルドを後にした。
彼女の名は聞かなかった。
聞けば未練となる、かもしれない。だから聞けなかった。
ギルドを出たその足で、そのまま王都の城門に向かう。
彼女に勧められたように帝国へ向かうためだ。
東門へ向かう大通り、その上に月が浮かんでいた。
通りを歩きながら祈る。死者の冥福と生者の平穏を。
どうか、善き人々に幸あれ、と。
冴え冴えとした月光は、周囲を平等に照らしていた。
ご高覧くださりありがとうございます。




