第8話
8.
「よぅ。遅かったな」
勝也が校舎を出ると、門で奈々が待っていた。
丁度、昨日と逆の構図である。
少し戸惑ったが、表には出さず、自然な感じで挨拶を返した。
「おぅ。頭大丈夫か?」
「おい、ドタマからそれか。どういう意味だコラ」
「いや、お前昨日コケたろ」
「……普通の意味かよ。言い方考えろっての。まぁ、一応大丈夫だと言っておくわ」
「つーか、お前学校来てたんだな。待ってても全然出て来なかったからよ」
「バーカ。それはあんたが“勝負”する前提で家出たからでしょ? その時間から徒歩じゃ間に合わないから、あたしは十分早く出たのよ」
「はっ!? マジかよ!?」
「ふん、思うところが無いじゃなかったけど、その程度で混乱する程ヤワじゃないし、遅刻するほど不良じゃないのよ。あんたと違ってね」
「ばっ! おめぇあれはだな、登校途中でカワイー同級生に話しかけられてウハウハやってたら遅れたんだよ! どうだ羨ましいだろ?」
「ユイちゃんの事でしょ? 知ってるわよバカ。あ、そうだ」
と、いかにも何か思いだしたように言う奈々。
「その結ちゃんの事だけどね、あんたに一つ、言っとかなきゃいけない事があんのよ」
「何だよ?」
「ユイちゃんと、あんたのダチの、なんだっけ、新木場?」
「新柴だ」
「そう、その新柴と、グルだったらしいんだよ」
「はぁ!? あいつと、叶野さんが!?」
「……あんた、あの子の事さん付けで呼んでんの? ……まぁいいんだけど」
あまりにも意外だったらしい。
思わず本筋じゃない所に突っ込んでしまった奈々だが、すぐに気を取り直す。
「ユイちゃん、あたしの、高校入ってからのダチなんだけどさ、何かあんたとあたしの関係に焦れて、仲を取り持とうとしたらしいのよ。そんで、あんたのダチである新柴と図って、あたしらに同時に恋バナ振ったんだとさ」
「んじゃあ、あの野郎がやたらとそういう話を振ってきてたのは……」
「あの子に、頼まれたからでしょうね」
そう言われれば確かに、昨日の展開は出来過ぎていた。
同じ日に、別々の人から、同じ話を訊くなんて、偶然にしては出来過ぎだった。
(あのヤロー……)
とりあえず明日まず会ったらジャーマンスープレックスからの筋肉バスターの刑だ。
心の内で決心を固めた勝也は、ふと、奈々の表情に目が行った。
奈々は門扉に背中を預け、腕組みをしながら、フッと、軽く笑ったのだ。
まるで何か、ふっ切れたみたいに。
まるで何かを、諦めようとするかのように。
「全くお節介な話よね? ま、あたしはユイちゃんのそーいうトコが好きなんだけど。でも、あり得ない話よ。あたしが、恋なんて、ね」
「……俺もだよ」
「知ってる。だからあたしらは敵同士なんでしょ?」
「あぁ。俺達は、敵対してしか分かり合えない、最低な関係だ。それが、お望みなんだろ?」
「そうね。前からだったのかもしれないけど、今は特にそんな気分よ」
会話は止まり、二人は同時に、笑い合う。
冷たく、
シニカルに、
相手を否定するかのように、
自分を否定するかのように、
嗤って、
哂って、
笑い合う。
「……んじゃ、お前の調子も戻ったようだし、停戦は終了だ。決着付けようぜ」
「いいわ。こないだの続きね」
「いや」
ここで、勝也は、危うい笑みを見せる。
退廃的でいて、どこまでも楽しげな、笑み。
それは勝也が、何かを企んでいる顔だった。
奈々はその笑顔を見て、一瞬でそうと理解したが、しかし、その先が読めない。
一体、“何を”企んでいるのか。
「全ての、決着。これまでの十年間、全ての戦いの、決着だ」
「えっ!?」
唐突な提案に、奈々はさすがに戸惑った。
勝也はそんな奈々を見て、さらに底意地悪く笑う。
「当然、大きな勝負だから、負けた時のデメリットも過去最大だ。この勝負、互いに自分の“魂”を賭けようじゃねぇか」
「……は?」
話が壮大になり過ぎて、奈々はアホを見る目つきになった。
何だこいつ? いきなり中二に逆戻りかよ?
そんな、一瞬シラけかけた奈々を、勝也は続けざまにけしかける。
「まぁ、お前に“魂”なんて立派なもんが、本当にあればの話だがな」
「……は? 何チョーシこいてんのお前? なめんのもいい加減にしろよ?」
魂が、無い。
誰よりも恐いもの知らずで、誰よりも“涙”とは縁遠い。
誰よりも恐さを欲し、誰よりも涙したいと願っていた。
そんな子供だった奈々に、この言葉は、残酷な程に的を得た、挑発だった。
こんな、奈々の心を抉るような台詞も、今までの闘争の中では言わなかった訳ではない。
しかし、今さら、だ。
勝也と敵対し続ける事で、怒りや憎しみといった感情から、充分に“人間の感情”を手に入れた今の奈々にそれを言うのは、
最早、今までの全否定。
勝也との闘争全ての、全否定とも言えた。
奈々の声は、がぜん低くなる。
「いいわよ? その魂っての? 賭けてやろうじゃないの」
自信満々に言った奈々を見て、勝也はまた、シニカルな笑みを浮かべる。
「ふん、軽々しく乗ったな? じゃ、Bコース、アリアリのルールだ。お前を敗北の地に沈めてやんよ」
「あんたこそ、その恥っずかしい条件持ち出した事を後悔さしてやるわよ」
お互い、殺意を剥き出しにしながら、何も言わず、ただ前を見る。
やがて二人は、示し合わせたかのように、同時に校門を駆け出した。




